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最弱コウモリ幼体に転生したので、血を吸って進化する  作者: HATENA 
第6章 魔境を拓く者

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第106話 任せられる範囲

 朝、右手の痺れは消えていた。


 強く握ると、古い傷の奥だけが痛む。


 納屋を出る前に、老人へ銅貨一枚を払った。


 所持金は銀貨二枚と銅貨七枚。


「昨日の粥」

「寝床は取らんと言った」

「飯の分」

「なら一枚だ」


 老人は銅貨を噛まず、指で弾いて音を聞いた。


「戻りに橋を見るのか」

「昨日見た」

「紙に書けるか」

「書いてもらう」

「誰に」

「ギルド」

「道を直すのは領主だぞ」

「ギルドから伝える」

「途中で止まるかもしれん」

「止まったら、また聞く」


 老人は、少しだけ笑った。


「ドレルよりしつこそうだ」


 九本目の道標は、農家の裏にある。


 白い印は残っていた。


 十本目は、根元へ草が絡んでいる。


 草だけを刈り、先端を塗り直した。


 十一本目は木杭だった。


 図では、季節の放牧地へ続く印になっている。


 場所が少し動いていたが、木杭は畑や放牧地に合わせて変えてよいと聞いている。


 白く塗らず、そのままにした。


 十二本目は、別の農道と合流する石標だった。


 先端の白が半分剥がれている。


 刷毛で古い線をなぞる。


 十二本すべてを確認した。


 塗り直した本数を、四本と数えた。


 六本目は移動。


 橋下の石が二つ抜け、右の道は荷車を通せない。


 左の草地では、粉車が沈んだ。


 頭の中で順番を繰り返す。


 東門へ戻ったのは、昼前だった。


 塗料の壺と刷毛を詰所へ返す。


「ずいぶん減ったな」

「四本塗った」

「全部は」

「十二本見た」

「なら、依頼票へ印をつける」

「六本目が動いてた」


 門兵の手が止まる。


「どこへ」

「左の草地」

「戻したのか」

「寝かせた」

「何で」

「右は橋が崩れて、左は荷車が沈んだ」


 門兵が別の紙を出す。


「ギルドでも同じことを話せ」

「ここで書かない?」

「門は道具の返却だけだ」

「役人は」

「道番へ連絡するのはギルドだ」


 同じ町の中でも、話す場所が分かれている。


 ギルドへ行く。


 ネラは依頼票の返却印を見て、報告卓を指した。


「順番にお願いします」

「十二本見た」

「はい」

「四本塗った」

「位置は」

「三、四、七、十、十二」


 ネラの筆が止まる。


「五本では?」


 頭の中で道標を戻す。


 三本目。


 四本目。


 七本目。


 十本目。


 十二本目。


「五本」

「塗料の減り方とも合います」


 最初から数を間違えた。


「六本目は、元の穴から左へ動いてた」

「誰が動かしましたか」

「ドレルが丘の道へ動かして、サーナが草地へ回した」

「理由は」

「右の橋が崩れてる」

「それでドレルさんが迂回させた?」

「豆畑も踏ませたくなかった」

「サーナさんは」

「羊の囲いに荷車を入れたくなかった」

「草地なら安全だと思った?」

「雨の前は乾いてた」

「昨日は」

「粉車が沈んで、女が挟まれた」


 ネラの筆がまた止まる。


「怪我は」

「足首が腫れたけど、折れてない」

「治療師が確認しましたか」

「治療師じゃない。農家の男が見た」

「では、折れていないと断定はできません」

「歩いてた」

「歩ける骨折もあります」


 報告の言葉を直される。


 足首を負傷。


 農家で固定し、手押し車で移送。


「その後は」

「粉を下ろして、挟まれた女を引き出した」

「積み荷は」

「六袋は持ち帰って、五袋はドレルの納屋」

「合計十一袋ですね」

「そう」

