004 会合(前編)
お久しぶりです! 更新です!
今回、長いので前後編です!
連続で投稿します!
日陰達が臨海合宿の知らせを受ける日より、二日ほど前。
とあるオフィスビルの廊下を、一人の女性がその身に黒のスーツを着込んで歩く。いや、女性、と呼ぶには幾分も年若く、言ってしまえば少女と言う方が適切ではあった。
しかし、その少女は年若く在りながらも、スーツを着る姿は様になっており、スーツに着られているようには見受けられず、どちらかと言えばスーツの方が幾分か役不足な感じではあった。
少女がスーツを着ていると言う違和感がありながらも、その姿からは色香が漂っており、男であれば自然と視線を彼女に固定してしまうだろう。
少女からすれば、それは煩わしいだけだ。自分の意中の相手ではない者からそのような劣情にまみれた視線を向けられても、苛立ちしか沸いてこない。
だが、幸いなことに、今この場ではそのような煩わしい視線に苛まれることもない。
なぜなら、今この場には少女しか歩いていないのだから。
少女――藤堂瑞穂は、高級感漂う廊下をなんの場違い感も抱かずに歩く。最初は少し緊張したものだが、最初だけだ。すぐに慣れてしまった。
最早、なんの感慨も抱くことなく歩くこの廊下。ここに誰もいないのは今いる階が重役の会議室しかないからである。であれば、末端の写真など入ってこれるわけなく、それ以上の役職でも限られたほんの一握りの者しか上がってこれない。ここはそう言うところなのである。
そして、何故瑞穂がそのようなところにいるのかと言われれば、彼女がこの日にある会議に呼ばれたからで、なぜ彼女が呼ばれたのかと言われれば、彼女がここの関係者だからということに他ならない。
(はぁ……面倒くさい)
瑞穂は、胸中でため息を吐く。
本来であれば、今日この会議に瑞穂が参加する必要は無かった。
瑞穂は、今日のような会議にはよほどのことが無い限り参加しなくてもよいことになっている。それが、瑞穂が所属する団体に最初に入るときの条件の一つであるからだ。
しかし、今回はその余程のことが起こってしまったのだ。
そう、先日の『強制イベント:復活の双鬼』である。
だが、『復活の双鬼』だけであれば、問題は無かった。けれど、問題が起こってしまったのだ。できれば、双方ともに露見したくはないことだったのだが、あの状況ではいたしかたないことではあった。
(ま、露見したところで、私にちょっかいかけてくるお馬鹿さんはいないでしょうけどね)
しかし、面倒であることには変わりない。
この後の会合で噛みついてくる輩は一人や二人では済まないだろう。それが、煩わしくてたまらない。
少し、この後のことを少し憂鬱に思っていると、不意に声がかけられる。
「元気が無いね~。だいじょぶ~?」
「……あぁ、あなたも来ていたんですか」
その声を聞くなり、少しだけげんなりとした表情をあえて見せながら振り返る。振り返った先には、天然パーマに寝癖をつけて、上下ジャージと言うこの場に似つかわしくない恰好をした女性が立っていた。
「そりゃあ、来るよね~。ここがどういう集いの場で、どういう者が集まるか、まさか知らないわけじゃないでしょ~?」
「もちろん、知っていますとも。ただ、私は、面倒くさがりで、ずぼらで、唐変木なあなたが、何故今回に限ってこの会合に参加するのか、ということが不思議なんですよ」
「にゃははっ。それね~! あたし出張ってくるとか気まぐれ以外の何者でも無いっていうね~」
瑞穂の嫌味たっぷりの言葉に、彼女は愉快に笑いながら肯定する。
特に痛痒も与えられていない様子に、しかし瑞穂はそれを気にすることもなく、いつものことだと切り捨てる。
「それで、なんで来たんですか?」
「ん~? それは今話しても二度手間だからさ、集まってからにしようか~?」
「まあ、そうですね」
聞きつつも、彼女が何故今回参加する気になったのか、瑞穂は大体予想がついていた。
