表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/4

②1966年5月3日

ビートルズ来日発表から一週間後の5月3日、新聞紙上で来日公演の入場券についての詳細が告知された。

葉書による抽選で、締め切りは5月10日。

座席はA席2,100円(現在の価値で約5,000円)、B席1,800円(同じく約4,300

円)、C席1,500円(3,600円)。

ティーンエイジャーにとっては決して安くはないが、全く手が出ない値段というわけではない。

実一朗は小遣いをはたいて葉書を買い込み、応募葉書を書くため悦子と共に五郎の家に集合した。

なぜ五郎の家なのかというと、一番安全だからだ。

勉強もせずに家でビートルズの入場券の応募葉書を書いているのを親に見つかったら、最悪の場合葉書を処分されてしまうかもしれない。

そこへいくと五郎の親は寛大で、子供のやることにあまり首を突っ込まないし、うるさいことも言わない。

ビートルズのことになると目くじらを立てる大人が多いが、もし入場券を手に入れて公演に行くことができたら、五郎の親ならきっと快く送り出してくれるだろう。

せっせと葉書を書いて祈るような気持ちでポストに投函したが、締め切りの2日後には日本公演のスポンサー企業から、歯磨き製品または制汗剤の空箱を送ると、抽選で5,000名に入場券が当たるキャンペーンが発表された。

「じっちゃん、これさ、葉書を書くよりキャンペーン狙いで行ったほうがよかったんじゃない?」

母親の入れてくれた麦茶を飲みながら、五郎が言った。

「なんでだよ」

「だってこっちは特等席に無料招待だよ?葉書を書くのだって大変だったんだから、もっと早く発表してくれりゃよかったのに」

と、キャンペーンの新聞広告を示してみせる。

「五郎くんすっかり行く気になってるのね」

悦子が笑う。

「そりゃせっかく来るんだからやっぱり見てみたいじゃん」

「お前みたいな野次馬根性のやつがいるから、倍率が跳ね上がるんだよ」

実一朗はくさった。

「でもスポンサーも考えたな。締め切りの後になってこんなキャンペーンを打ち出すなんてさ」

「そうは言ってもキャンペーンも応募しないとね。制汗剤は私が買うわ」

「じゃ俺と五郎は歯磨き粉だな」

「え?俺も買うの?」

「だってお前も行きたいんだろ。それくらい協力しろよ」

「どっちも当選したらどうするの?」

「その時はその時だよ」

「楽しみだなぁ」

なんてあれこれ夢見ながら語り合っている時が一番幸せだったのかもしれない。

締切1週間後の5月17日、抽選が行われた。

警察官立ち合いの上で行われた厳正な抽選だったらしい。

しかし、待てども待てども届くのは抽選にもれたという落選通知ばかりだった。

実一朗だけでなく、悦子も、五郎も。

「どうだった?」

「だめだった」

そんな確認ばかりが続いていた、その頃だった。

ビートルズの入場券を手に入れた奴がこの学校にいるという話が飛び込んできたのは。


「僕のパパはビートルズ日本公演のスポンサー企業の重役だからね。パパの力なら入場券を手に入れるくらいどうってことないさ」

と言って廣瀬雅実(ひろせまさざね)はこれ見よがしに当選通知を学校中で見せびらかした。

コネで入場券を手に入れたと公言していることもそうだし、そんな阿漕な手段が存在するということをばらしてしまうこと自体どうかしているが、本人は意に介さないどころか、むしろ得意げだから始末が悪い。