「道標は、なぜ元へ戻さなかったんですか」

「元の道は使えない」

「草地へ向けたままには?」

「また沈む」

「それで寝かせた」

「白くない木杭を三本立てて、丘の端を通す」

「誰の判断ですか」

「俺と、ドレルと、サーナ」


 ネラが最後の行を書き、紙を読み返す。


「道番と領主側の修繕係へ回します」

「橋を直す?」

「まず現地確認です」

「いつ」

「早ければ明日」

「遅かったら」

「この報告が残ります」


 老人が言った紙になった。


 ネラが依頼票へ完了印を押す。


「北東農道の道標確認は完了です」


 銅貨六枚を受け取る。


 所持金は銀貨三枚と銅貨三枚。


 実績欄には、十個目の印が増えた。


「Eランク?」

「これから審査です」

「十件」

「十件だけでは決まりません」

「知ってる」

「なら、その顔をやめてください」

「どんな顔」

「今すぐ登録証を出せと言っている顔です」


 言っていない。


 ネラは十個の印がある記録板とは別に、厚い書類を三枚出した。


 一枚には、サム・ロッカへ刃物を向けた時の記録。


 一枚には、閉鎖石切り場の報告。


 最後の一枚は、今書いた道標の報告だった。


「明日の朝、支部長と話してもらいます」

「何を」

「この三件についてです」


 登録証の色は、まだ変わらなかった。


 翌朝、片靴亭で借りた七日は終わった。


 ギルドの小部屋には、支部長とネラがいた。


 昨日の三枚が、机へ並んでいる。


「座ってくれ」


 椅子へ座る。


 支部長は、最初にサム・ロッカの記録を取った。


「サムへ刃を向けた時、お前はまだ襲われていなかった」

「奥へ来させたくなかった」

「それはここにも書いてある。今、同じことが起きたらどうする」


 紙の上の、読めない行へ目を落とす。


 サムに道を見せたくないのは、今も同じだ。


「先に名前を聞いて、戻れと言う。戻らなければ、ギルドへ連れてくる」

「一人で連れてこられない相手なら?」


 一人を捕まえようとして、ほかの奴らに囲まれたら道へ戻れない。


「こっちが町へ戻る。元の道へは行かない」

「刃物は抜かないんだな」


 頷きかけて、止めた。


「逃げる時は抜くかもしれない」


 支部長が俺を見る。


「相手が多くて、道が塞がってたら。枝を切るにも使う」

「向ける相手と使い道を考えられるならいい。二度と抜くなと言っているわけではない」


 サムの紙は消えなかった。


 机の端へ置かれる。


 次は、閉鎖石切り場の報告。


「こちらは投降要請と調査だった。大モグラを倒したから完了、とはならなかったな」

「子供の下から出た。あれは倒すしかなかった」

「ベルクからも聞いた。その後、調べ直すために戻っている」


 支部長は、翌日の同行者が記された所を指した。


 ベルク、エッダ、衛兵、それにボルガン。


「その日のうちに、一人で続きを済ませようとは思わなかったか」

「地下は分からない。支柱もなかった」


 右腕には、まだ噛み傷の跡がある。


 あの時は刀を抜くことさえできなかった。


「それに、入れたとしても、俺には石のことは分からない」


 支部長は同行者の行から指を離し、三枚目を取った。


 道標の報告は、ネラの字で埋まっていた。


「六本目の石標を、元の穴へ戻さなかった」

「橋が崩れてた」

「依頼票には、欠けた道標を勝手に立て直さず報告しろとある」

「ネラに聞いた」

「読んだのではなく?」

「全部は読めない」


 支部長は依頼票を俺の方へ向け、読めなかった行を指で押さえた。


「分からない依頼を、今後も受けるつもりか」

「聞く」

「誰に」

「受付と、依頼人」

「現地で条件が変わったら」

「戻るか、危なくないようにしてから報告する」

「今回は、木杭を立てた」

「ドレルとサーナが立てた」

「あなたも場所を決めた」

「一緒に」


 支部長はすぐに次を聞かず、報告書に書かれた木杭の位置を見た。