「じゃあ、行きましょうか~」
「はい」
止まっていた足を動かし、会議室に向かう。
そうして、少ししないうちに会議室の前に来る。
瑞穂は、その扉を躊躇なく開ける。
「御機嫌よう、皆さま」
「ひっさぶ~! 元気してた~?」
瑞穂は丁寧に、隣の彼女は軽く挨拶をする。
室内の視線が二人に集まる。
席に座っているのは八人。その後ろにお付きを連れている者がおり、その数七人。そして、モニターの前に一人。計十六人分の視線が集まる。
その視線に、二人は怯むことなく堂々と二つある空席に腰を降ろす。
そんな、ある種澄ましたような顔をする二人に、一人の男が苛立たし気に舌打ちする。
「チッ! 遅れてきて、すみませんの一つもねぇのかよ。これだから、ガキどもは嫌だぜ。礼儀を知らねぇ」
そう言うのは、ガラの悪い一人の男。見ただけで高級と分かるほどのスーツを着ているのだが、見事に気崩しており、最早礼服としての役割を果たしていなかった。
彼の後ろにいるお付きの者は、きちんと礼服を着こなしており、主である彼とは全く正反対であった。けれど、彼の言葉にしきりに頷いているのを見ると、お付きの男の真意もガラの悪い男と変わらないということだろう。
そんな男に睨まれながら言われるも、瑞穂は微笑みを崩さない。
「あら、定刻には十分にお時間があるようですが?」
そう言って、腕時計を確認する。その時計に記されていた時間は指定された時間の十五分前。
「あらあら。まだ十五分も前ではないですか。これでは、遅いだなんて言われる筋合いはありませんね。社会人は五分前行動が基本ですけど、それよりも十分も早く来たんですもの。ねえ、荒式さん?」
瑞穂は自分の意見を言いながら、隣に座った女性、荒式子猫に水を向ける。
子猫は、ぐでーんと机に突っ伏しながらアイテムボックスから取り出したお菓子をぼりぼりと食べている。
「んえあ? んーそだねー。アタシたちちゃんと時間前に来たし。むしろ、来たくないのに来たし? ていうかーアタシたちが遅いんじゃなくて、おじさんたちが早いんじゃないのー? いつも偉そうにしてるのに、実はひまー?」
「ぷふっ!」
子猫の言いように、瑞穂は思わず吹き出してしまう。
彼女は、悪く言えば無神経、自己中心的。良く言えば、自由奔放、自分に正直、と言った感じである。そんな彼女であるから、空気を読むようなことはしないし、できない。
だからこそ、彼女は予定調和な会話をしないので、場をかき乱してくれる。だからこそ、瑞穂は彼女に水を向けたのだ。
「んだとてめぇ……!」
子猫に暇かと言われたガラの悪い男、網走甚三は額に青筋を浮かべながら子猫を睨み付ける。
「だって、暇なアタシと、忙しい瑞穂ちゃんより早いんだよー? 実は瑞穂ちゃんより楽してるんじゃないの~? まー、アタシは楽しまくりんぐだけど~」
そう言った子猫は、お菓子を食べる。
「こっちはちゃんと仕事はしてんだよ。しかも効率よくだ! そこの青くせぇガキが仕事効率が悪いだけだろうが! そっちが、仕事出来ないのを棚に上げて、俺らを非難しようってのは虫が良すぎるんじゃねぇか?」
「え~。おじさんの仕事とか知らないし、瑞穂ちゃんも何やってるのか知らないし~。なんとも言えな~い」
「てんめぇ……ッ!!」
網走の言葉を、知らないことには何とも言えないと言ってばっさりと切り捨てる子猫。その様子に、網走は更に青筋を浮かべる。
「まあ、もう良いじゃないか。確かに定刻前には来たんだ。こちらが早く来すぎたのも事実だ。それを咎めるのは、こちらの我が儘だと思うが?」
そう言って、この無駄な会話に割って入ってきたのは、壮年の男性。優し気な雰囲気で気の強そうな印象は見受けられない。そんな、今のこの場に、ある種場違いな雰囲気を醸し出している。
しかし、彼が言葉を発せば、網走はうっと声を詰まらせる。
「……わーったよ。これ以上は止めだ」
