第034話 同じ敵
右の道は、すぐに下り坂になった。
天井が高くなり、湿った空気が流れてくる。
鳴くと、広い空洞と、その中央に溜まった水が返ってきた。
水の周りには、いくつもの柔らかい塊がいる。
半透明の体が石の上を這い、通った場所だけ表面が薄く溶けていた。
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名称:アシッドスライム
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俺が空洞へ入っても、スライムは追ってこない。
水の近くで、ゆっくり形を変えている。
背後から針尾オロチが迫る。
この空洞に、俺の体が隠れるほど細い裂け目はなかった。
水面近くを飛び、反対側の壁を目指す。
針尾オロチの頭が空洞へ入った。
平たい頭の横にある穴が、迷わず俺の方へ向く。
床を這うスライムには反応していない。
あいつらには、俺と同じ熱がないらしい。
針尾オロチが水際へ体を滑らせる。
アシッドスライムの一匹が太い胴の下へ押し潰され、広がった体が鱗の隙間へ入り込んだ。
針尾オロチの胴が大きく跳ねる。
石と水が飛び、鼻を刺す匂いが空洞へ広がった。
鱗の表面から白い煙が上がっている。
針尾オロチがスライムを振り落とそうと体を捻る。
尾が水際を薙ぎ、別のスライムが壁へ叩きつけられた。
潰れた体液が石を溶かす。
俺は壁へ向かわず、針尾オロチの上を一度だけ回った。
平たい頭が俺を追う。
その先に、アシッドスライムが三匹集まっていた。
蛇が口を開く直前に高度を上げる。
伸びた頭がスライムの中へ突っ込んだ。
半透明の体が口と眼の周りへ貼りつき、針尾オロチは頭を振って空洞の壁へ何度もぶつける。
俺を追う動きが止まった。
今なら牙を入れられるかもしれない。
だが、酸に濡れた鱗へ近づけば、俺の爪と羽も焼ける。
針尾オロチの尾針は、まだ動いていた。
俺は空洞の端にある横穴へ入った。
後ろから蛇が追ってくる音はない。
倒したわけでもない。
眼の近くを焼かれた分、次はもっと近くの熱へ向かう。
レグとフィナがいる方角へ。
横穴は途中で二つに分かれていた。
左から冷たい風が流れ、右から兄妹の匂いがする。
右へ飛ぶ。
しばらく進むと、低い話し声が聞こえた。
「布を外す」
「血が出る」
「このままでも毒が回る」
「歩けなくなるまでは使う」
「なってからじゃ遅い」
「フィナ」
「何」
「声が大きい」
「誰のせい」
声のする空洞へ入る。
フィナがすぐに気づき、短い刃を抜いてレグの前へ立った。
レグは壁に背を預け、槍をこちらへ向けている。
俺は二人から離れた壁へ爪をかけた。
レグの右脚は、さっきより腫れていた。
巻いた布の上まで紫色が広がっている。
血の匂いは弱く、代わりに苦い毒の匂いが強くなっていた。
「戻ってきた」
「蛇は」
「いない」
「なら、あれが蛇かもしれない」
「翼も脚もある」
「そういう蛇もいるかもしれない」
「兄さん、さすがに無理がある」
俺は針尾オロチが来る方へ顔を向けた。
まだ石を擦る音は聞こえない。
時間は少しある。
フィナが刃を下げず、こちらへ話しかける。
「言葉、分かるの?」
意味は分かる。
返せない。
口を開けば、出るのは鳴き声だけだ。
黙っていると、レグの槍先がわずかに上がった。
「分かるなら、降りてこい」
「それ、刺すためでしょ」
「届く場所で話すためだ」
「話せるかも分からないのに?」
「なら、なおさら近づけるな」
フィナが床へしゃがんだ。
水で濡れた指先を使い、乾いた石へ長く曲がった線を引く。
先に三角をつけ、尾にも小さな針を描いた。
針尾オロチらしい。
その横へ二本の道を描き、一方には波のような線を重ねる。
「水場」
フィナが自分の描いた線を指し、次に蛇の頭と水場を何度か指した。
「ここへ入れる」
「あの罠で駄目だった」
レグが言う。
「眼の横は傷ついた」
「浅い」
「次は同じ場所へ当てる」
フィナは俺を見た。
「飛べるなら、頭をこっちへ向けて」
俺が理解している前提で話している。
レグは止めなかった。
信用したわけではない。
ほかに手がないだけだ。
俺は壁から降りず、床の図を見る。
