第019話 群れを潰す
骨舐め鼠の首から落ちた血が、石皮トカゲの爪痕へ滲んだ。
このまま巣へ持ち帰れば、しばらく食べ物を探しに出なくて済む。
だが、目の前には石皮トカゲの通り道と、灰糸蜘蛛の縄張りがある。
どちらも、正面から相手にしたくない魔物だ。
俺は鼠の死骸を咥え直し、灰色の糸が張られた細い通路へ引きずった。
死骸は重く、何度も床の凹凸に引っかかる。
そのたびに首元の傷が石へ擦れ、血の跡が後ろへ残った。
灰糸の回廊へ入る前に、俺は死骸の腹へ牙を立てた。
血の匂いが濃くなる。
俺は糸の少ない場所を選び、骨舐め鼠を回廊の中へ押し込んだ。
前なら体を絡め取られていた細い糸が、背中と爪へ触れる。
粘つく感触は残るが、動けなくなるほどではない。
鼠の死骸を、糸が何重にも重なる場所まで運んだ。
これ以上奥へ運べば、蜘蛛に囲まれる。
俺は死骸を残し、来た道の天井へ戻った。
腹を石へ寄せ、羽を畳む。
血の跡は、石皮トカゲの爪痕を横切って回廊まで続いている。
あいつが通れば気づくはずだ。
どれだけ待ったのかは分からない。
最初に動いたのは、鼠の死骸に触れていた糸だった。
灰色の糸が一本ずつ震え、回廊の奥から細かな足音が近づいてくる。
丸い腹と八本の脚が、糸の間から現れた。
灰糸蜘蛛は鼠の周りを一度回り、腹から吐いた糸を死骸へ巻きつけ始める。
一匹だけではない。
さらに奥で、別の糸も揺れている。
このままでは、トカゲが来る前に死骸を持っていかれる。
天井から降りるか迷った時、血の跡が続く通路の奥で石を擦る音がした。
低い体が、壁と床の境目から這い出してくる。
人間の片腕ほどある石皮トカゲが、舌を出して血の匂いを確かめた。
俺は天井から動かず、息を潜める。
石皮トカゲは血の跡へ鼻先を寄せ、そのまま灰糸の回廊へ向かってきた。
灰糸蜘蛛の脚が止まる。
糸に包みかけた鼠を残し、体を低くして入口へ向いた。
石皮トカゲも、灰色の糸に気づいて足を止めた。
互いに動かない。
トカゲは蜘蛛の縄張りを知っているらしい。
それでも、鼻先のすぐ向こうには骨舐め鼠の死骸がある。
石皮トカゲが一歩だけ前へ出た。
前足が細い糸へ触れる。
灰糸蜘蛛が腹を持ち上げ、灰色の塊を吐きつけた。
糸は石皮トカゲの顔を外れ、前足へ貼りつく。
石皮トカゲが体を捻り、糸を張った蜘蛛ごと足を引いた。
灰糸蜘蛛の体が宙へ浮く。
次の瞬間、石皮トカゲの開いた口が蜘蛛の腹へ噛みついた。
殻の潰れる音がした。
灰色の脚が暴れ、石皮トカゲの鼻先を何度も掻く。
トカゲは頭を振り、蜘蛛を壁へ叩きつけた。
回廊中の糸が一斉に大きく揺れる。
奥から返ってきた足音は、二匹分だった。
二匹の灰糸蜘蛛が左右の壁を走り、石皮トカゲへ近づいてくる。
一匹が後ろ足へ糸を吐き、もう一匹が天井から背中へ飛びついた。
石皮トカゲは蜘蛛を噛んだまま回廊へ踏み込み、太い尾を壁へ叩きつける。
天井から飛びついた蜘蛛が尾に弾かれ、糸のない床まで転がった。
脚が二本折れ、起き上がろうとして同じ場所を回っている。
俺は天井を蹴った。
弱った灰糸蜘蛛の背中へ落ち、頭と腹の間へ牙を入れる。
蜘蛛が残った脚を振り回し、爪が胸の毛を掠めた。
俺は体を低くして脚の下へ入り、殻の隙間から体液を吸う。
苦い液体と一緒に、わずかな力が流れ込んでくる。
目の前では、石皮トカゲが別の蜘蛛を壁へ押しつけていた。
あれがこちらへ向く前に終わらせる。
牙をさらに深く入れると、灰糸蜘蛛の脚が石を掻き、そのまま動かなくなった。
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灰糸蜘蛛を討伐しました。
経験値を取得しました。
HPが微回復しました。
固有スキル【因子吸収Lv1】が発動しました。
因子【灰糸蜘蛛因子】を追加取得しました。
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通知が消える前に、石皮トカゲの尾が横から迫った。
俺は死んだ蜘蛛を蹴って飛び上がったが、尾の先が右の羽に当たった。
体が横へ飛ばされ、灰色の糸へ背中からぶつかる。
何本もの糸が羽と足へ貼りついた。