網走は渋々と言った感じで、この会話の終わりを告げる。
「そっちから突っかかってきたくせして、勝手―」
「止めなさい、子猫。これ以上はもう無しよ」
網走の態度に、勝手だと突っかかる子猫を、子猫の隣に座る和服の女性が窘める。
「えー? だってさー」
「話が進まないから、また後で。それより、ほら。お菓子でも食べなさい」
そう言って、和服の女性はアイテムボックスからお菓子を取り出し、子猫に渡す。
子猫は、目を輝かせながらお菓子を受け取る。
子猫がお菓子に夢中になっているのを見ると、和服の女性は瑞穂を咎めるように見る。
瑞穂は、その視線を受けても微笑みを崩さない。けれど、和服の女性に感謝の念は示すべく、小さくお辞儀をする。
瑞穂は、今みたいに子猫を良くけしかけるのだが、その後止めるのはいつも和服の彼女なのだ。
「さて。それでは、定刻より早いですが、皆様ご多忙の様子ですので、早速始めたいと思います」
話が一段落着いたところで真面目そうな見た目の進行役の男が言う。
皆、思うところはあれど、異論は無いので何も言わない。
その沈黙を開始の合図とするのはいつものことなので、進行役の男はそのまま進める。
「それでは、本日の議題ですが。先日起こりました、強制参加型の突発性イベント:復活の双鬼についてです。と言っても、そちらは大した問題ではないのですが」
「そうさな。被害は軽い。住民にも大した怪我はない。藤堂の采配が良かったのだろうな」
進行役の男の言葉に、初老の女性が言う。
「ありがとうございます。ですが、私の采配と言うよりも、生徒の皆が頑張ってくれたことが大きいです」
初老の女性の言葉に、瑞穂は謙遜するでもなく、奢るでもなく、ただ淡々と事実を述べる。
「ふんっ。運が良かっただけだろうが……」
吐き捨てるようにそう言った網走を、初老の女性が鋭い目つきで睨み付ける。
「黙れ網走。お前では同じ戦果は得られんだろう。脳筋は引っ込んどれ」
「あぁ!? 俺なら誰に重傷も負わせねぇけどな! あの小僧が生きていたのは運が良かっただけだろうが!」
あの小僧、と言う単語に瑞穂は眉をピクリと動かす。
「まあ、確かに、あの童子はあのまま死んでいてもおかしくなかったな。が、全ては経過だ。結果あの童子は生きておる。ほれ、よく言うであろう? 運も実力の内だと」
「そんなんで納得できるか!」
荒ぶり、机に拳を叩き付ける網走。
「落ち着きなさい網走。過程がどうあれ、奇跡的に誰も死ななかったんだ。それで良しとしようじゃないか。それよりも、今は別に訊かなくてはいけないことがあるだろう?」
壮年の男に窘められ、網走は不満げながらもそれ以上噛みつくことはしない。
そんな様子に、初老の女性はやれやれと首を振る。
「おい、葉楽。飼い犬にはしっかりと手綱をつけておけ」
葉楽と言われた壮年の男性は、困り顔で笑う。
「ははっ。飼いならしたつもりは無いんですがね……彼は僕を慕ってくれているだけですよ」
「それならそれで、しっかりと言いつけておけ。慕ってくれとる者の教育も、慕われとる者の責務だ」
「これは、手厳しい」
「お前が甘すぎるだけだ」
それで、この話に一段落着いたと理解したのか、進行役の男が一度咳ばらいをすると続ける。
「それでは、続けます。復活の双鬼は早期解決。外部からの援軍が望めない状態の中での早期解決は、上々の成果と言えます。ですので、この件に関しては特に何もありません。問題は、藤堂さん、あなたです」
進行役の男が言うと、他の面子の空気が変わる。ようやくこの話題になったかと、待ちわびていたかのような空気に。
その空気を敏感に感じ取りながらも、瑞穂は表情一つ動かさない。
「藤堂さん。あなたが惨鬼との戦いで見せたあのスキル。あれはいったい何ですか? あれは、どの既存のスキルにも当てはまらない物です」
