49.5:繋がり
「プリムお嬢様、お手紙が届きました」
「ありがとう、セバス」
レイン公爵領の領都レイアにある屋敷の一室、まだ幼いながらもその境遇から大人びた少女と、少女の父親に仕える老齢の男性がいた。男性は少女ととある少年を繋ぐ1通の手紙を届けにきた恋のメッセンジャーだ。
「それと便箋などもお持ちしましたので、お返事が書けましたらお声がけください。では失礼します」
男性は必要なことだけ伝えると少女の前から去っていく。この屋敷において、少女宛に封をしたまま中身を改めずに届けられる手紙を出す人物と聞いたら一人の例外なくとある少年を思い浮かべるだろう。つまり互いに誰からの手紙かはわかっているし、男性も邪魔にならないよう最低限の時間で要件を済ませ、別の仕事へと向かった。
妹の恋路が気になる姉と、お気に入りのお兄ちゃんからの手紙が気になる妹。目下おじゃま虫まっしぐらな2人の姉妹に勉強という拘束を施すお仕事へ。
「ふふっ…」
手紙を読む少女の口から自然と笑みがこぼれる。そこに記されていたのはとある少年の冒険譚、ゴリマッチョの肉弾戦仕様な魔法使いと戦ったこと、師匠と新たな協力者に助けられながらゴブリンの群れと戦ったこと、大変な罠を乗り越えてダンジョンの主サイクロプスを倒したこと。初めて送られた手紙で行くと伝えられた冒険修行のその中身。
その立場から自由に外に出ることが難しい少女にとって、少年が届けてくれる少し抜けていて、しかしどきどきする英雄譚のような広い世界は少年と自分の関係も相まって、まるで自分が物語のお姫様であるかのような気分にもさせてくれる魔法の手紙だった。
まあ…、ゴブリン対策に女装しただとか、恥ずかしいドッペルゲンガーと戦っただとか、サイクロプスの死体を片付けるのに苦労しただとか一部の出来事が書かれていないのは、少年の恋心のためにも、手紙が長くなりすぎないための配慮であるとだけ言っておこう。
「お返事はどう書くのがいいでしょうか…?」
読み終えた少女は早速返事を書こうとして頭を悩ませる。手紙のやり取りはどうしても時間がかかる、相手に届くまでの時間、相手から届くまでの時間。その時間で少女には多くの聞きたいことが、多くの伝えたいことが出来ていた。
何から伝えるか、どのように伝えるか、はたまた伝えないのか、聞くのか、聞かないのか。恋する少女が書く手紙は、好かれたい、嫌われたくないという文通相手の少年と同じ気持ちによってほんの少しだけ脚色されていく。
「プリム!アルクからの手紙が届いたのよね!」
「お姉ちゃん!コルンもお手紙見たい!」
返事を書き終えたころ、遂に勉強という拘束を抜け出した姉妹が部屋に乗り込んでくる。優秀な執事の尽力によって、おじゃま虫にならないギリギリのタイミングで釈放された2人は真っ直ぐこの部屋へ、ノックの返事も聞かずに入ってきたのだ。
妹に何を遠慮することがあるのだという傍若無人な姉、姉に何を遠慮することがあるのだという天真爛漫な妹、公爵令嬢としては相応しくないが、信頼で結ばれた姉妹の態度としては相応しいと言えないこともないかもしれない。
「姉様、アルク様からの手紙はこちらです。コルンちゃん、姉さまに読んでもらってね。」
少女も慣れたもの、突然の来訪に驚くこともなく対応する。それもそのはず、少女がふさぎ込むまでよく見られた光景で、少年と出会ってから、また繰り返されるようになった光景だからだ。
「アルク、サイクロプスを単独撃破できるぐらいになってるのはどういう訓練したのよ…」
「お姉ちゃんは倒せないのー?」
「魔法で倒すことはできるけど、私じゃサイクロプスの攻撃を防げないから一人だと無理ね。前衛がいればできるけれど」
「おー、お兄ちゃんはやっぱりすごいんだね!」