石皮トカゲは口に咥えていた蜘蛛を放り出し、こちらへ向きを変える。
前足と後ろ足には糸が絡み、動くたびに回廊全体が揺れていた。
それでも、俺へ近づくには十分な力が残っている。
俺は片方ずつ爪を引き、貼りついた糸から足を外す。
羽を広げると、右側だけが糸に引かれた。
噛み切る時間はない。
石皮トカゲの口が開く。
俺は右の羽を畳み、糸に引かれるまま体を下へ落とした。
牙が頭上で閉じ、硬い音を立てる。
左の羽を打ってトカゲの腹の下を抜け、糸の少ない壁へ爪をかけた。
右の羽についた糸が伸び、体が途中で止まる。
石皮トカゲが振り返ろうとして、後ろ足へ絡んだ糸をさらに巻きつけた。
その背中では、残った灰糸蜘蛛が脚を広げている。
蜘蛛の牙が、石皮トカゲの首と前足の間へ刺さった。
トカゲが壁へ体をぶつける。
灰糸蜘蛛の腹が潰れ、脚が力なく垂れた。
石皮トカゲもすぐには動かなかった。
口が半分開き、舌だけが石の上を擦っている。
首元には蜘蛛の牙が残り、その周りから暗い血が滲んでいた。
まだ死んでいない。
俺は羽についた糸を牙で噛み、石の角へ押しつけて切った。
自由になった羽を一度広げる。
石皮トカゲの眼が、こちらへ動いた。
前足が石を掻き、体を起こそうとする。
待てば毒が回るかもしれないが、その前に逃げられるかもしれない。
俺は壁を蹴り、開いた口の下へ飛び込んだ。
蜘蛛が残した傷へ牙を押し込む。
硬い皮の下にある柔らかい肉へ、牙の先が入った。
血が一気に口へ流れ込んでくる。
熱い。
骨舐め鼠より濃く、喉を通るたびに腹の奥まで熱が落ちていく。
石皮トカゲが首を振り、俺の体を壁へ擦りつけようとした。
爪を傷口の周りへ立て、牙を離さない。
壁が背中へ当たり、息が詰まる。
もう一度ぶつけられる前に羽を広げ、体の向きだけをずらした。
トカゲの力が少しずつ抜けていく。
吸うたびに前足の動きが遅くなり、石を掻く爪も浅くなった。
やがて、腹が床へ落ちる。
それでもしばらく血を吸い続け、首が動かなくなってから牙を抜いた。
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石皮トカゲを討伐しました。
経験値を取得しました。
HPが回復しました。
Lvが6から7に上昇しました。
最大HP:14から15に上昇しました。
耐久:5から6に上昇しました。
感知:12から13に上昇しました。
器用:5から6に上昇しました。
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固有スキル【因子吸収Lv1】が発動しました。
因子【石皮トカゲ因子】を取得しました。
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種族特性【吸血Lv2】の熟練度が一定値に達しました。
種族特性【吸血Lv2】が【吸血Lv3】へ上昇しました。
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因子【石皮トカゲ因子】
壁面移動、硬皮、待伏せなどが含まれる。
現在の肉体では、一部のみ適応できる。
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牙を抜いても、口の中には濃い血の味が残っていた。
初めて追われた時は、近づいてくるだけで俺は動けなかった。
今も、正面から戦っていれば勝てなかった。
石皮トカゲの周りには、腹を潰された灰糸蜘蛛と、壁へ叩きつけられた灰糸蜘蛛が転がっている。
俺が倒した蜘蛛も、少し離れた場所で脚を丸めていた。
鼠一匹だった死骸が、五匹分に増えている。
全部を巣へ運ぶことはできない。
俺は石皮トカゲの傷口へもう一度牙を立て、吸えるだけ血を吸った。
腹が満ちても、すぐには離れなかった。
残った血の匂いを覚え、硬い皮の隙間を爪で探る。
その時、背後で灰色の糸が震えた。
石皮トカゲが暴れた時とは、揺れ方が違う。
回廊の奥へ続く糸が、遠い方から一本ずつ張りつめていく。
灰糸蜘蛛の足音より重い振動が、暗闇の奥から返ってきた。
俺は石皮トカゲから牙を抜き、血のついた口を閉じた。




