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最弱コウモリ幼体に転生したので、血を吸って進化する  作者: HATENA 
第2章 小さな翼の縄張り

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第020話 黒巣母蜘蛛

 重い振動は、一度で止まらなかった。


 回廊の奥から同じ間隔で返ってくるたび、壁と天井をつなぐ糸が張りつめていく。


 俺は石皮トカゲから離れ、糸の少ない壁へ爪をかけた。


 灰糸蜘蛛の死骸が動いた。


 丸まった脚が開いたわけではない。


 腹に絡んだ糸ごと、回廊の奥へ少し引きずられた。


 もう一匹の死骸も石の上を滑り、石皮トカゲの尾がゆっくりと持ち上がる。


 散らばっていた糸が、全部同じ場所へつながっている。


 奥の暗闇から、長い脚が一本伸びてきた。


 灰糸蜘蛛の脚より太く、俺の体より長い。


 石と同じ灰色をした先端が糸へ触れると、引かれていた死骸が止まった。


 二本目、三本目の脚が現れる。


 細い通路の奥を塞ぐように、黒い腹がゆっくりと姿を見せた。


 大きい。


 腹だけで、人間だった頃の俺の胴に近い。


 表面には乾いた骨片や灰色の糸が貼りつき、その下で黒い皮が脈打っている。


 頭の上に並んだ眼が、死んだ子蜘蛛から石皮トカゲへ向けられた。


 最後に、その眼が壁に張りついた俺へ向く。


――――――――――

名称:黒巣母蜘蛛(くろすははぐも)

――――――――――


 黒巣母蜘蛛が前脚で一本の糸を弾いた。


 足元の糸だけでなく、壁の奥や天井の向こうからも振動が返ってくる。


 近くにいた灰糸蜘蛛が一斉に動き、見えない横穴からいくつもの足音が集まり始めた。


 この回廊にいるのは、さっき倒した三匹だけじゃない。


 俺は天井へ移り、来た道へ体を向けた。


 黒巣母蜘蛛は、その場から動かない。


 長い脚で子蜘蛛の死骸へ糸を巻き、奥へ引き寄せている。


 次に石皮トカゲの胴へ糸が絡んだ。


 太い体が石を擦り、回廊の奥へ少し動く。


 あれは、俺が倒した。


 巣へ運べなくても、まだ血も肉も残っている。


 俺は天井から降り、石皮トカゲの首へ爪をかけた。


 奥から糸が引かれ、死骸が俺ごと動く。


 爪を立てても止められない。


 黒巣母蜘蛛がもう一度糸を弾いた。


 左右の横穴から、灰色の脚が現れる。


 死骸を取り返そうとしている間に囲まれる。


 俺は蜘蛛の牙が残した首の傷へ顔を押し込み、柔らかい肉へ噛みついた。


 首を振って肉を引く。


 一度では切れず、石皮トカゲの体だけが奥へ引かれた。


 もう一度強く噛み、羽を広げて反対へ飛ぶ。


 肉が裂け、血のついた塊が口へ残った。


 そのまま天井へ上がった瞬間、灰色の糸が下から飛んでくる。


 羽を畳んで避けると、糸は天井へ貼りつき、出口へ続く隙間を半分塞いだ。


 黒巣母蜘蛛がこちらへ体を向けている。


 さっきまで死骸を引いていた前脚が、糸を押さえていた。


 逃がすつもりはないらしい。


 俺は肉を咥えたまま、天井と糸の間に残った隙間へ飛ぶ。


 黒巣母蜘蛛が糸を引くと、出口を塞いだ灰色の網がこちらへ迫ってきた。


 広げた左の羽が糸へ触れる。


 すぐに羽を畳み、体を横へ捻った。


 粘つく糸が毛を引いたが、羽までは絡まらない。


 天井へ爪を立て、糸の端を越える。


 下から長い前脚が伸びてきた。


 石を蹴って身を離すと、前脚の先が爪のあった場所を掠めた。


 近い。


 体の大きさからは考えられない速さだった。


 俺は短く鳴いた。


 出口の先は途中で細くなり、その奥で二つに分かれている。


 右は巣へ戻る道だ。


 俺は左へ飛び込んだ。


 今いる場所から巣へまっすぐ戻れば、灰糸蜘蛛も同じ道を来る。


 左の道は狭く、黒巣母蜘蛛の体では入れない。


 背後で糸が石へ貼りつき、灰糸蜘蛛の足音が追ってくる。


 羽を大きく広げられないため、壁と天井を爪で進む。


 曲がり角を二つ越えて鳴くと、追ってきた足音は一匹分だった。


 このまま巣まで連れていくわけにはいかない。


 俺は肉を壁のくぼみへ押し込み、その上の天井へ張りついた。


 灰糸蜘蛛の脚が曲がり角から現れる。


 糸を張る場所も、脚を広げる幅もない。


 蜘蛛は肉の匂いを追って壁のくぼみへ近づいた。


 真上へ来るまで待ち、天井から背中へ落ちる。


 体の横へ回り、脚の付け根へ牙を入れると、灰糸蜘蛛が狭い道で体を捻った。


 脚が壁へ当たり、俺の羽までは届かない。


 苦い体液を吸いながら、蜘蛛の背中を爪で押さえ続ける。


 灰色の脚が何度か石を叩き、やがて止まった。


――――――――――

灰糸蜘蛛を討伐しました。

経験値を取得しました。


固有スキル【因子吸収Lv1】が発動しました。

因子【灰糸蜘蛛因子】を追加取得しました。

――――――――――


 俺は死骸をその場へ残し、くぼみから石皮トカゲの肉を咥え直した。


 戻ってきた道を途中まで引き返し、白い傷を残した分かれ道から巣へ向かう。


 後ろから灰糸蜘蛛の匂いはしなかった。


 それでも何度か道を変え、そのたびに鳴いて、後ろから追ってくる魔物がいないか確かめた。


 巣の空洞へ戻ると、右のひびに置いた小骨は動いていなかった。


 保存していた肉も残っている。


 俺は持ち帰った肉を空洞の奥へ置き、三つの入口が見える天井へ上がった。


 黒巣母蜘蛛は、俺を追って灰糸の回廊から出てはこなかった。


 だが、糸を伝って子蜘蛛を集め、離れた死骸まで引き寄せていた。


 回廊で殺した灰糸蜘蛛も、石皮トカゲも、奪われた。


 右のひびを進めば、灰糸の回廊へ出る。


 灰糸蜘蛛は、すでに一度この巣まで来ている。


 ここを捨てれば、今すぐ黒巣母蜘蛛と戦わずに済む。


 左の道へ逃げ、また別の隙間を探せばいい。


 だが、逃げた先にも血吸いコウモリの群れがいる。


 広い通路には、石皮トカゲより強い魔物もいるはずだ。


 弱いまま場所を変えても、また追い出される。


 俺は右のひびへ近づき、置いていた小骨を咥えた。


 一本では足りない。


 空洞の奥からもう一本運び、一本は床へ、もう一本は壁際の小さな出っ張りへ置いた。


 狭いひびを通れば、どちらかには触れる。


 逃げ道は残す。


 黒巣母蜘蛛には、まだ勝てない。


 それでも、この巣はまだ捨てない。


 二本目の骨を置いた時、右のひびの奥で細い糸が石を擦った。

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