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最弱コウモリ幼体に転生したので、血を吸って進化する  作者: HATENA 
第2章 小さな翼の縄張り

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第021話 灰糸の侵入

 俺は骨から口を離し、天井へ上がった。


 右のひびの奥で、また糸が石を擦る。


 足音は聞こえない。


 細い灰色の糸だけが、暗がりから伸びてきた。


 糸の先が床を這い、置いたばかりの骨に触れる。


 乾いた音が鳴った。


 それでも、灰糸蜘蛛は入ってこない。


 糸は骨を避けるように曲がり、空洞の壁へ張りついた。


 少し遅れて、二本目が伸びてくる。


 一本目は床に近い壁を這い、二本目はそこから斜め上へ張られた。


 このまま増えれば、右のひびを通るだけで羽か脚が触れる。


 蜘蛛は姿を見せる前から、入口を自分の糸で塞ぎ始めていた。


 罠を張っているだけには見えなかった。


 糸はどちらも右のひびへ続き、ぴんと張っている。


 俺は天井に腹をつけたまま、動かなかった。


 先に糸を切れば、奥にいる灰糸蜘蛛は出てこないかもしれない。


 右のひびの奥で、石を引っ掻く小さな音がした。


 すぐ近くまで来ている。


 それでも脚を出さず、糸だけを何度か震わせていた。


 この空洞に何かいるのか、確かめているようにも見える。


 しばらく待つと、ひびの中から灰色の脚が一本だけ現れた。


 脚先が床を探り、骨に触れる前に止まる。


 続いて、小さな頭と膨らんだ腹が出てきた。


 灰糸蜘蛛だ。


 俺と同じくらいの大きさだが、細長い八本の脚を広げると、空洞の入口を塞ぐほど大きく見える。


 灰糸蜘蛛はすぐには奥へ進まず、前脚で張った糸を二度弾いた。


 ひびの奥から、わずかに糸が震えて返ってくる。


 黒巣母蜘蛛が子蜘蛛を呼んだ時と同じだった。


 あの糸は、ただ獲物を絡めるためのものじゃない。


 ここで何かが触れれば、その振動が回廊の奥まで伝わる。


 あいつらは、姿が見えない場所でも糸でつながっている。


 一匹に見つかれば、奥にいる灰糸蜘蛛にも伝わる。


 だが、つながっているのは糸だ。


 先に切れば、目の前の一匹は奥へ何も伝えられない。


 灰糸蜘蛛は返ってきた振動を確かめると、さらに空洞へ入ってきた。


 壁へ糸をつけ、少し進んでは、また糸を残す。


 入口だけではなく、俺が眠る天井へ続く壁にも糸が増えていく。


 一本は保存していた肉の方へ伸び、もう一本は左の道に近い石へ張りついた。


 俺の巣の中へ、あいつらの道を伸ばしている。


 腹の傷はまだ痛む。


 だが、一匹だけなら倒せる。


 こいつを逃がせば、他の灰糸蜘蛛までこの巣へ来る。


 灰糸蜘蛛の体が完全にひびから出るのを待った。


 まだだ。


 灰糸蜘蛛が俺の保存していた肉の匂いに気づき、体の向きを変える。


 その背中が右のひびへ向いた時、俺は天井から降りた。


 狙ったのは、灰糸蜘蛛ではない。


 入口近くに張られた糸へ牙を立て、一息に噛み切る。


 張りつめていた糸が跳ね、灰糸蜘蛛が振り返った。


 前脚が切れた糸を弾く。


 だが、奥から振動は返ってこない。


 俺は石を蹴った。


 灰糸蜘蛛が牙を向けるより先に、その頭と腹の間へ噛みつく。


 牙が硬い殻の隙間へ入った。


 吸う。


 苦い体液が、今までより早く喉へ流れ込んだ。


 灰糸蜘蛛の脚が一斉に縮み、俺の背中と羽を掻いた。


 前脚が俺の顔のすぐ横を通り、頬の毛を削った。


 もう一本が首へ回ってくる。


 俺は羽で頭を庇った。


 痛みに口が開きそうになる。


 それでも離さない。


 右のひびへは戻さない。


 灰糸蜘蛛は体を激しく振り、右のひびへ走り出した。


 途中で壁へ体をぶつけられ、畳んだ羽が石に挟まる。


 息が詰まり、牙が殻の隙間から外れかけた。


 引きずられながら、俺は爪を壁に立てる。


 前ならそのまま爪ごと剥がされていたが、今は石の小さな凹みに引っかけられる。


 一本が滑っても、別の爪をかけ直した。


 止めきれない。


 灰色の脚が右のひびへ届く。


 俺は牙を離すと、壁際の出っ張りへ飛びついた。


 そこに置いていたもう一本の骨へ爪をかけ、灰糸蜘蛛の前へ落とす。


 狭い入口で骨が横向きに挟まり、灰糸蜘蛛の前脚が止まった。


 骨が軋み、少しずつ奥へ押される。


 これだけでは、長くは止められない。


 その背中へ、もう一度飛びつく。


 牙を立てた瞬間、口元へ白い糸が飛んできた。


 頭を振ったが、糸の端が左の羽に絡みついた。


 羽が壁へ引かれ、体が傾く。


 俺は翼を畳んだまま、強く捻った。


 糸は毛を何本か抜いただけで外れ、壁へ貼りついた。


 前に灰色の糸へ捕まった時より、体へ絡みつきにくくなっている。


 一本の脚が脇腹を掻き、傷が開く。


 熱い血が毛の間を流れた。


 それでも、今度は離さなかった。


 もう一度、苦い液体が喉へ入る。


 飲み込むたび、暴れていた脚から少しずつ力が抜けていった。


 骨を押していた前脚が落ち、腹が床についた。


 残った脚が何度か石を掻き、止まる。


――――――――――

灰糸蜘蛛を討伐しました。

経験値を取得しました。


固有スキル【因子吸収Lv1】が発動しました。

因子【灰糸蜘蛛因子】を追加取得しました。

――――――――――


 脚の動きが止まっても、俺はすぐに牙を抜かなかった。


 体液の流れが細くなり、完全に途切れるまで待つ。


 脇腹の傷が脈打ち、遅れて痛みが強くなってきた。


 俺は牙を抜き、脇腹の傷口を舐めた。


 血は出ているが、すぐに動けなくなるほどではない。


 灰糸蜘蛛の死骸を入口から引き離し、落とした骨を元の場所へ戻す。


 空洞の中には、まだ灰色の糸が二本残っていた。


 一本は壁へ張りつき、もう一本は保存していた肉の近くまで伸びている。


 どちらも、右のひびの奥へ続いている。


 俺は巣の中へ伸びた糸を、根元から噛み切った。


 切れた糸は力を失い、床へ落ちる。


 だが、右のひびの奥には、まだ灰色の糸が残っている。


 細い糸は暗闇の中へ続き、どこか遠くで小さく震えていた。


 次に来るのを、ここで待つ必要はない。


 俺は右のひびへ顔を入れ、灰色の糸が続く先を見た。

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