第023話 子蜘蛛狩り
腹は満ちていた。
それでも、俺は細い亀裂から離れなかった。
亀裂の奥にいる灰糸蜘蛛を放置すれば、また俺の巣まで糸を張られる。
俺は天井のくぼみに体を伏せ、亀裂の入口を見下ろした。
何匹もの脚が石を掻いているが、すぐには出てこない。
先に外へ出た二匹が戻らず、向こうも警戒している。
天井のくぼみで、脚音だけを聞き続けた。
やがて、灰色の前脚が亀裂から伸びてきた。
一匹目が壁へ出ると、少し遅れて二匹目も姿を現す。
二匹は離れたまま、壁に斜めに張られた糸の上を進み始めた。
さらに三匹目が入口まで来たが、そいつは亀裂から出ない。
外へ出た二匹だけが、細い糸を伝って下の道へ向かっていく。
糸は壁と天井の三か所で支えられていた。
一番外側の支えを切れば、二匹が乗っている部分だけが崩れる。
俺は天井を這い、灰糸蜘蛛の真上を通り過ぎた。
脚音が止まる。
気づかれた。
俺は支えになっている糸へ牙を立てた。
灰糸蜘蛛が壁を駆け上がるより先に、糸が切れる。
張りつめていた灰色の網が外れ、二匹を乗せたまま壁へ垂れ下がった。
一匹は垂れ下がった糸へしがみつき、もう一匹は床へ落ちる。
爪を離し、床へ向かって飛び出した。
床へ落ちた灰糸蜘蛛が体を起こす前に、その背中へ飛びつく。
牙を殻の隙間へ入れた瞬間、灰色の脚が脇腹を叩き、短い牙が右の後脚を掠めた。
俺の体が床を転がる。
灰糸蜘蛛はすぐに起き上がり、八本の脚を広げた。
俺は羽を開こうとしたが、右の後脚が動かなかった。
後脚に小さな傷があり、そこから痺れが広がっている。
灰糸蜘蛛が近づいてくる。
傷は浅く、痺れも後脚の先だけに留まっている。
だが、飛び上がるには一瞬遅れる。
俺は動く方の脚で床を蹴り、灰糸蜘蛛の横へ転がった。
牙が石を噛む。
そのまま羽を広げ、床すれすれを飛んだ。
灰糸蜘蛛が振り向く。
正面へ戻れば、また噛まれる。
俺は壁へ向かい、ぶつかる直前で上へ曲がった。
灰糸蜘蛛が俺を追って頭を持ち上げる。
俺はその頭上を越え、背中へ落ちた。
今度は脚の届きにくい、頭と腹の間へ牙を入れる。
苦い体液が口へ流れ込んできた。
灰糸蜘蛛が暴れ、背中を何度も石へ打ちつける。
俺は潰される前に牙を抜き、すぐに反対側から噛み直した。
一度に吸い続けない。
離れて、噛む。
灰糸蜘蛛の動きが鈍るまで、それを繰り返した。
やがて八本の脚が縮まり、床へ崩れた。
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灰糸蜘蛛を討伐しました。
経験値を取得しました。
HPが微回復しました。
固有スキル【因子吸収Lv1】が発動しました。
因子【灰糸蜘蛛因子】を追加取得しました。
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頭上で糸が軋んだ。
垂れ下がった網に残っていたもう一匹が、壁へ移ろうとしている。
亀裂の入口にいた三匹目も、糸を伝って近づいてきた。
足の痺れが残っていて、二匹を同時には相手にできない。
俺は床の死骸から離れ、低く鳴いた。
垂れ下がった網と壁の間には、俺が羽を広げても通れるだけの隙間がある。
灰糸蜘蛛は垂れた網の外側にしがみつき、腹を壁との隙間へ晒していた。
壁へ移ろうと脚を伸ばしているが、まだ届いていない。
俺は壁と網の隙間へ飛び込んだ。
灰糸蜘蛛がこちらへ腹を向けようとする。
広げた脚が壁へぶつかり、体を返せない。
俺は腹の下へ入り、柔らかい隙間へ牙を立てた。
苦い液体が舌へ触れる。
灰糸蜘蛛の牙がこちらへ向いた瞬間、俺は離れた。
噛みつこうとした頭が網へぶつかり、糸が大きく揺れる。
俺は網の反対側へ回り、もう一度腹へ噛みついた。
脚が迫るたびに離れ、向きが変わる前に戻る。
灰糸蜘蛛は網から抜けられないまま、少しずつ動かなくなった。
最後の脚が垂れると、俺は牙を抜いた。
