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最弱コウモリ幼体に転生したので、血を吸って進化する  作者: HATENA 
第6章 魔境を拓く者

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第105話 白く塗らない杭

 丘の向こうから、男が二人来た。


 一人は荷車から助けを呼びに行った男。


 もう一人は、土のついた鍬を持っている。


「何で粉車があそこにいる」


 鍬の男が聞く。


「道標が左を向いてたからだ」

「左でも、丘沿いを行けば沈まん」

「途中から草地へ向いてた」

「そんなふうに置いてない」


 男が分岐へ来る。


 半分埋まった石標を見ると、顔をしかめた。


「ドレル?」


 俺が聞く。


「そうだ」

「これを動かした?」

「元の道が使えんからな」

「勝手に?」

「町へ三度言った」

「誰に」

「去年の税を取りに来た書記と、春の巡回兵と、先月の道番だ」

「直さなかった?」

「見に来てもいない」


 ドレルが右の道を指す。


「橋の下を見ろ」


 小川まで戻る。


 石橋の上は残っている。


 下流側へ回ると、橋を支える石が二つ抜けていた。


 水が土を削り、車輪が通る端だけが沈んでいる。


「荷車が通ったら」

「次は橋ごと落ちる」

「だから道標を動かした」

「畑へ入らせないためでもある」

「豆を踏まれて黙ってる農家がいるか」


 ドレルは隠さなかった。


 元の分岐へ戻る。


「どこを向けた?」

「丘沿いだ」

「今は草地」

「誰かが変えた」


 泥についた石標の根元を見る。


 元の穴から引きずった線。


 その先で、石を回したように土が丸く削れている。


 運んだ者と、向きを変えた者が別にいる。


「サーナだ」


 草地にいた女が言う。


 助けられた女の足首には、木の板と布が巻かれていた。


 農家から来た男に肩を借り、こちらへ歩いてくる。


「足は」

「折れてはいない」

「歩いていい?」

「あそこに寝てるよりはね」

「サーナって誰」

「羊を飼ってる女だよ」

「呼んだのか」


 ドレルが聞く。


「呼ばなくても来た」


 丘の上から、茶色い上着の女が下りてくる。


 手には、折れた木杭を持っていた。


「また粉車か」

「お前が石を回したのか」


 ドレルが詰め寄る。


「丘へ向けたままなら、羊の囲いを突っ切るだろう」

「端を通せと言った」

「夜の荷車が、そんなものを見るか」

「だから木杭を立てた」

「一本は折られてる」


 サーナが持っている杭には、車輪で削れた跡があった。


「それで草地へ向けた?」


 俺が聞く。


「低い方なら畑も囲いも通らない」

「荷車が沈んだ」

「昨日までは乾いてた」

「昨日の夜、雨が降った」

「雨なら見りゃ分かる」

「道標からは分からない」


 サーナが黙る。


 ドレルは鍬の柄を地面へ突いた。


「こいつが余計なことをしなけりゃ、丘沿いで行けた」

「あんたが公道の石を動かさなければ、私が触ることもなかった」

「なら、崩れた橋を通せってのか」

「町が直せばいい」

「直さないから動かしたんだ!」


 二人とも、最初から道をなくしたかったわけではない。


 自分の畑と羊を守ろうとして、別の場所へ危険を押した。


「石は戻さない」


 俺が言う。


「じゃあ、また沈むぞ」

「草地へも向けない」

「どこを通す」


 図を見る。


 町の道は右。


 今は崩れている。


 左の丘沿いなら通れるが、羊の囲いへ近い。


「木杭は動かせる?」

「畑道なら」


 サーナが答える。


「白く塗らなければ、町の道標じゃない」

「三本使う」

「何に」

「丘の端を通す」


 ドレルが鍬を担ぐ。


「最初からそうしてた」

「夜でも分かる数にする」


 折れた一本だけでは足りない。


 サーナはしばらく石標を見ていたが、丘へ戻った。


「杭を取ってくる」

「羊は」

「道へ出さない」


 ドレルも、自分の畑側から杭を二本持ってきた。


 二人が同じ道のために動いているのに、互いの顔は見なかった。


 木杭は三本になった。


 一本目を分岐へ立てる。


 二本目は、丘へ上がる途中。