「あら? ステータスの詮索はマナー違反では無くて? それに、私がこの会に参加する第一条件として、私に関する余計な詮索をしないと言うもの提示させていただいたはずですが? これはそれに抵触するのではなくて?」
瑞穂が澄ました顔で言う。進行役の男もそう言われると分かっていたのか、特に表情を動かすことは無い。
「そう言う問題じゃねぇだろうが! そもそも、その条件を呑んだのはこの会の幹事である水無月だけだ。俺達にそれは適用されねぇ」
「なら、私はこの会を抜けますよ? 別にこの会に留まっていても私に大した特は無いですし」
「えー? 瑞穂ちゃん止めるの~? じゃあアタシも止める~」
瑞穂が抜けると言えば、子猫も抜けると言う。
元々、子猫はこの会に暇だから参加しているだけだ。そして、その会で仲良くなった――と本人は思っている――瑞穂が止めるとなれば、子猫にとっては参加しなくてもいい会合なのだ。
「て、てめぇら……ッ!」
瑞穂の高慢な態度と、子猫の無責任な態度に、網走は額の青筋をさらに増やす。
「ねぇ、一つ良い?」
そう言って手を上げたのは、爽やかそうな青年。
「なんだよ」
「いや、別にそんなこと訊かなくてもいいんじゃないかな?」
「ああ? なんでだよ」
青年の言葉に、網走は不機嫌そうに返す。
そんな網走に、押されることもなく青年は言う。
「だって、別に藤堂さんが強くても問題無いんじゃない? それだけ魔王を倒す確率が増えるってことなんだから。戦力的観点で見れば、なんの問題もないと思うけど」
そう言った青年に、他の者は内心で舌打ちをする。
青年は、魔王を倒すことだけしか考えていない。その先のことについては何も考えていないのだ。
魔王を倒したその先で、誰がどのような地位になるのかを考えていないのだ。
今はこうして同じ席で仲間として振る舞っているが、魔王を倒した後の世界では、どうなるのか分からない。現状、手を取り合って魔王を倒すために協力してはいるこのメンバーは、実力も地位も拮抗している。そう言う人物を幹事である水無月は選んだのだ。
この会に優劣が付いてしまえばそれはもう組織となってしまう。協定という形を保つために、全てが拮抗するように調節したのだ。
しかし、魔王が倒されれば話は別だ。
今隣にいる人物がもし魔王を倒せば、それだけで地位も名声も上がり、それ上願いを何でも一つ叶えてもらえるのだ。
そうなれば、今の立場は変わってしまう。
いかにこの場の者と、他の勢力を出し抜いて魔王を倒すか。それが、この場にいる者の大半の思想である。
だからこそ、瑞穂の不明な能力の正体を明かせれば、それだけで瑞穂の優位性が少しは崩れるのだ。
それを狙っていたのに、この青年は助け舟を出してしまった。
瑞穂本人が言うのであれば、他のメンバーと一緒になって色々理由をつけながら圧をかければ、もしかしたら、と言うものがあったかもしれない。
けれど、青年が助け舟を出してしまえば、その青年をも敵に回して瑞穂に圧をかけなくてはいけない。そうなれば、必然敵が増えてやりづらくなる。
「そうだよ~! それより、アタシ知りたいことがあるんだけど~」
そうして、自由気ままな子猫がそう言って便乗してしまえば――
「そうね。別に、良いんじゃないかしら? 藤堂さんが強いことは良いことだわ。頼もしいもの」
子猫を妹のように可愛がる和服の女性――鹿野雅がそれに賛同しないわけがないのだ。
こうなってしまえば、無理に聞き出そうとしてしまえばこちらが悪者扱いだ。
「分かったよ、これ以上は訊かねぇ。確かに、見方が強いことは良いことだ」
そう言って、網走が白旗を上げる。
そうして、その話は終わる。
「それでそれで! 瑞穂ちゃんに訊きたいんだけど!」
「なんですか?」
話しが終わった途端、瑞穂に詰め寄って訊ねる子猫。
「あの、最初に殺鬼と一騎打ちして、最後に止めを刺したあの子! 陽向日陰くんってどんな子?」
そう訊ねた子猫は、楽し気に微笑む。




