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最弱コウモリ幼体に転生したので、血を吸って進化する  作者: HATENA 
第3章 魔蝙蝠と人間の狩人

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第039話 追跡者

 風穴の外には、あの肉がもうなかった。


 地面の輪も、枝から落ちた粉袋も片づけられている。


 人間が戻ってきた。


 その匂いは残っていたが、どちらへ去ったのかまでは追えない。


 俺は裂け目の縁から、しばらく森を見た。


 熱感知の範囲に人間はいない。


 鳴いても、木と葉から細かな音が返るだけだった。


 外へ出ずに戻ることもできる。


 黒巣には食べ物が残っている。


 それでも、罠を置いた相手がいなくなるまで待っていたら、この先も外へ出るたび同じ場所で止まる。


 俺は近くの枝へ飛んだ。


 風は昨日より弱い。


 木の間を低く進み、白い粉をつけられた場所から離れる。


 しばらく飛ぶと、落ち葉の下から小さな心音が聞こえた。


 耳の長い魔物が、木の根元で草を噛んでいる。


 額には、指ほどの短い角があった。


――――――――――

名称:角兎(つのうさぎ)

種族ランク:F

――――――――――


 俺より弱い。


 空腹ではないが、外で狩れるかは確かめたい。


 枝から音を送り、周りを見る。


 ほかに動くものはいない。


 角兎の真上まで移り、翼を畳んだ。


 落ちる。


 途中で羽を開き、音を消すように速度を落とす。


 角兎の耳が動いた。


 地面を蹴る直前に、背中へ爪を立てる。


 軽い体が落ち葉の上を転がった。


 角が頬の横を通る。


 首へ牙を入れようとした時、風を切る音がした。


 左の翼に、強い衝撃が走った。


 体が横へ引かれる。


 角兎から爪が外れ、そのまま近くの幹へ叩きつけられた。


 翼の外側を、一本の矢が貫いている。


 鏃は木へ刺さり、羽膜ごと俺の体を留めていた。


 痛みより先に、逃げようとして翼が裂けた。


 矢から外れ、地面へ落ちる。


 角兎はもう茂みの中へ消えていた。


 人間の足音が近づく。


 弓を持った男が、木の陰から出てきた。


 茶色い革鎧。


 腰には短い槍と、いくつもの小袋。


 顔の下半分を布で覆い、目だけが俺を見ていた。


 人間。


 そう分かった一瞬だけ、動きが止まった。


 教室にいた誰かとは違う。


 あの石の広間に並んでいた兵士とも違う。


 男の目は、俺の翼と牙を見ている。


 どこを傷つければ逃げられず、どこを残せば高く売れるのかを確かめる目だった。


――――――――――

名称:ガレオ・ダン

種族:人間

――――――――――


「その大きさで、魔力持ちか」


 言葉が分かる。


 聞き返す声はない。


 ガレオは俺と、木に残った矢を順に見た。


「翼を裂いても飛べる。傷も浅い」


 もう一本の矢を弓へつがえる。


 俺は地面を蹴った。


 左の翼から血が散る。


 うまく風を掴めず、体が右へ傾いた。


 次の矢が肩の下を通る。


 低い枝へ爪をかけ、勢いのまま裏側へ回る。


 ガレオの姿は木に隠れた。


 それでも足音は止まらない。


 俺が枝から離れた瞬間を狙い、三本目が飛んでくる。


 翼を畳んで落ちる。


 矢が枝を削った。


 ガレオとの間に木がなくなる。


 腰の小袋から、何かが投げられた。


 広がった紐の先に、小さな金属の重りがついている。


 翼を閉じて下へ抜けると、紐が頭上の枝へ絡みついた。


 捕まえる道具まで持っている。


 俺は胸の奥の魔力を、正面へ押し出した。


 音撃。


 鳴き声が森へ広がる。


 洞窟の壁がない。


 音はガレオへ届く前に、木々の間へ逃げていった。


 それでも男の頭がわずかに揺れ、引いていた弦が緩む。


「鳴き声で殴ったか」


 倒れない。


 耳を押さえもしなかった。


 距離がある。


 それだけで、音撃の威力は洞窟にいた時より弱くなっていた。


 ガレオは俺の熱感知が届かない場所から、風下へ匂いを流さずに待っていた。


 最初から、俺が近づく距離を決められていた。


 ガレオはすぐに足を開き、もう一度弓を構える。


 魔力を使ったのに、一瞬止めただけだった。


 正面からは勝てない。


 俺は風穴の方角へ飛んだ。


 左の翼を広げるたび、裂けた膜が引かれる。


 高くは飛べない。


 幹の間を縫い、枝へ爪をかけて体を前へ投げる。


 後ろから矢が二本来た。


 一つは木へ刺さり、もう一つは翼の下を抜けた。


 ガレオは走りながら射ている。


 俺より遅いはずなのに、曲がる先へ矢が来る。


 背中から、昨日と同じ乾いた草の匂いがした。


 最初の矢だ。


 鏃か矢羽に、追跡粉が塗られていた。


 傷から流れる血にも、その匂いが混じっている。


 狙いは、翼を傷つけることだけじゃない。


 逃げた先まで追うための矢だった。


