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最弱コウモリ幼体に転生したので、血を吸って進化する  作者: HATENA 
第6章 魔境を拓く者

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第102話 血を飲んでも

 ギルドを出た後、食肉解体店へ寄った。


 店の裏では、豚の血が桶へ溜まっている。


「今日は持ち帰るのか」

「ここで飲む」

「その腕で壺を落とされても困るしな」


 店主が木の椀へ血を入れる。


 銅貨一枚を渡した。


 所持金は銀貨二枚と銅貨四枚。


 まだ温かい血を飲む。


 一杯目で、体の奥に残っていた乾きが薄くなった。


 二杯目を飲むと、右腕の指先まで熱が流れる。


 木板の中で、指を開く。


 昨日より動いた。


「治ったか」


 店主が聞く。


「まだ痛い」

「そんなもので治るなら、治療所はいらん」


 もう一度、狩猟刀の柄を握る。


 指は閉じたが、強く力を入れると腕の奥が痺れた。


 血を飲めば動ける。


 傷そのものが消えたわけではない。


「もう一杯」

「飲んで治そうとするな」

「余ってる」

「腹を壊しても知らんぞ」

「壊さない」

「人の話を聞かないやつは、みんなそう言う」


 ボルガンと似たことを言われた。


 三杯目は出てこなかった。


 片靴亭へ戻る。


 食堂の戸を開けると、ベッカが木板の入った腕を見る。


「部屋を借りて二日で、それかい」

「一日目に怪我した」

「早く言えばましになる話じゃないよ」

「部屋は汚してない」

「心配する順番が違う」


 豆と鶏肉の煮込みを頼む。


 右手では匙を持ちにくいため、左手で食べた。


 何度か椀の縁へ当たる。


 向かいの席にいた男がこちらを見たが、何も言わなかった。


 個室へ上がる。


 借りた七泊のうち、今夜で二泊目になる。


 古い文字表を開いた。


 乾燥。


 ネラに書いてもらった文字を、左手で紙の端へ写す。


 一度目は線が足りなかった。


 二度目は、横へ長すぎる。


 三度目を書いている途中で、炭筆が指から落ちた。


 左手で食べることはできても、細い文字を書くのは難しい。


 炭筆を拾わず、寝台へ横になる。


 朝まで一度も目を覚まさなかった。


 残る宿泊は五泊。


 治療所へ行くと、セルカは木板を外し、腫れた場所を押した。


「昨日よりはいい」

「血を飲んだ」

「何の?」

「豚」

「治療に使ったの?」

「喉も乾いてた」


 セルカが右手の指を一本ずつ曲げる。


 薬指だけが、まだ少し遅い。


「木板は外していいけど、布は巻く」

「刀は」

「握るだけなら」

「抜くのは」

「駄目」

「危なかったら」

「逃げる」

「ベルクと同じことを言う」

「まともな人は、だいたい同じことを言うの」


 新しい布が巻かれる。


 手首は動かせるようになった。


 処置代を出そうとすると、セルカが止める。


「今日は確認だけ」

「ただ?」

「最初の銅貨四枚に入ってる」

「巻いた時は言わなかった」

「今日来なかったら、薬代にするつもりだったから」


 革紐を戻す。


「どこへ行くの?」

「荷置き場」

「町の中?」

「外」

「一人で?」

「一人」


 セルカの視線が右腕へ落ちる。


「今日は見るだけ」

「何を」

「苔と、巣」

「巣?」

「寝る場所」

「片靴亭じゃなくて?」

「前からある方」


 説明するほど、聞かれることが増えていく。


「遠い?」

「日が落ちる前には着く」

「戻るのは」

「明日か、明後日」

「門で言ってから行って」


 治療所を出る。


 東門で、二日以内に戻ると記録してもらった。


 右手を狩猟刀の柄へかける。


 握ることはできた。


 鞘からは抜かず、そのまま門を出た。


 三本爪の水路へ着く頃には、日が沈んでいた。


 右腕を使わず歩くと、体が少し左へ傾く。


 途中で魔物の匂いはしたが、近づいてくるものはいなかった。


 古い水路へ入る。


 荷置き場の手前で、足を止めた。


 入口へ重ねた背殻は閉じている。


 けれど、床に黒い粒が落ちていた。


 指で潰す。


 小さな虫の羽が混じっている。


 頭上から、短い鳴き声がした。


【血吸いコウモリ】


 水路の天井に一匹いる。


 黒巣の外側に残したものと同じ匂いだった。


「何でここにいる」


 血吸いコウモリは答えない。


 俺の声へ顔を向け、そのまま天井にしがみついている。


 荷置き場の隙間から、灰灯苔の弱い光が漏れていた。


 光の近くを、薄い羽の虫が飛ぶ。


 血吸いコウモリが天井から離れ、一匹を追った。


 苔ではなく、光へ集まる虫を狙っている。


 そのまま背殻へ爪をかけた。


 乾いた音が、水路へ響く。


 警報にはなる。


 毎晩鳴らされれば、誰かが入った音と分けられない。


 背殻を動かし、中へ入る。


 棚には六束の灰灯苔が並んでいた。


 前に置いた苔は、葉全体が乾き始めている。


 黒く溶けた場所はない。


 布へ二束ずつ広げてあったため、重なった下だけが湿って残っていた。


 新しい苔はまだない。


 ゴルナたちは、俺が戻るまで刈らなかったらしい。


 乾いた葉を一枚折る。


 音を立てて割れた。


 前に町へ持っていった端だけの葉より、乾き方はそろっている。


 棚の奥には、薄い羽の虫が二匹死んでいた。


 血吸いコウモリが、入口の背殻へまた止まる。


「そこは駄目」


 手を伸ばす。


 右腕は使わない。


 左手だけでは届く前に逃げられた。


 水路の奥へ飛び、少し離れた天井へ止まる。


 追っても、また戻ると思う。


 光と虫がある限り、ここを餌場にする。


 入口の下へ落ちていた糞を、水路の流れへ捨てる。


 そのまま残せば、ここに何かがいる印になる。


 背殻の隙間へ、乾いた泥を詰めた。


 光は漏れにくくなった。


 代わりに、入口を動かす時の音が少し鈍くなる。


 外から押す。


 まだ鳴る。


 前より小さい。


 荷置き場を隠せば、警報が弱くなる。


 両方を同じままにはできなかった。


 黒巣へ向かう。


 入口の金属線は切れていない。


 外側から返ってくる心音は六つ。


 一匹減っている。


 違う。


 荷置き場にいた一匹を足せば、七匹だ。


 黒巣の外側から、水路の餌場まで動くようになっただけだった。


 中へ入る。


 天井の血牙コウモリが鳴いた。


 残る五匹の血吸いコウモリも、少し遅れて翼を動かす。


 床には、新しい虫の羽と、小さな骨が落ちていた。


 俺が餌を置かなくても、自分たちで食っている。


 黒牙大イタチに追われた頃より、腹も痩せていない。


 血牙コウモリが天井から少し下りる。


 右腕の布へ鼻先を向けた。


 血の匂いはほとんど残っていないはずだ。


 それでも、傷があることは分かるらしい。


「噛むな」


 牙を見せる。


 近づいては来なかった。


 黒巣の奥へ進み、古い骨の側へ座る。


 町の個室とは違い、壁も床も冷たい。


 天井の音が、少しずつ元の場所へ戻っていく。


 俺がいない間も、ここでは餌場と寝る場所が増えていた。


 荷置き場にいる一匹だけは、朝になっても戻ってこなかった。

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