第010話 最初の巣
石を踏む音が近づいてくる。
俺は骨舐め鼠の首に牙をかけ、後ろへ引いた。
死骸は少し動いただけで、すぐに石へ引っかかった。
重い。
さっきまでは、腹いっぱい食えたことが嬉しかった。
今は、残った肉が邪魔になっている。
もう腹には入らない。
それでも置いていきたくなかった。
俺が初めて狩った獲物だ。
もう一度引く。
骨舐め鼠の頭が石に当たり、乾いた音がした。
その音に答えるように、暗闇の向こうで足音が止まった。
まずい。
俺は死骸から牙を抜き、壁際へ体を寄せた。
低い位置に、二つの眼が見えた。
這うような姿勢のまま、トカゲがこちらへ進んでくる。
石みたいに硬そうな皮と、横に広い頭。
前に俺を追い回したやつと同じ魔物だ。
同じ個体かまでは分からない。
トカゲは何度も舌を出し、骨舐め鼠へ顔を向けた。
その眼が、次に俺へ向いた。
目の奥へ意識を向けた。
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名称:石皮トカゲ
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名前を知っても、勝てないものは勝てない。
石皮トカゲは俺より何倍も大きく、口を開けば骨舐め鼠の頭くらいなら簡単に入る。
今の俺でも、噛まれれば終わる。
逃げる。
そう決めたのに、死骸が目に入った。
全部は無理でも、少しくらい持っていけるかもしれない。
俺は骨舐め鼠の腹へ噛みついた。
すでに食い破った場所へ牙を入れ、首を振って肉を引く。
一度では切れない。
石皮トカゲが近づいてくる。
四本の足が石を掴むたび、爪の音が大きくなる。
もう一度、強く引いた。
肉が裂ける。
口に収まる大きさの肉が取れた。
その瞬間、石皮トカゲが走った。
速い。
俺は肉を咥えたまま、出っ張りの端から飛び出した。
下には水場がある。
落ちれば、腹の重さと咥えた肉で浮かべないかもしれない。
羽を広げる。
空気が羽の膜に当たり、体が前へ押し出された。
向かいの壁が近づく。
爪を伸ばす。
届かない。
体が下へ落ちる。
俺は肉を離しかけた。
その時、後ろで石皮トカゲの口が閉じた。
牙の音が近い。
羽を一度だけ強く打つ。
体が前へ伸び、爪の先が壁のひびにかかった。
落ちる勢いで爪が滑る。
片足が外れた。
残った爪を石へ食い込ませ、羽を壁に押しつける。
下で水が跳ねた。
石皮トカゲが出っ張りから降りている。
俺は咥えた肉を一度、ひびの奥へ押し込んだ。
壁に両方の爪をかけ、体を持ち上げた。
肉を咥え直し、さらに上のくぼみへ爪を伸ばす。
石皮トカゲも壁を登ってくる。
あいつは壁の上でも速い。
逃げるだけなら、肉を捨てた方がいい。
分かっている。
でも、離したくなかった。
上へ登りながら、入れそうなひびを探す。
広い穴では駄目だ。
俺の体だけが通れて、石皮トカゲが入れない場所。
俺は短く鳴き、返ってきた音から隙間を探した。
少し上に、横へ伸びる細い割れ目があった。
奥は暗く、どこまで続いているか分からない。
俺は迷わず頭を入れた。
肉が入口に引っかかる。
後ろから、石を掻く音が迫る。
俺は肉を噛み直し、横向きになって割れ目へ押し込んだ。
羽の端が石に擦れる。
裂けた場所が痛んだ。
それでも奥へ進む。
背後で石皮トカゲの爪が壁を削った。
細い爪の先が、割れ目の中へ入ってくる。
尾に触れそうな距離だった。
俺は腹を石に擦りつけ、肉ごと体を前へ押した。
爪が空を掻く。
もう少し進むと、石皮トカゲの鼻先が入口を塞いだ。
息が割れ目の奥まで届く。
生臭くて、熱い。
俺は止まらずに進んだ。
割れ目は途中から上へ曲がっている。
石皮トカゲの息が遠くなり、爪が石を掻く音だけが残った。
やがて、伸ばした爪が空を掴んだ。
足場がない。
体が前へ落ちる。
咥えていた肉が口から抜け、下へ落ちた。
すぐに、肉が床へ落ちる音が返ってくる。
深くはない。
俺も羽を広げ、肉の後を追った。
着いた先は、今までの割れ目より少し広い空洞だった。
翼を端まで広げることはできないが、向きを変えるくらいの余裕はある。
床は乾いている。
上には爪をかけられる細かな凹凸があり、奥にも俺が通れそうなひびが続いていた。
水の匂いは遠い。
石皮トカゲの匂いも薄い。
俺は落ちた肉を拾う前に、短く鳴いた。
音が空洞の中を回り、壁の形を返してくる。
入ってきた割れ目は一つ。
奥のひびは細いが、途中で二つに分かれている。
何かが来ても、逃げる道はある。
天井の一部には、毛のようなものが張りついていた。
床の隅には乾いた糞と、小さな骨が残っている。
昔は、別のコウモリが使っていたのかもしれない。
俺は空洞の奥へ進み、石の隙間を一つずつ確かめた。
血吸い蛭はいない。
薄羽虫もいない。
大きな魔物が入った跡もなかった。
絶対に安全とは言えない。
それでも、水場の横や黒い骨の裂け目で眠るよりはいい。
俺は咥えてきた肉を、空洞の一番奥へ運んだ。
入口からは見えず、奥のひびにも近い場所だ。
食べる場所と、逃げる場所。
眠るなら、その間にある天井のくぼみがいい。
爪をかけ、体を持ち上げる。
逆さになると、体から余計な力が抜けた。
羽を畳み、天井のくぼみに体を寄せる。
背中に冷たい石が触れた。
床にいる時より、ずっと落ち着く。
下には残った肉がある。
入口の先には水場があり、骨舐め鼠が通る道もある。
危なくなれば、奥のひびへ逃げられる。
今まで見つけた場所は、追われた先にあっただけだ。
ここは、自分で選んだ。
古い毛や骨は残っているが、今は俺しかいない。
俺はそのまま、目を閉じかけた。
その前に、奥のひびから流れてくる匂いに気づいた。
乾いた石に混じって、かすかに古い血の匂いがする。
黒い骨の裂け目で嗅いだものと似ていた。
今は、行かない。
俺は肉を置いた場所を確かめ、天井に爪をかけ直した。




