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最弱コウモリ幼体に転生したので、血を吸って進化する  作者: HATENA 
第6章 魔境を拓く者

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第118話 二羽分の取り分

 枝を重ねても、血の匂いは隠れなかった。


 岩の窪みから、黒い血が一筋だけ地面へ落ちている。


 舐め取ろうとして、やめた。


 今は腹より、左腕の方が重い。


「朝まで残ってる?」

「分からない」

「何かに食べられそう」

「だから戻る」

「集落に?」

「ゴルナを呼ぶ」


 俺一人では、あの大きさを運べない。


 フィナと二人で引きずれば、血の跡が集落まで続く。


 枝の上へ、近くにあった平たい石を三つ置いた。


 大きな魔物を止められる重さではない。


 風で枝が動き、黒い羽が見えることだけは防げる。


「それで大丈夫?」

「大丈夫じゃない」

「じゃあ、どうするの」

「朝まで残ってたら持って帰る」


 フィナが窪みを見たまま、縄を巻き直す。


「取られてたら?」

「取ったやつを探す」

「今度は昼でも?」


 返事をせず、窪みから離れる。


 蝙蝠の姿へ戻り、先に飛んだ。


 左翼を強く打つと傷が引きつる。


 けれど、傾いた体を戻すまでが少し早い。


 木の間を抜けた風が、翼のどこへ当たるかも前より細かく分かった。


 傷が治ったわけではない。


 それでも、同じ痛みのまま飛び方を選べる。


「待って」


 下からフィナの声がした。


 速度を落とし、木の枝へ爪をかける。


 フィナが追いつくまで、夜の空を見た。


 鎧羽ガラスの心音はない。


 別の大きな翼も、近くにはいなかった。


「先に行かないで」


『匂いは残す』


「見えない」


 そうだった。


 俺には血も心音も分かるが、フィナには暗い道しかない。


 地面へ下り、人型へ戻る。


 左の上腕へ巻いた布がずれた。


 脇腹にも血が滲んでいる。


「また増えてる」

「浅い」

「ミナトの浅いは信用しない」

「歩ける」

「歩けるかは聞いてない」


 フィナが前へ出た。


 帰り道を知っているのは俺だが、低い枝を避けるのはフィナの方が早い。


 俺は血の匂いを追い、フィナは足元を選ぶ。


 二人で黒巣へ戻った時には、東の空が少し薄くなっていた。


 六匹の心音がある。


 残ったコウモリは、外へ出ていない。


 レグが水路の壁へ背を預けていた。


「遅い」

「起きてたの」

「寝た」


 槍は横へ置かれている。


 右脚を伸ばし、腫れた場所へ濡れた布を巻いていた。


「倒した」


 フィナが先に言った。


「どこにある」

「置いてきた」

「倒したのに?」

「運べなかった」


 ゴルナも奥から出てきた。


 片手に、まだ火のついていない灯りを持っている。


「場所は」

「割れ角岩より北」

「遠いね」

「朝になったら行く」

「あんたは行かない」

「匂いが分かる」

「傷も増えてる」

「場所まで案内する」


 ゴルナが俺の脇腹を見た。


「運ぶのは、こっちでやる」

「俺の獲物だ」

「誰も取らないよ」

「持つ」

「持てないから置いてきたんだろう」


 言い返せなかった。


 フィナが小さく笑う。


「同じこと言われてる」

「寝な」


 ゴルナが灯りの柄で、黒巣の奥を指した。


「明るくなるまで」

「残ってるか分からない」

「暗い中で戻って、今度はあんたが残る方が困る」


 黒巣の天井へ戻る。


 人型のままでは上がれず、もう一度コウモリの姿になった。


 変化に使った血が、腹の奥から抜ける。


 左翼を畳むと、切れ目が痛んだ。


 眠るつもりはなかった。


 けれど、次に眼を開けた時には、黒巣へ細い朝の光が入っていた。


 下に、荷運び用の棒と縄が置かれている。


 ゴルナとフィナ、それに脚を引きずらない若いコボルトが二人いた。


 レグは入口に残る。


「行ける?」


 フィナが聞く。


『飛ぶだけ』


「それなら私もできる」


『できない』


「言ってみただけ」


 外へ出る。


 朝の空気は、夜より動いていた。


 丘から下りる風が左翼へ当たる前に、体を少し傾ける。


 傷へ強く当たらずに抜けた。


 昨日までなら、風に押されてから姿勢を戻していた。


 今は押される前に分かる。


 飛行Lv4。


 速くなったというより、空中で遅れにくくなった。


 けれど、二度続けて左翼を打つと痛みが走る。


 高くは上がらない。


 地面を進む四人から離れず、血の跡を辿った。


 斜めに倒れた大石が見える。


 枝は動いていない。


 平たい石も三つとも残っていた。


『ある』


 窪みへ下りる。


 枝の下から、鎧羽ガラスの尾羽が見えた。


 夜の間に、小さな魔物が血を舐めた跡はある。


 体を運べる大きさのものは来なかったらしい。


 ゴルナたちが枝と石をどける。


「片翼が折れてる」


 若いコボルトが言った。


「岩へぶつけた」


 人型へ戻って答える。


「ミナトが?」

「自分で」

「どうやって」

「音を当てた」


 それ以上は説明しなかった。


 ゴルナが大ガラスの腹を確かめる。


「こっちは深い」

「昨日の傷」

「そのまま追ったのかい」

「血が残ってた」

「血があれば、何でも追うね」


 否定できない。


 縄を両脚と首へ回し、長い棒へ結ぶ。


 四人が棒を担ぐ。


「持つ」

「端だけ」


 ゴルナが後ろの縄を渡した。


 担ぐほどの重さはかけず、死骸が揺れないよう押さえる。


 集落へ戻るまで、別の鎧羽ガラスは現れなかった。


 二羽目の体も、取引小屋の外で開いた。


 岩へぶつけた方の翼は、硬い羽が根元から割れている。


 反対側から、傷んでいない硬い羽が五本取れた。


「二本」


 フィナが先に取る。


「何に使う」

「売る」

「町には行けない」

「ミナトが売る」

「俺が?」

「一緒に倒した」


 フィナは二本を俺へ差し出した。


「私の分」

「預かる」

「なくしたら、倍」

「同じ羽を?」

「お金を」


 残る三本と嘴は、俺の前へ置かれた。


 肉と柔らかい羽は集落へ残す。


 運んだ四人も、そこから分け前を取る。


 昨日の肉代として預けた二本の羽は、ゴルナが別の布へ包んだ。


「値段を聞いたら、次に精算するよ」

「洞窟兎は銅貨二枚」

「覚えてたかい」

「引かれるから」

「そういうことだけは忘れないね」


 三本爪の荷置き場には、乾いた灰灯苔が六束あった。


 硬い羽と嘴を布で巻き、その上へ苔の束を重ねる。


 一度に持って町へ戻れる量だった。


 出る前に、黒巣を見上げる。


 六匹の心音は、まだ同じ場所にある。


 空を狩る二羽は、もう戻ってこない。


 それでも、血吸いコウモリが一匹減ったことだけは戻らなかった。

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