 風穴が見えた。


 根の下にある細い裂け目へ、翼を畳んで飛び込む。


 左の羽が石に擦れ、傷がさらに開いた。


 それでも体は中へ入る。


 背後で矢が岩へ当たった。


 ガレオの足音は、裂け目の前で止まった。


 人間の肩では入れない。


 俺は石に血を残しながら、暗い穴を奥へ進んだ。


「そこが巣か」


 外から声が聞こえた。


 答えず、さらに奥へ飛んだ。


 乾いた草の匂いが、洞窟の中までついてきた。


 黒巣へは戻らなかった。


 風穴から続く通路を下り、途中の分かれ道で右へ曲がる。


 左へ行けば、竜骨の分かれ道だ。


 その先にはレグたちの集落がある。


 右は、アシッドスライムがいる空洞へ続いている。


 左の翼から、血が落ちた。


 一滴。


 少し進むと、また一滴。


 傷を舐めても、裂けた羽膜は閉じない。


 血には乾いた草の匂いが混じったままだった。


 あの人間は風穴へ入れない。


 それでも、黒骨洞には人間が通れる入口がほかにある。


 以前見た三人組も、風穴とは別の広い道から来ていた。


 ガレオが同じ入口を知っていれば、諦めるとは限らない。


 俺は通路の途中にある水溜まりへ降りた。


 左の翼を浸す。


 冷たい水が傷へ入り、体が強張った。


 粉の匂いは薄くなる。


 だが、翼を上げると、また血が水面へ落ちた。


 赤い筋が流れ、石の隙間へ消える。


 このままでは、黒巣まで道を残す。


 俺は水から上がり、壁の高い場所へ爪をかけた。


 飛ばずに進む。


 天井近くなら、血が落ちても人間の目には見えにくい。


 そう思っていた。


 しばらく進んだ後、遠くで金属が石に触れた。


 人間の足音がする。


 風穴の後ろではない。


 洞窟の広い道から、こちらへ入ってきている。


 早い。


 俺は鳴いた。


 通路をいくつも隔てた先に、細長いものを持つ人影がある。


 ガレオだ。


 片手に小さな灯りを持ち、時々しゃがんで床を見ている。


 暗闇でも、迷っていない。


 灯りには覆いがあり、前だけを細く照らしていた。


 通った曲がりには、白い石で小さな印を残している。


 戻る道まで確保しながら進んでいた。


 俺は羽を畳み、天井へ体を寄せた。


 見つかったわけではない。


 まだ距離もある。


 そのはずなのに、ガレオは俺が曲がった道へ入ってきた。


 床に落ちた血を見つけたのか。


 匂いを追っているのか。


 熱感知では、男の手元にある道具までは分からない。


 ガレオは床だけを見ていなかった。


 時々灯りを上げ、壁と天井にも目を向ける。


 飛ぶ俺が、地面だけを通らないと知っている。


 俺は少し戻り、別の横穴へ入った。


 今度は血が床へ落ちないよう、羽の傷を口で押さえる。


 飛べない。


 三本の脚と片方の翼で、壁を這う。


 横穴を抜けた先には、道が二つある。


 一方は黒巣へ近づく。


 石に残した爪痕も多く、何度も通った俺の匂いが染みついていた。


 もう一方は、古い水路を通って酸の空洞へ戻る。


 俺は水路を選んだ。


 黒巣には、保存した肉と生きた洞窟鼠がいる。


 母蜘蛛から奪った糸も、逃げ道もある。


 そこまで人間に見せたくない。


 水路へ入る前に、傷から血を一滴だけ黒巣側へ落とした。


 すぐに戻り、酸の空洞へ向かう。


 匂いを分ければ、迷うかもしれない。


 しばらくして、ガレオの灯りが分かれ道へ来た。


 俺は離れた壁の窪みから、音だけを聞く。


 足音が止まる。


 布の擦れる音がして、何かが床へ撒かれた。


「血は左」


 独り言が聞こえた。


 ガレオはすぐに左へ進まない。


 右の水路へ灯りを向け、壁の上までゆっくり照らす。


「粉は右か」


 水へ入っても、追跡粉は全部落ちていなかった。


 床ではなく、俺が這った壁に残っている。


 ガレオは小袋から別の粉を指先へ出し、空中へ吹いた。


 淡い粉が風に流れ、右の水路へ吸い込まれる。


 風向きまで確かめている。


 俺が匂いと血だけを見ている間に、あいつは道そのものを読んでいた。


 ガレオは左へ二歩進んだ。


 黒巣へ続く方角だ。


 俺の爪が石へ食い込む。


 そのまま行けば、止めるしかない。


 だが、男は途中でしゃがんだ。


 灯りを床へ近づける。


 古い爪痕と、そこに重なる何度もの擦れを見ていた。


「こっちは、いつもの道」


 声が低くなる。


 ガレオは立ち上がり、黒巣の方ではなく右の水路へ向いた。


「隠したいのは左か」


 ばれている。


 俺が血を落としたことで、何もなかった道へ印をつけてしまった。


 ガレオは黒巣へ進まなかった。


 先に俺を追うつもりらしい。


 小さな灯りが、水路へ入ってくる。


 俺は窪みを離れ、酸の匂いがする暗闇へ進んだ。


 追われるだけでは、あいつは黒巣まで見つける。

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