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76 歴代王朝活写

 1916年、パリで出版されたビットル・セガランの作品“PEINTURES(絵画集)”には、秦、唐、明等歴代王朝に関する記述が見られる。小題として“PEINTURES DYNASTIQUES(歴代王朝活写集)”とする箇所だ。

 その中に“始皇帝陵”について記したものがある。興味深い箇所があるので、和訳して紹介しよう。


“始皇帝陵”

「重なり合う3つの丘陵、3丘陵は頂上迄尾根が続いている。中空の下に、気高く突出している。右に、左に長い下り傾斜が果てしない地平線の彼方に逃げている。・・・中略・・・ 手を挙げよ。しかしながら、どの行為も帝国を揺るがし、匈奴への行軍を止めさせた。此処にいるのは始皇帝のみ。彼の気高き行為が国内を歪な凸凹にした。故に見てみよ。見境のない者ども、又は吸血鬼どもがその全てに触れ、狂喜している。驚くべき誕生、征服、秦の凱旋。その手法によって、分断なき一つのワインの樽の如く、帝国を築いた。・・・後略・・・」


 如何であろうか。始皇帝が国内を統一する過程に於いて、鬼が狂喜乱舞して彼の行為に力を貸したと解釈出来ないか? 少なくともセガランはその可能性を記している、と解釈する者がいるのだ。

 始皇帝は己を真人と呼称しているが、史記によると、彼に仕えた方士、盧生や侯生らが使い始めた言葉であるとしている。神仙思想では仙人と同一とされており、始皇帝も海神を使役し、女神と争う様が史記に見られるので、セガランの解釈の根拠になったものと思われる。

 そうであるならば、真人政の治世に、凶賊や鬼共が協力させられた可能性もあるのでは? そのように考えると、セガランは廃青や楊鬼山の法力、摂政王、醇親王(じゅんしんのう)載灃(さいほう)や宗人府内書堂、(てい)(えい)(たい)学長の意図もある程度理解していたのではないか? それだからこそ“石碑”は北京でも出版したが、“絵画”は後難を案じてパリで発表した可能性があるのだ。

 この点から、彼のどの作品に彼岸の入り口と言うか、冥界とのつながりが隠されているのか、好事家が求めている理由がある。

 この辺で本編に戻ろう。



 セガラン達は咸陽の遺跡で(そう)強力(ごうりき)理事官からの発掘再開命令を待っていた。驪山での法要が終われば、直ぐに引き返して来ると思い、現場にて待機していたのだが、(しょう)儀司(ぎし)(さい)道光(どうこう)理事官、宗人府の曹理事官、宗人府内書堂、(てい)(えい)(たい)学長そして楊鬼山らは、陝西省提法使、(ひょう)(かく)(うん)が派遣した新軍に警護され、そのまゝ西安に向かってしまった。


 検証団が西安に向かった知らせは、馮の使者からもたらされた。仕方なくセガラン達も、迎えの新軍トラックで西安に向かった。咸陽から渭水を越えて西安に着いた時、崔達は馮の歓待を受けている真っ最中であった。


「丁学長様、ようこそ西安に。学長との面会の栄に浴し、感激もひとしおでございます。本日は、精一杯歓迎させて頂きます」

 馮は宮廷で摂政王の信頼が厚く、権力の中枢に位置する丁に取り入ろうと破顔一笑、一行を迎えていた。

 彼のあからさまな対応を見て、劉は心底彼を軽蔑した。前陝西省巡撫、故李玉祥と共に粛清される運命にあった処、曹理事官を通じて摂政王につないだのは劉であったから、当初は彼も劉に対して感謝の意を表わしていたが、それも直ぐに忘れてしまう始末。


「皆様もどうかごゆるりと、お寛ぎ下さい。妓娼の舞いも始まる頃でございますので、どうかご堪能下さい」

 そう言うと馮は部下の黄に目配せし、黄は傍らの部下に命じ、芸妓団の舞踊を始めるよう促した。芸妓団が入室し、歓待の宴も一層華やかなものとなった。


 歓待慣れしているのか、崔理事官、曹理事官そして丁学長の表情は余り変わらなかったし、廃青も同様であった。それとは対照的に楊、劉、李、セガランと呉は目を見張った。妖艶な踊りは、まさに宴の華に思われた。


 その中で楊は3日前、咸陽城で感じた気配を又もや感じた。あの時は微妙な気配であった。気配を察した後、直ぐに消えてしまった為、己の法力に疑いも抱いたが、今もその気配を感じているので、衰えた訳でもない事が分かり、少しは安堵する。

 楊は室内を見回した。あの時のメンバー以外となると、フランス人でこの発掘の現場主任者であるセガラン軍医、人足を取りまとめる呉石と芸妓団の女性。彼は一人一人の顔を見た。女性には特段可笑しな気配は感じられなかった。フランス人からは微妙な気配が漂っている。それは支那人にはない、得体の知れない気配であった。それは信仰が違う処から来るものなのだろうか、彼は訝った。次に楊は、呉をその力強い眼力で直視した。人足頭の呉からは強い霊気が感ぜられた。

 彼に間違いない。楊はそう感じ、呉の正体を探ろうと、思念を彼に集中させた。


 その時、呉も3日前に感じた得体の知れない不安に襲われた。あの時は微かなものであったが、今は彼の気分を害する程強い、悪寒のようなものであった。呉は吐き気を催した。酒を飲んでいなかったので不安になり、隣にいるセガランに断りを入れて彼は室内を退出し、御不浄に向かった。

 呉が退出した姿を見て、楊が感じた強い霊気が徐々に弱まり、やがて消滅した。楊はそれで納得した、あの男からあの霊気が漂っていたのだと。


 楊の納得顔に違和感を覚えた者がいた、廃青と丁であった。彼等以外は芸妓の舞踊を肴に、歓談に興じている。この室内で霊力、法力と呼ばれる五感以外の力を持つ者が3人、若しくは4人か。そして室外に一人。



 セガランは劉を通じて曹理事官に発掘の再開を要請したが、それは叶えられなかった。何故か尋ねるも、北京からの命である以上、此処での話しに進展はなかった。彼の探し求めていた遺構は咸陽のものだという感覚が彼にはあったが、それを継続するだけの資金を彼は持ち合わせていないし、北京からの命令であれば、発掘も許可されない事は理解していた。だからこそ、それを断念する彼の気持ちは如何であったろうか。

 彼の叶えられなかった望み、彼は後の作品にそれを記述して、後世に彼が成し得なかった事をつなごうとしたのか? それとも満たされない気持ちをオブラートに包み、韻文として昇華させたのか? いやいや、そうではない。或る程度の目途が立ったからこそ、彼は作品に彼の推測を詩として書いたのだ、と主張する者がいるのは確かである。彼は冥府の扉、不死の秘密の直前迄行き着いたのかも知れない。


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