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最弱コウモリ幼体に転生したので、血を吸って進化する  作者: HATENA 
第6章 魔境を拓く者

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第110話 二つ分の灯り

 第一見張り小屋へ着いた時には、日が丘の向こうへ沈みかけていた。


 ジルの心音は残っている。


 オルンを籠から下ろす。


 背中と左肩が汗で濡れていた。


 右腕にも重さは残ったが、痺れはない。


「中の寝台を空けろ」


 第一小屋に残っていた見張りが、机と椅子を壁へ寄せる。


 寝台は二つ。


 ジルとベンを寝かせた。


 オルンは床の毛布へ横になる。


 農家夫婦が、水桶を小屋の中へ置いた。


「ほかに要るものは」


 リオナが聞く。


「町から来るなら、もういい」

「帰り道は暗くなります」

「畑の道は分かる」


 農家夫婦は、空になった手押し車を押して戻っていった。


 第一小屋の見張りが、屋根の灯り台へ上がる。


 黒い覆いを開き、火を見せる。


 一度。


 閉じる。


 もう一度。


「二回?」


 俺が聞く。


「一回目が、ここの合図」

「二回目は」

「二号が止まってる時の代わりだ」

「町から見える?」

「壁の上なら」


 遠くに、ルーヴェン砦町の灯りがある。


 しばらくすると、壁の上で小さな光が二度動いた。


「見たという返事だ」


 二号が暗くても、一号が二つ分を送れば、どこで止まったか分かる。


 昨日は、それをする者も二号の状態を知らなかった。


 小屋の中で、リオナが水を分ける。


 ジルには、布で唇を濡らすだけ。


 ベンは自分で木杯を持てるようになった。


 オルンは一口ごとに長く息を吐く。


「腹は」

「まだ痛い」

「吐き気は」

「少し」

「水を飲んだ後は」

「前よりましだ」


 町の水へ替えただけで、すぐ治ったわけではない。


 それでも、悪くなる速さは止まっていた。


 外が暗くなってから、車輪の音が聞こえた。


 衛兵二人が、小さな荷車を押してくる。


 後ろには、治療所の女とセルカがいた。


「三人?」


 セルカが小屋へ入る。


「寝台と毛布」

「水は」

「町のを飲ませた」

「意識のない人には?」

「布だけ」


 セルカがジルの目蓋を開く。


 治療師は腹と首へ触れ、短い術を使った。


 白い光が掌の下へ集まる。


 ジルの呼吸は少し深くなったが、目は開かなかった。


「治った?」

「体力を戻しただけです」


 治療師が答える。


「原因が体内へ残っていれば、また悪くなります」

「毒?」

「可能性はあります」

「何の」

「ここでは分かりません」


 ベンとオルンにも同じ症状がある。


 食べた物。


 水。


 小屋の空気。


 共通するものを確認する。


「豆は別の袋だった」


 オルンが言う。


「肉は?」

「三日前に食い切った」

「三人とも?」

「同じ鍋だ」

「井戸水は、煮ましたか」

「飲む分は、そのまま」

「食事には?」

「煮た」

「煮た水でも症状が出た?」

「全員食った」


 水を熱しても消えないものかもしれない。


 治療師は断定しなかった。


「井戸水の見本は」


 衛兵が聞く。


「持ってきてない」


 リオナが答える。


「蓋も開けませんでした」

「正解です」


 治療師がすぐに言った。


「採取は、毒物用の瓶と手袋を持つ者に任せます」


 ジルたちは、今夜ここで安定させることになった。


 明るくなってから、荷車で町へ運ぶ。


「第二小屋は」

「閉めた」

「鍵は?」


 リオナが預かった鍵を衛兵へ渡す。


「明日、調査班を出す」

「依頼は」

「ギルドと領主側で決める」


 俺たちが受けた補給依頼とは別になる。


 セルカが俺の右腕を掴む。


「痛い」

「痺れは」

「ない」

「また重いものを持った?」

「人」

「何人」

「一人」

「一度に?」

「一人しか持ってない」

「そういう意味じゃない」


 腕を曲げ伸ばしされる。


 動く範囲は朝と変わらなかった。


「今日は休ませて」

「見張り小屋にいる」

「見張りをするの?」

「寝る」

「ならいい」


 小屋の外で、リオナが矢を数えていた。


「何か来た?」

「来てません」

「なら何で」

「癖です」


 残りの矢は、出発時と同じ本数だった。


「簡単な依頼だと思ってました」

「簡単?」

「補給品を置いて、灯りを直して戻るだけ」

「人がいた」

「いてよかったです」

「倒れてた」

「いなくなるよりは」


 リオナは矢筒を閉じる。


「セインを誘ってよかった」

「心音?」

「それも」

「ほかは」

「一人背負っても歩けるところ」

「エッダでもできる」

「誘ったのは私です」