波線の道は、さっき通った水路とは違う。
その先に細い縦線が何本も引かれ、フィナが小石を一つ置いた。
今度は狭い場所へ、まとめて石を崩すつもりらしい。
俺は図の横へ降りた。
レグの槍が動く。
フィナが片手を上げて止めた。
濡れた石へ爪を立て、蛇の線から少し離れた場所へ短い傷をつける。
そこから水場まで、もう一本の線を引いた。
俺が見つけたアシッドスライムの空洞だ。
二人には、それが何を示すのか分からない。
フィナは線を見てから、俺の爪を見る。
「別の道?」
俺は顔を上げ、来た横穴へ向けた。
「何かあるの」
声には答えず、もう一度線の先を爪で叩く。
レグが槍を下ろさないまま言った。
「罠かもしれない」
「そうかもね」
「なら行くな」
「でも、こっちの罠だけじゃ足りない」
「それも分かってる」
フィナは水場と、俺が引いた線を一本につないだ。
蛇を酸の空洞へ通し、傷ついたところへ石を落とす。
言葉は返せない。
それでも、同じものを倒そうとしていることは伝わった。
遠くで石を擦る音がした。
フィナは図を一度見下ろし、レグの肩へ腕を回す。
石擦れが近づく前に、二人は罠を作った水場へ、俺は酸の空洞へ向かった。
横穴を抜けると、針尾オロチが空洞の手前まで来ている。
眼の周りは酸で白く変色し、鱗の一部が剥がれていた。
それでも平たい頭は迷わずこちらへ向く。
俺は低く鳴き、空洞の中へ飛び込んだ。
針尾オロチが追ってくる。
水際にいたアシッドスライムが太い胴へ押し潰され、酸に触れた鱗から白い煙が上がった。
針尾オロチは体を震わせたが、今度は止まらない。
頭を水面近くまで下げ、俺だけを追って伸びてくる。
開いた口を避け、眼の傷がある側へ回る。
爪を入れる前に、黒い尾針が横から来た。
羽を畳んで落ちる。
針が頭上を通り、近くにいたスライムを貫いた。
半透明の体が尾へ貼りつき、針尾オロチが振るたび、酸が鱗の上へ広がっていく。
俺は水場へ続く横穴へ向きを変えた。
針尾オロチもすぐに追う。
酸で焼けても、動きはほとんど遅くなっていない。
兄妹がいる水場まで、追いつかれずに運ぶ必要がある。
道の途中で振り返り、一度だけ鳴く。
平たい頭と、壁を擦る太い胴が音の中に浮かぶ。
近い。
俺は天井近くへ上がり、針尾オロチの頭が届くぎりぎりの高さを飛んだ。
牙が届く直前に前へ出る。
急に向きを変えるたび、治りきっていない右の羽が引きつった。
また頭が伸びる。
速く逃げすぎれば、あいつはレグの熱へ戻る。
近づかせすぎれば食われる。
何度か口を避けるうちに、水の流れる音が聞こえた。
浅い流れの両側には、さっきまでなかった石が積まれている。
レグは崩れかけた壁の下に立ち、槍を両手で持っていた。
フィナの姿は見えない。
俺は二人を探さず、石が積まれた場所の下を通った。
針尾オロチの頭が水場へ入る。
レグの方へ一瞬だけ向きかけ、すぐに俺を追った。
酸で焼けた胴が、積まれた石の間へ入る。
「今!」
フィナの声が上から落ちた。
壁の窪みに隠れていたフィナが、残った紐へ全身の重さをかける。
細い支えが抜け、積まれていた石が一斉に崩れた。
針尾オロチの頭は通り過ぎている。
落ちた石が首の後ろと胴を押さえ、水が跳ねた。
黒い尾針が無茶苦茶に壁を叩く。
針尾オロチは頭を持ち上げ、石の下から体を引き抜こうとした。
「下がれ!」
レグが叫びながら槍を突き出す。
穂先は、眼の横に残った傷へ入った。
白く焼けた鱗が割れ、暗い血が流れる。
針尾オロチの頭が横へ振られた。
槍を掴んだままのレグも引かれ、傷ついた右脚が石を滑る。
フィナが壁から飛び降り、兄の腰へしがみついた。
「離して!」
「抜けば終わる」
「兄さんが先に終わる!」
針尾オロチがもう一度頭を振る。
レグの手から槍が抜け、二人が水の中へ倒れた。
槍は傷口へ残っている。
俺は蛇の頭へ飛んだ。
針尾オロチがこちらを見る。
傷ついていない側の眼は、まだ動いている。
頭上を越えようとした時、尾針が石の隙間を抜けてきた。
見えていた。
それでも、狭い水場では避ける場所がない。
体を捻る。
黒い針が左の後ろ脚へ入った。
熱い痛みが走り、すぐに冷たい痺れへ変わる。
爪が閉じない。