実際、廣瀬雅実は学校中の嫌われ者だった。

父親がどこぞの大企業のお偉いさんだか何だか知らないが、それをかさに着て周りを見下し、やたら威張りくさっているからだ。

「まさざね」という平安時代の公家みたいな名前と高い声から、皮肉を込めて陰のあだ名で〈平安〉と呼ばれていた。

自分たちはあんなに沢山の応募葉書を出して一枚も当たっていないというのに、コネで易々と入場券を手に入れるやつがいるという現実に、実一朗は打ちのめされていた。

「じっちゃん、平安が持ってる当選葉書見た?」

「見てないし見たくもねえよ」

当選葉書を見せてくれなんて言い寄ったら、ますます廣瀬をつけ上がらせるだけだ。

それが実一朗には面白くない。

しかも一緒に連れて行ってもらおうと、廣瀬に媚びを売る者まで現れているというからますます気に食わない。

「プライドってもんがないのかね」

「でもさ、本当に行きたかったら、もうなりふり構ってられないよね」

五郎の言う通りだった。

実際、なりふり構わない男がここにいた。

再び登場の西條淳一である。

見た目も派手ないわゆる不良で近寄り難いが、なかなかの男前なので、女子には密かに人気がある。

ビートルズに憧れて不良仲間とロックバンドを結成しているので、尚更憧れる女子は多い。

「おい、平安。じゃなかった、廣瀬」

「何か用かい、西條くん」

「俺をビートルズの武道館公演に連れて行ってくれ。持ってるんだろ、入場券」

淳一は藪から棒に切り出した。

「は?」

「どうしても本物のビートルズが見たいんだ。俺は本物を見るべき人間なんだ」

「君、何言ってるんだ?」

「大体ガリ弁のお前がビートルズなんか聴くのかよ。曲知ってるのか?」

「知ってるよもちろん。僕を馬鹿にしてるのか?」

「じゃ歌ってみろよ」

「アワナホージャハァーンだろ」

どうやら「抱きしめたい」のことらしい。

「いいから連れて行ってくれ。頼む」

「嫌だよ。どうして僕が君を連れて行かなきゃならないんだ?それに僕はもう一緒に行く相手は決まってるんだ」

「誰だよそれ」

「君なんかに教えるもんか」

「教えろ。誰だよ」

淳一は廣瀬の胸倉をつらまえた。

「何するんだ。乱暴はよせよ」

揉み合いながら廣瀬は叫んだ。

「そんなに教えて欲しけりゃ今ここで僕に土下座しろよ」

「何だと?」

「僕のパパは一流企業の重役だぞ。この学校にもお金を沢山寄付してるし、政治家にも顔がきくんだ。僕が一言言えば、君みたいな不良をこの学校から追い出すことくらい簡単にできるんだぞ」

「………」

淳一はしばらくの間黙っていたが、やがて無言で廣瀬を突き放した。

「やめた。馬鹿馬鹿しい」

「な、何だよ」

もっと何か言ってやるつもりが拍子抜けを食らった廣瀬に向かって、淳一はぼそっと一言吐き捨てた。

「お前、最低だな。相手にする価値もねえ」

しかし、淳一が聞き出すまでもなく、相手が誰なのかはすぐに分かった。

廣瀬雅実が杉左近松江をビートルズ公演に誘い、しかも松江がOKしたというニュースが瞬く間に学校中に広がったからだ。


「杉左近松江さん、僕と一緒にビートルズの日本公演を見に行きませんか。いや、ぜひ一緒に行ってください」

廣瀬雅実に突然面と向かって告げられて、松江は目を丸くした。

「どうして私なの?」

「僕は杉左近さんと一緒に行きたいんだ」

「廣瀬くんってビートルズ好きだったの?」

「ビートルズなんてただの不良の集まりだし、正直僕は興味ないよ。でもこれだけ話題になってるんだから、一度見ておくのも悪くないんじゃないかなと思ってさ。杉左近さんと一緒だったら楽しくないものもきっと楽しいよ」

「………」

爽やかさのかけらもない笑顔を見せる廣瀬を、松江はをまじまじと見つめた。

「それが入場券なの?」

廣瀬が握りしめている紙に松江は目をやる。

「入場券はこの当選葉書とプレイガイドで引き換えだから、まだ手元にはないんだ」

「ちょっと見せてくれる?」

受け取った当選葉書を松江はためつすがめつしていたが、やがておもむろに言った。

「いいわよ」

「え?」

「行ってもいいわよ」

「本当かい?」

「この当選葉書、私が持っててもいい?」

「もちろんだよ!何なら一緒に引き換えに行こう!」

有頂天になってデレデレの廣瀬には、松江が蔑むような眼差しを自分に向けていることなど全く気付いてもいなかった。


ガリ勉でモテないあの廣瀬雅実が杉左近松江を射止めた。

噂に尾ひれがついて、二人はもう付き合っているとか、親公認の仲だとか、学校中が上へ下への大騒ぎである。

廣瀬の父親は某大手企業の重役だし、松江の父親も一代で財をなした実業家で、つり合いとしては申し分ない。

男子たちはショックを受け、女子たちは松江の男を見る目のなさを逆に面白がり、むしろ喜んだ。

それにしてもビートルズの威力恐るべしである。

そしてこの騒ぎが思いもよらない形で実一朗の身に降りかかってくることになるとは、実一朗自身もまだ知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