「それで事故が起きたら」

「俺も報告する」

「責任を取る、とは言わないのか」

「何をするか分からない」


 金を払うのか。


 道を直すのか。


 怪我人を運ぶのか。


 責任を取るという言葉だけでは、何をするのか分からない。


「分からない約束はしない?」

「しない」


 支部長は紙を置いた。


「文字は、どこまで読める」

「数字と、名前と、道と傷と北」

「少ないな」

「前より増えた」


 ネラが古い依頼票を一枚出す。


「これは」


 大きな文字を追う。


 北。


 夜。


 傷。


「北で、夜に、怪我?」

「北門の夜番で、怪我人の出入りを記録する依頼です」

「全部は分からない」

「分からないまま署名しますか」

「しない」

「では、これは」


 次の紙には、数字が三つある。


 十。


 二。


 六。


「何の数字」

「十日間、二人一組、報酬は銀貨六枚です」

「聞かなければ分からない」

「それで構いません」


 ネラは紙を戻した。


「読めるふりをしないことも、依頼を任せる条件です」


 支部長が俺の登録証を受け取る。


「Fランク十件」


 指で記録を追う。


「採取、荷運び、夜番、捜索、護衛補助、道標確認」

「Dランク依頼では、指揮下で投降要請と魔物討伐に参加」

「期限違反なし」

「依頼人との金銭問題なし」

「対人問題は一件」


 サムの紙が残っている。


「これを消して昇格させるわけではない」

「残る?」

「残る」

「なら、上がらない?」

「同じことを繰り返さないと判断した」


 支部長が、深緑の縁を持つ小さな板を机へ置いた。


「Eランクへの昇格を認める」


 登録証へ触れる。


 淡い光が、板の中央へ広がった。


――――――――――

登録名:セイン

種族:人型亜種・詳細不明

Lv:35

冒険者ランク:E

犯罪称号:なし

――――――――――


 古代竜帝因子も、ほかの因子も表示されない。


 Lvだけが、前の記録より一つ増えていた。


「Eなら何ができる」

「低危険度の護衛、採取、調査。町の外でも、補助ではなく一人で受けられます。討伐はEランクまでです」


 ネラが新しい板を俺の側へ寄せた。


「Dは今までどおり、上位者の指揮下で例外参加。それ以上の危険が出たら、まず戻ってください」

「依頼を捨てて?」

「その判断も任せます」


 目の前に出た魔物を倒せるかどうかだけではない。


 同行する者が帰れるか、荷を残していいのか、続けて確かめる必要があるのか。


 これからは、ベルクが決めてくれる仕事ばかりではなくなる。


 深緑の縁の登録証を受け取る。


 前の黒い縁の板は、ネラが穴を開けて無効にした。


「捨てる?」

「記録庫で保管します」

「俺のだった」

「登録証はギルドの貸与品です」

「知らなかった」

「今、説明しました」


 新しい登録証を小袋へ入れる。


 十件目の報酬は昨日受け取った。


 昇格しただけで、金は増えなかった。


 小部屋を出ると、依頼板の前にいたリオナが、俺の手元を見た。


「色、変わったんですね」

「金は増えてない」

「昇格祝いに最初に言うことが、それですか」


 リオナは自分の登録証を出した。


 同じ深緑の縁でも、角が擦れて白くなっている。


「これで、一人でも町の外の依頼を受けられます」

「前も一人で行った」

「行けるのと、任せてもらえるのは違います」


 俺の登録証には、まだ傷がなかった。


 小袋へ戻しかけて、もう一度だけ深緑の縁を見る。


「次は何を受ける?」

「腕を治してから考えてください」


 リオナはそう言ってから、少し遅れて笑った。


「でも、おめでとうございます」


 金は増えていない。


 受けられる仕事と、俺に任せると言う人は増えた。

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