 三本目は、羊の囲いから離れた場所へ置いた。


 どれにも白は塗らない。


「暗ければ見えんぞ」


 ドレルが言う。


「夜は通さない」


 サーナが答える。


「誰が止める」

「今夜は私が囲いにいる」

「毎晩やれるのか」

「橋が直るまでやるしかないだろ」


 また言い合いが始まりそうになる。


「石を寝かせる」


 俺が言う。


「戻さないんじゃなかったのか」

「矢印が見えないようにする」

「それも動かすだろ」

「今の場所が間違ってる」

「なら、元へ戻せばいい」

「元の道は崩れてる」


 二人が黙る。


 正しい場所へ戻しても、正しい道にはならない。


 ドレルとサーナが、石標を両側から持つ。


 俺は右腕を使わず、下へ平たい石を入れた。


 六本目の道標を、元の穴の横へ寝かせる。


 白い線は地面を向いた。


「町から来た荷車には」


 サーナが三本の木杭を見る。


「丘を通す」

「町へ戻る荷車も同じ」


 ドレルが答える。


「羊を出す時は」

「杭を一本増やす」

「勝手に道を増やさない」

「畑道の杭なら動かせると言っただろ」

「町道に見せない」


 白く塗らず、町へ続く石標とも離す。


 仮の道だと分かるようにする。


 助けを呼びに行った男が、農家から手押し車を持ってきた。


 足を傷めた女を乗せる。


 粉袋は一度では運べない。


「半分ずつにしろと言っただろ」


 女がまた言う。


「帰り道まで言うのか」

「埋まった分は言うよ」


 折れた荷車は草地へ残す。


 粉袋を六つだけ手押し車へ載せ、残りはドレルの納屋へ置くことになった。


「盗まない?」


 女が聞く。


「豆と粉を混ぜても売れん」

「食える」

「十一袋も食ったら腹が裂ける」

「一袋なら?」

「お前、助けてもらったのに最後まで疑うな」

「助けたのはそっちの冒険者だよ」


 女が俺を見る。


「名前は」

「セイン」

「粉を買う時は、うちへ来な」

「血は売ってる?」

「粉屋だよ」

「なら使わない」

「パンを食べないのかい」

「食べる」

「だったら使うだろ」


 手押し車が丘の向こうへ消える。


 俺は七本目の道標へ向かった。


 ドレルとサーナも途中まで来る。


「町へ何て言う」


 ドレルが聞く。


「橋が崩れてる」

「それだけか」

「石を動かした」

「誰が」

「二人」


 サーナが足を止める。


「罰金になる?」

「知らない」

「余計なことまで言わなくていい」

「依頼だから言う」

「橋を放っていた町のことも言え」

「言う」


 どちらかだけを隠すつもりはなかった。


 七本目は、丘の道が農道へ戻る場所にある。


 白い印は薄くなっていた。


 刷毛を右手で持つ。


 さっき荷車を持ち上げたため、指に力を入れると痺れた。


 左手へ持ち替える。


 線が少し曲がった。


「塗るのは下手だな」


 ドレルが言う。


「左だから」

「右ならうまいのか」

「フィナよりは下手」

「誰だ」

「苔を刈るやつ」

「道と関係ないだろ」


 確かに関係はなかった。


 八本目まで確認したところで、日が低くなった。


 残りは四本。


 図では、この先に農家が一軒ある。


「泊まるなら、あの家だ」


 サーナが指す。


「頼んでない」

「日が暮れたら泊まれって依頼だろ」

「何で知ってる」

「道標の仕事は、毎年誰かが来る」


 農家の戸を叩く。


 出てきた老人へ依頼票を見せると、納屋の端を貸してくれた。


「飯は銅貨一枚」

「払う」

「干し草だけなら、ただ」

「飯も食べる」


 豆粥と黒パンが出た。


 老人は向かいへ座り、六本目の石標がまた動いたと聞いても驚かなかった。


「去年も動いた」

「誰が」

「その時は水だ」

「流された?」

「橋の下が削れ始めた時にな」

「町へ言った?」

「ドレルが言った」

「直らなかった」

「口で言っただけだからな」

「口では駄目?」

「書いた紙がなけりゃ、次に来た役人は知らんと言える」


 俺も、紙へ長い報告は書けない。


 老人は粥を食べ終えると、納屋の灯りを消した。


 右腕の痺れが引くまで、暗い天井を見ていた。

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