75 調伏は成就したか
検証団は法要の3日後、法要現場に入った。メンバーは掌儀司の崔道光理事官を筆頭に宗人府の曹強力理事官、宗人府内書堂、丁英泰学長、そして楊鬼山。それを案内するのは、宗人府の劉保事務官と部下の李、青龍寺復興を願う廃青、及び人足頭の呉石そしてセガランであった。
現場は崩落事故以降、作業が中断したまゝだったので、滑車の付いた櫓、移動した石碑、2m掘り下げられた地表、0.9m×0.9m×2mの石棺4本が横たわっている。その先には未発掘の石棺8本が見えるし、すり鉢状に陥没した直径4mの穴が異様な姿を晒している。
現場に着いて、直ぐに楊鬼山と廃青は法衣の中で手を動かし、瞑目してしきりに唇を小さく動かし、何か呟いている。一連の動作を終え、二人は現場に視線を向けた。
「何の邪気も感じません。厲鬼調伏は成就したようですね」
相好を少し崩して、楊は隣の廃青に話し掛けた。
「恐れ入ります。浅学非才の愚僧なれど、法要を終えてそのように言って頂き、安心致しました」
「何の、法力があったればこその結果ではないですか。他に比肩なき法力、確かに感じました」
「法要後の現場を一瞥しただけでお分かりとは・・・ 楊先生の法力に感服するだけでございます」
二人の、この短い会話を後ろで聞いていた崔と曹は安堵の表情を浮かべ、丁は納得の面持ち、劉と李は緊張したまゝで、セガランは呉に何やら話し掛けている。各者各様の感情が伺える。
「何を言っているんだい」
「セガラン様、どうも法要が成就して、悪鬼羅刹が去ったようです」
「それなら直ぐに発掘の再開だな」
「そうでございますね、良かった事で」
「セガラン様、直ぐには再開は出来ませんよ」
「何故だい、劉君」
「曹理事官様より、再開の命が出ておりません」
「どうして?」
「良く分からなのです」
劉がセガランに情報を伝えた時、楊と廃青が全員に向かって厲鬼調伏成就を宣言した。
検証団が咸陽に向かった後、摂政王は軍機処を通じて、陝西省の馮鶴雲に検証団の警護を電話で伝えた。馮は軍機処からの命を袁世凱の盟友である徐世昌の命と勝手に解釈して、検証日の午前中に始皇帝陵に新軍1個中隊、約200名を派遣した。
過日、新軍パトロール隊が咸陽市内で遭遇した、不穏分子を終南山麓迄追跡したが、犯人3名を取り逃がした報告を彼は受けており、万が一を考えて1個中隊の規模にした訳である。最重要人物ではない理事官クラスの警護ならば、1個小隊50名程で良いのだが、取り逃がした不穏分子が検証団を襲うとも限らないので、人員を増派したのだろう。
派遣された中隊長は、驪山を中心として、4個小隊を10名程度の分隊20隊に分け、散開させて警護にあたらせた。中隊長のこの行動は、功を奏した。
前日、斥候からの報告を受けていた黄達は一行に興味を示していたのだが、新軍の数の多さに、自分達への掃討作戦と勘違いし、秦嶺山脈の中にグループ毎に退避させる事にしたのだ。
咸陽現場での検証を午前中に終えた検証団は、その足で始皇帝陵に向かった。陵に向かうメンバーは北京から派遣された者達だけであった。劉やセガラン達は現場に留まり、曹からの再開命令が出るのを待つ格好になった。
トウモロコシ畑と雑木林の中を車で南に東に進み、一行は渭水を越え、驪山々麓に向かった。
一行が始皇帝陵に着いた頃には、警備の新軍によって、誰も陵に近づけなかった。楊は前日に準備した、陵を南方に見る祭壇で法要の準備に取り掛かった。
咸陽でもしたように身口意の三密を修し、結界を作る。そして仏を招来して始皇帝の霊魂を鎮め、摂政王の望みを伝える演技をした。そこには曹や崔のような役人だけではなく、丁学長もいたので、始皇帝の霊魂を招来する演技をしなければならなかった。
前日に真人政と通じ、摂政王の野望を阻止する約を取り付けていたので、楊の法要に左程熱が入っていないように感じられたのだろうか。彼の法要に、熱意を感じられない丁は訝ったが、僧侶ではない為、法要の塩梅について詳しくなかったし、法力も持ち合わせていない宦官であったので、疑惑を抱く程ではなかった。しかしながら、長年易経に通じていた事から来る直感は鋭く、楊の法要を多少は疑いの眼で見ていた。
法要を終え、楊は始皇帝の霊魂も北京に招来する事に成功したと3人に伝えた。曹と崔は安心し、丁は漠然とした不安を抱いたが、顔には出さなかった。