 昨日は、まだ誘っていないと言っていた。


「昨日は誘ってない」

「今日はもう一緒に来てるでしょう」


 屋根の灯りが、もう一度二回開いた。


 今度も、町の壁から返事があった。


 朝、ジルはまだ目を開けなかった。


 心音は昨夜より少し強い。


 ベンは自分で荷車へ乗れた。


 オルンも歩こうとしたが、治療師に止められる。


「一人で乗れる」

「昨日も立とうとして倒れたでしょう」

「昨日よりは動く」

「町へ着く前に戻ったら、荷車から落ちます」

「何が戻る」

「吐き気です」


 オルンは黙って荷台へ座った。


 三人を乗せると、治療道具を置く場所が減った。


 使わなかった毛布と水桶だけ、第一見張り小屋へ残す。


「二号の合図は」


 リオナが見張りへ聞く。


「今夜もこっちで二度送る」

「三号へは」

「昨日の昼に伝令を出した」


 第三見張り小屋には、第二を通らない裏の道があるらしい。


 時間はかかるが、人の交代と水を運べる。


「第二小屋を空けたままでいい?」


 俺が聞く。


「井戸を使うよりはな」


 見張りは屋根の灯り覆いを見る。


「一つ止まっても、場所が分かっていれば補える」


 知らずに止まる方が危ない。


 衛兵二人が荷車を引く。


 俺とリオナは左右を歩いた。


 帰り道で、魔物は出なかった。


 町の壁が見える頃、ジルの指が一度だけ動いた。


「起きた?」

「反射かもしれません」


 治療師が瞼を見る。


「心音は」

「強くなってる」

「それなら、町までは持ちます」


 東門へ着く。


 三人は、そのまま治療所へ運ばれた。


 ジルの姉らしい女が、門の内側で待っていた。


 荷車へ近づこうとして、衛兵に止められる。


「触らせて」

「水の毒かもしれません」

「弟なの」

「治療所まで一緒に来てください」


 女は荷車の横を歩く。


 ジルの手へ触れられないまま、名前だけを呼んでいた。


 俺たちはギルドへ向かった。


 片靴亭の残りは、三泊になっている。


 荷物を取りに戻る必要はない。


 報告卓には、すでに第二見張り小屋の図が置かれていた。


 ネラの隣へ、ベルクと見知らぬ男が座っている。


 男は厚い革手袋を机へ置いていた。


「薬師組合の水見だ」


 ベルクが言う。


「名前は」

「トアス」


 男が自分で答える。


「井戸の水を見たか」

「見てない」

「匂いは」

「蓋の隙間から」

「何に似ていた」

「土と水草と、甘い匂い」

「腐肉は」

「違う」

「油」

「なかった」


 トアスが紙へ短い線を書く。


「井戸の下で動くものがいた?」


 ベルクが聞く。


「石を擦ってた」

「大きさは」

「分からない」

「一匹?」

「分からない」

「蓋は開けていない?」

「開けてない」


 リオナも同じ報告をする。


 発症した三人。


 町の水を少しずつ飲ませたこと。


 第一小屋へ搬送し、治療班へ渡したこと。


 第二小屋へ補給品を置き、井戸へ使用禁止の板を立てたこと。


「灯り覆いの交換は」


 ネラが聞く。


「してません」

「なぜ」

「小屋を空にしたので」

「補給品は届いている?」

「中へ置きました」


 ネラが依頼票を確かめる。


「補給と安否確認は、完了とします」


 銀貨一枚と銅貨八枚を受け取る。


 所持金は銀貨二枚と銅貨一枚になった。


 Eランクへ上がって、最初の完了印がついた。


 リオナも自分の報酬を受け取る。


「次は」


 俺が見張り小屋の図を見る。


「井戸水の採取と、水路の確認です」


 ネラが別の紙を出す。


「Dランクの緊急調査として準備しています」

「討伐?」

「原因が分からない段階で、討伐とは書けません」

「誰が行く」

「ベルクさんが指揮を執ります」


 ベルクの横には、曲がった盾ではなく別の丸盾がある。


「水見のトアスさん、衛兵二名、斥候一名」


 ネラがリオナを見る。


「リオナさんへ依頼したいと考えています」

「セインは」

「地中の音を確認できる同行者として候補です」

「報酬は」

「まだ決まっていません」

「いつ」

「患者の状態と、領主側の負担を確認してからです」


 ベルクが机の図を指す。


「今日の夕方までに準備する」

「明日?」

「三人が飲んだ水を、そのままにはできん」

「井戸へ入る?」

「水を採るところからだ」


 トアスが革手袋を持ち上げる。


「蓋を開けた途端に何か出るなら、俺は帰るぞ」

「そのための護衛だ」

「護衛が先に蓋を開けろ」

「水を見るのはお前だ」

「水を見る前に噛まれたくない」


 二人は、まだ出発していないのに言い合っている。


 俺の右腕は痛まなかった。


 それでも、今夜は片靴亭で眠ってから返事をすることにした。

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