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灰糸蜘蛛を討伐しました。
経験値を取得しました。
固有スキル【因子吸収Lv1】が発動しました。
因子【灰糸蜘蛛因子】を追加取得しました。
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亀裂から来た三匹目は、すぐ近くまで迫っていた。
だが、崩れた網が亀裂の出口を塞ぎ、すぐには外へ出られない。
俺はそいつへ向かわず、天井の奥へ逃げた。
痺れた脚を引きずったままでは、次は避けきれない。
灰糸蜘蛛は途中まで追ってきたが、すぐに崩れた網へ戻っていった。
俺は石の裏に掴まり、脚の感覚が戻るのを待った。
下では一匹が崩れた網を直し始めた。
切れた糸をつなぎ、外れた支えを壁へ張り直している。
同じ場所へ、何度も糸を重ねていた。
脚の痺れが薄れるまで待ち、俺は天井から離れた。
灰糸蜘蛛は網へ体を向けたまま、こちらを見ていない。
短く鳴き、背中までの距離を確かめる。
飛びつくと同時に、灰糸蜘蛛が振り向いた。
灰糸蜘蛛の牙が開く。
俺は正面へ入らず、牙の横を抜けて首の後ろへ爪をかけた。
灰糸蜘蛛が体を振る前に噛みついた。
前脚が背中を掠めたが、牙は届かない。
俺は一度吸うと離れ、天井へ戻った。
灰糸蜘蛛は俺を追い、張り直した網から離れる。
糸のない天井まで来たところで、俺は急に向きを変えた。
伸びてきた前脚の下を抜け、同じ傷へ牙を入れる。
灰糸蜘蛛の脚が石から外れ、俺ごと床へ落ちた。
落ちながら吸い続け、床へぶつかる直前に牙を抜いて羽を開く。
灰糸蜘蛛だけが石へ叩きつけられた。
鈍い音が響き、八本の脚が内側へ縮む。
床を掻いていた脚も、すぐに動かなくなった。
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灰糸蜘蛛を討伐しました。
経験値を取得しました。
Lvが8から9に上昇しました。
最大HP:24から26に上昇しました。
筋力:8から9に上昇しました。
敏捷:17から18に上昇しました。
感知:21から23に上昇しました。
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俺は床へ降り、死骸の首に残った傷へ牙を立てた。
苦い体液を少しだけ吸う。
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固有スキル【因子吸収Lv1】が発動しました。
因子【灰糸蜘蛛因子】を追加取得しました。
灰糸蜘蛛因子の適応範囲が拡大しました。
スキル【糸感知・最下位Lv1】を獲得しました。
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スキル【糸感知・最下位Lv1】
触れている糸に伝わる微かな振動を、以前より細かく感じ取ることができる。
複数の振動を区別したり、触れていない糸の動きを読み取ることはできない。
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俺は張り直されたばかりの糸に爪先で触れた。
亀裂の奥から伝わる細かな震えが、爪先へ伝わってくる。
何匹いるのかまでは分からない。
だが、入口へ向かってくる動きはなかった。
俺は糸から爪を離した。
下の道で、何かが石を蹴った。
小さな洞窟鼠が、崩れた網の前まで来ている。
鼻先を動かし、床に落ちた灰糸蜘蛛の死骸へ近づいていく。
洞窟鼠は死骸の脚へ噛みつき、そのまま下の道へ引いていった。
天井近くでは、薄羽虫が二匹、切れた糸の間を抜けていく。
灰糸蜘蛛が巡回していた時には、どちらも近づかなかった。
蜘蛛が減った道を、別の魔物が使い始めていた。