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状態異常【針尾毒・中度】が発生しました。
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落ちる前に右脚を槍の柄へかける。
針尾オロチが頭を振り、俺の体も一緒に揺れた。
左脚の痺れが腹へ上がってくる。
毒耐性がなければ、もう動けなくなっていたかもしれない。
今も、止まったわけではない。
俺は槍を伝い、割れた鱗へ爪を入れた。
針尾オロチの頭が壁へぶつかる。
爪が外れかけても、傷の中へ牙を押し込む。
温かい血が口へ流れ込んだ。
これまで吸ったどの血よりも熱く、濃い。
吸った血が体へ入っても、痺れは消えない。
それでも、右脚と牙にはまだ力が入る。
針尾オロチが石の下から胴を引き抜く。
一つ、二つと石が落ちた。
フィナが水の中から立ち上がり、別の石を蛇の胴へ押し込む。
「レグ、そっち!」
兄は返事をせず、左肩で崩れた石を支えた。
傷ついた右脚は、水の中へ伸びたまま動かない。
針尾オロチの尾が二人へ向く。
俺は傷口から牙を抜き、槍の柄を蹴った。
槍がさらに深く入り、針尾オロチの頭が跳ねる。
尾針の向きがずれ、フィナの横の石へ突き刺さった。
もう一度、傷へ噛みつく。
吸う。
針尾オロチの力が流れ込んでくる。
石を押しのける胴の動きが遅くなる。
レグの肩から石が外れ、腕が下がった。
「兄さん!」
フィナが兄を引きずり、壁際へ下がる。
針尾オロチは二人を追わなかった。
俺を振り落とすため、頭を何度も石へ打ちつける。
背中が壁へ当たるたび、息が抜けた。
左脚はもう動かない。
右脚の爪と牙だけで、傷へしがみつく。
離れれば、次は戻れない。
血を吸い続ける。
針尾オロチの頭が持ち上がる。
壁へぶつかる。
また持ち上がり、途中で落ちた。
太い胴が石の下で震える。
尾針が水を掻き、動かなくなった。
心音はまだある。
牙を深く入れ直す。
血の流れが細くなり、やがて完全に止まった。
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針尾オロチを討伐しました。
経験値を取得しました。
HPが回復しました。
Lvが17から20に上昇しました。
最大HP:39から45に上昇しました。
最大MP:8から9に上昇しました。
筋力:15から18に上昇しました。
耐久:18から21に上昇しました。
敏捷:27から32に上昇しました。
感知:29から33に上昇しました。
魔力:6から8に上昇しました。
器用:15から18に上昇しました。
精神:15から17に上昇しました。
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レベルが上がっても、左脚は動かなかった。
牙を抜くと、そのまま蛇の頭から滑り落ちる。
水へ落ちる前に、フィナの手が背中の毛を掴んだ。
反射的に噛みつきそうになり、口を閉じる。
フィナもすぐに手を離した。
俺は浅い水の中へ転がる。
「生きてる?」
「近づくな」
レグが壁際から言う。
槍はまだ針尾オロチの頭へ刺さったままだ。
フィナは俺と兄の間で迷い、先にレグの方へ戻った。
それでいい。
俺は動く右脚で石を掻き、水の外へ体を引きずる。
針尾オロチの血を吸っても、毒の広がりは止まっていない。
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固有スキル【因子吸収Lv1】が発動しました。
因子【針尾オロチ因子】を取得しました。
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因子【針尾オロチ因子】
毒適応、熱感知、振動感知、筋力、柔軟な骨格などが含まれる。
現在の肉体では、まだ適応できない。
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通常進化条件を満たしました。
進化可能種を開示します。
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