少女の姉は同世代だけでなく、ある程度上の世代を含めても屈指の強さを持っている。10歳の少女ですら圧倒的な破壊力を持てるのが魔法というものだ、だがいくら英雄と呼ばれる父に鍛えられ、剣技に優れると言っても肉体は10歳の少女にすぎない。光の適性がなく、強化魔法が使えない少女では巨大な魔物の攻撃を防ぐことは叶わない。10歳にしてそんな魔物の攻撃を捌く少年が異常なのだ。
「私も訓練のレベルを上げようかしら、魔法戦闘はやっぱりできたほうがいいわよね」
武器で戦いながら魔法も扱う魔法戦闘、命がけで行う戦闘の技術を、2種類以上同時に活用するという修めれば白兵戦で圧倒的優位に立てる戦法だ。
この姉には剣だけで、魔法だけで、十二分に相手を圧倒できる才能があった。だが魔法戦闘をこの若さで習得するには魔法の才能がありすぎた、強すぎる魔法は剣という近距離で戦う少女にとって、制御を誤れば大事故に繋がりかねない。炎魔法は自分を燃やし、土魔法は自分の体を貫く最悪の事故、そこを危惧した父親によって訓練を止められていたのだ。
しかし、自分よりも魔法の才能がない少年が、その技術を極めることで自分では成しえない成果を出している。戦うことが好きな姉にとってその事実は魔法戦闘という技術の習得を強く意識させるものだった。
「でも姉様、危険だからと父様から止められていましたよね?」
「まあそうだけど、アルクから教わった訓練を始めてからだいぶ魔力操作も上達したし、そろそろ許可もおりるんじゃない?」
そう言って姉は魔法で土人形を作り出して優雅にダンスを踊らせる。あらゆる才能に恵まれる姉は、細かい調整などが好きではないがために魔力操作が得意でなかったが、これで遊ぶと末の妹が喜ぶという理由で少年から教わった訓練を短い期間で習得、その才能を如何なく発揮した。
「それにある程度怪我してもプリムが治療してくれるでしょ?」
「だからといって怪我をして欲しくはないのですけど…」
少女は朝の訓練に参加して体を鍛える傍ら、訓練後の兵士達の治療などを行っていた。それだけでなく、初級の治療魔法だけでは取れる対応にも限界があるということで父に頼み医術の勉強も進めている。少年が見せてくれた魔法と技術を組み合わせるという可能性の大きさ。常に清潔な水を出せ、傷口を綺麗にふさぐことができる、少女が持っていた水と光という魔法適正は医術を用いる上で大きな助けとなるものだ。
「それに父様に話すときはコルンにも手伝ってもらうわよ」
「コルンも何か手伝うのー?」
「ええ、私が父様にお願いするときにコルンも一緒にお願いしてくれる?」
「いいよー!」
妹は無邪気に姉からの依頼を快諾する。姉が父にお願いをするということはきっと大切なことなのだろうと、一緒にお願いすることで姉の助けになれるならそれは嬉しいことだと。
姉は公爵令嬢として仕込まれている交渉術を存分に発揮する。男性と交渉するときは、男性の好みに合う女性をあてがうのだ。まあこの場合、末っ子で可愛い盛りの純粋無垢な娘に弱くない父親なんていないわけだが。
「本当に姉様は…」
妹の純真さを、姉の思惑を解っている少女は二人のそんなやり取りを少しだけ呆れながら見ていた。無邪気に姉に憧れていたころは気付かなかったが、今ではわかっている。才能に溢れ、完璧な公爵令嬢だと思っていた姉だが、結構やりたい放題やりたがる一面がある。そんな姉だからこそ人を惹きつける魅力があるのだけれど。
「お嬢様方、夕食のご用意ができました」
扉の外から、メイドが少女たちに声をかける。今この瞬間、姉妹がこの部屋に揃っているのはこの家に仕える者であれば一人の例外を除いて簡単に察することができるだろう。その例外は書斎で本棚を倒してしまい、今は泣きながら本を片付けている。
「じゃあ行きましょうか」
「はい、姉様」
「ごはんだー!」
そして少女達は部屋を出る。食事をするだけでなく、姉は父へお願いをするために、妹はそんな姉を助けるために、少女は少年への返事を届けるために。




