第043話 灯りのそばの死体
落ちた灯りの炎が、ガレオの頬を照らしていた。
目は開いたまま、もう動かない。
俺の肩の下には、短槍が刺さっている。
少し体を動かすだけで、柄の先が床を擦った。
このままでは、排水穴へ戻れない。
飛ぶこともできなかった。
俺は槍の柄へ牙を立てた。
引く。
傷の奥が裂けただけで、穂先は抜けない。
口を離すと、鉄と自分の血の味が混じっていた。
ガレオの心音は返ってこない。
採石場の外にも、近づく足音はなかった。
時間はある。
床を這い、折れた支柱の根元へ向かう。
槍の柄を二本の石の間へ差し込んだ。
爪を床の窪みへかけ、体を少しずつ後ろへ引く。
穂先が肉の中を動いた。
熱い。
それでも止めなかった。
一度では抜けず、体が石の上を滑った。
爪をかけ直し、もう一度引く。
肩の下から穂先が外れた瞬間、体が後ろへ転がった。
傷口から血が流れる。
床へ落ちた槍の先にも、赤いものがついていた。
俺はガレオのそばへ戻った。
首の傷はまだ温かい。
牙を入れると、残っていた血が口へ流れ込んできた。
さっきより冷えている。
それでも、吸うたびに肩の出血が弱くなった。
左の翼へ残る痛みも、少し遠くなる。
必要な分だけ。
そう思ったのに、牙を抜くまでに時間がかかった。
口を離した時、ガレオの顔はさっきより白くなっていた。
俺は見ないふりをして、腰の袋へ爪を入れる。
金属線の残り。
巻かれた布。
小さな火打ち石。
薬草の匂いがする平たい缶。
蓋は固く、今の爪では開けられない。
短い刃は持ち上げても、床を少し引きずるのが限界だった。
弓も槍も使えない。
矢は細いが、俺の体より長い。
持ち帰れるものだけを布の上へ集めた。
金属線と火打ち石を包み、端を牙で結ぶ。
平たい缶も入れると重すぎた。
何度か持ち上げてから、缶は床へ戻した。
ガレオの首には、小さな金属板が下がっている。
竜眼を使わなくても、同じ印が矢筒や袋にも刻まれていた。
人間の身分を示すものかもしれない。
持っていけば、役に立つこともある。
だが、俺が持っているところを別の人間に見られれば、説明はできない。
金属板には触れなかった。
遺体を隠せないか、服の肩へ牙をかけて引いた。
腕が少し動いただけだった。
俺より何倍も重い。
排水穴にも入らない。
ここに置いていくしかない。
人間が探しに来れば、見つかる。
喉の傷も、周囲の金属線も残っている。
俺がいたことまで、全部は消せない。
灯りの炎が揺れた。
明るいままでは、通路からでも遺体が見える。
俺は落ちていた金属線を灯りの覆いへ引っかけた。
爪で引くと、半分開いていた覆いが閉じる。
炎は細くなったが、消えなかった。
その程度だった。
包んだ道具を咥え、排水穴へ向かう。
肩から血が一滴落ちた。
少し進んだ先にも、もう一滴。
振り返ると、暗くなった灯りのそばにガレオがいる。
そこから排水穴まで、俺の血が点々と続いていた。
黒巣へ戻るまでに、何度も道を変えた。
肩から落ちる血は、水のある通路で洗った。
濡れた石へ腹を擦りつけ、別の魔物が通った穴を選ぶ。
匂いが完全に消えたとは思えない。
それでも、採石場から真っ直ぐ黒巣へ続く跡だけは残さなかった。
黒巣の入口に置いた骨は動いていない。
中から返ってくる音にも、知らない魔物の形はなかった。
俺は包みを床へ落とした。
それだけで肩が脈を打つ。
天井へ掴まろうとして、左の翼が開かなかった。
いつもの場所では眠れない。
巣の奥に残っていた糸を爪で寄せ、床の窪みへ重ねる。
体を伏せると、乾いた糸が傷へ触れた。
痛みで一度起き上がり、向きを変える。
眠りに落ちたのは、それからだった。
何度か目が覚めた。
喉が渇くたび、黒巣に残していた肉へ牙を立てる。
古い血しか出ない。
冷えて、味も薄かった。
ガレオの血は、もっと温かかった。
そう思ったところで、口が止まる。
止まったのは一瞬だけだった。
俺は残った血を吸い切り、また体を伏せた。
次に目を覚ました時、肩の穴は薄い膜で塞がっていた。
動けば痛むが、血は出ない。
左の翼も半分までは開く。
端に残った裂け目は、引きつったままだった。
眠った時間は分からない。
黒巣の肉は一つ減り、喉の渇きはまだ残っている。
俺は持ち帰った布を広げた。
中には金属線と火打ち石がある。
ガレオは指で線を結び、石を打ち合わせ、袋の口を開けていた。
今の俺には指がない。
線を牙で咥え、爪へ巻きつける。
輪を作るだけで何度も外れた。
火打ち石を二つの爪で挟み、擦る。
乾いた音がして、石の欠片が飛んだ。
火はつかない。
もう一度擦ると、小さな火花が散った。
光に驚いて爪を離し、片方の石が糸の奥へ転がった。
人間だった頃なら、両手で持てた。
今は、火花一つ出すだけで翼まで使う。
それでも、捨てる気にはならなかった。
糸の奥から石を拾い、布へ戻す。
金属線は巣の入口へ張り直した。
床だけでなく、天井近くにも一本通す。
ガレオが俺へ使った置き方だった。
黒巣へ入る魔物が飛んでも、這っても、どちらかへ触れる。
小さな骨を結ぶと、線を揺らすだけで乾いた音が鳴った。
人間の道具が、俺の巣の音になる。
入口から奥を見る。
死骸を吊るしていた場所。
母蜘蛛がいた場所。
狭い道へ逃げるしかなかった頃より、黒巣はずっと広い。
なのに、外の空を見た後では天井が近かった。
風も、どこかで止まっている。
ここは安全だ。
寝て、傷を治し、食べるものを残せる。
だが、黒巣にあるのは古くなった肉ばかりだった。
次の進化に足りないものも、ここで待っているだけでは増えない。
左の翼をもう一度開く。
痛みはあるが、端まで広がった。
強く羽ばたけば、裂け目はまた開くかもしれない。
短い距離なら飛べる。
俺は入口へ向かった。
金属線を外し、通った後でもう一度張る。
骨が一度だけ鳴った。
黒巣の外から、細い音がしばらく返ってきた。




