005 会合(後編)
本日二話目です。
こちらから先に開いてしまった人は、一つ前へ!
子猫の言葉に、他の皆も頷くことはせずとも、内心を隠しきれていない様子であった。
「それで~? 彼っていったい何者~?」
「何者、とは?」
子猫の問いに、瑞穂は冷静を装って返す。
「だって、あの子換装? してたでしょ?」
「正確には、感想では無いわねぇ。あれ、スキルじゃないでしょ?」
子猫に続いて、今まで黙していたおっとりした顔の女性が言う。
「換装は、設定できる装備数が十までです。けれど、彼の換装は少なくとも二十はあった。彼のやったことは、正直異常だ」
またしても、黙していた者が言う。今度は、眼鏡をかけている真面目そうな見た目の男だ。
「それは、僕も気になるところだ。彼のやったことには興味がある」
そして最後に寡黙そうな男が言う。
結局のところ、最後の彼が言った一言に尽きる。
皆、日陰が行ったことに興味があるのだ。
「それでそれで! 瑞穂ちゃんは彼が何をやってのけたのか知ってるのかな?」
子猫がにんまりとした笑顔で言う。
瑞穂は、考える。
日陰のことで知られたくないことはいくらかある。そして、ここにいる者どもが、日陰のことを知れば、自陣に引き入れようとするに違いない。
しかし、このまま何も話さないとなれば、瑞穂が隠そうとするほどのことが日陰にあると言っているようなものだ。だから、ここは、話せる部分は話すべきなのだろう。
一瞬のうちにそこまで考えると、瑞穂は口を開く。
「彼のやったことは、ステータスウィンドウの脳内操作です」
瑞穂が言うと、皆なるほどと納得を示す。
あまり驚いていないことから、皆あらかじめ予想はしていたのだろう。
日陰のやったことは、難しいことではあるが、絶対にできないと言うわけでは無いのだ。そのため、そこまで驚かれる所業でもないのだ。
しかし、それをできる者が世界に数十人と、百人の満たない数しかいないことを考えればその特異性は理解できるだろう。
皆の反応を鑑み、この質問が本命ではないことを瑞穂は理解する。
このことよりももっと重要で、特殊すぎる案件。瑞穂には、一つしか思い浮かばなかった。
「まあ、それは大体想像ついてたんだ~。それよりも~。も~っと知りたいことがあるんだよ~」
子猫が呑気な声で言ってくる。
そんな子猫に、瑞穂は静かに視線を向ける。
「アタシもメールで知らされて、興味持ってさ~。だから、来たんだ~」
なるほど、それならば子猫が来るのも納得と言うものだ。彼女は自分の興味が引かれたものにはとことん積極的だ。だからこそ、今日出てきたのだ。
「彼がレベルゼロって言うのは、本当?」
子猫の質問に、皆が期待を隠し切れない視線を向ける。
本当? と聞いておきながらも、最早ここにいる全員が確信していることだろう。これで否定してしまえば、こちらが滑稽なだけだ。
だからこそ、瑞穂は開き直ることにした。
「それが? 彼がレベルゼロで、何か問題でも?」
「いやいやいや! 問題なんてとんでもない! むしろ彼に興味が沸いて来たよ!」
眼鏡をかけた真面目そうな男が、興奮気味に言う。
彼は、スキル関連の研究をしている。そのため、スキルに影響を及ぼす、称号も興味の対象である。
特に、レベルゼロなどデメリットでしかないものが何故あるのか、その疑問も興味も尽きない。
「なあ、藤堂君。彼を一回僕に預けてみないかい? 彼の身体やステータスを調べてみたい! 勿論悪いようにはしないし、彼には相応の報酬を支払う!」
子供の用に目をキラキラと輝かせながら言う男。そんな男の様子に、皆呆れていたため、気付けなかった。唯一気付けた子猫は、被害を被らないために、雅の方に椅子を寄せて腕にぴとりとくっつく。
雅は、子猫がただ甘えに来ているのだと思い、その頭を優しく撫でる。
「具体的には、何をなされるので?」
静かな声でそう問いかける瑞穂。その声に、幾人かはその異常に気付く。しかし、時はすでに遅い。
「ああ! まずは体中をくまなく調べて、それから人と違うところは無いか質問を繰り返して精神を調べて――」
男が言えたのは、そこまでであった。
突如として放たれる殺気。その殺気に、男は顔を引きつらせてぴたりと止まる。
「はあ? 日陰を調べる?」
瑞穂は立ち上がると、テーブルに手を当てる。
「クラッシュ」
そして、一言そう言うと、高級そうなテーブルが砕け散る。
その偉業に、皆が目を見張る。
しかし、殺意を向けられている男だけはそれどころではない。
「それも、隅々まで? 体も、心も? そんなこと――――」
そう言って、瑞穂は感情を全て混ぜ込んで、煮込んで煮込んで煮込みまくったようなドロドロの瞳を向ける。
「私でもしたことないのに!!」
そう言って今度は、後ろにある椅子に手を触れ、粉砕する。
まるで、そうしなければ目の前の男を粉々にしてしまうから、その代わりとして近場にある物を壊しているようであった。
「いい? 日陰は私のものなの。それは誰一人として譲れないし譲るつもりは無いわ。あの顔も、声も、笑顔も何もかも、全て私のもの。それを、調べるですって? いったい誰の許可を得てそんなこと言ってるのかしら?」
「い、いや……だから、許可は君に……」
「誰の許可があってそんな発言をしているのか訊いてるのだけど? 私は、あの子を誰かに調べさせるつもりは毛頭ないわ。彼のすべては私のものなんだから、当たり前でしょう? それとも何? あなたは私からあの子を取り上げるつもりなの?」
濁り切った瞳で男を見つめる。
男は、これならいっそ無感情な瞳で見られた方がましだと現実逃避気味に考える。
「め、滅相もない!」
「本当に?」
「ほ、本当だとも! さっきのは、そう! 冗句だ! 場を和ますためのね!」
だとしたら最低な冗句もあったもんではないと、誰も口に出さないが思った。
「そう、ならいいわ。ごめんなさい。取り乱しました」
そう言って瑞穂は途端に冷静になってぺこりと頭を下げる。
アイテムボックスから、椅子を取り出し座りなおす。
「い、いや。こちらこそ、つまらない冗句を言ってすまない」
冗句と言った男に、お前まだそれで通すのかよと思いながらも、やはり誰も言わない。
「いえ。ですが、今後そんな冗句は言わないでください」
「あ、ああ。もちろんだとも!」
そう言って、男は腰が抜けたように椅子に座る。
しばらくの間、沈黙が流れる。
皆が皆、困惑しているのだ。
今まで何回かこうやって集まっているが、瑞穂があそこまで感情を爆発させたところを見るのは初めてなのだ。
皆が色々考える間、気まずい沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは、能天気な声を上げる子猫であった。
「あ~、お菓子ぃ……」
そう言って、残念そうに地面に落ちたお菓子を見る子猫。瑞穂がテーブルを破壊したときに一緒に落ちてしまったのだ。
そんな子猫の頭を撫でながら雅が言う。
「お菓子なら、またあげるわ。だから今は我慢してね?」
「う~ん……お菓子ぃ……」
納得したようなしていないような、そんな声を出す子猫。
流石の瑞穂も、これには悪いと思ったのか、提案をする。
「今回の主題の件はもう話しましたし、私はこれで失礼させていただきます。荒式さん、日陰が作ってくれたお菓子があるのだけど、ロビーの休憩所で一緒に食べませんか?」
「え! いいの?」
「はい。お菓子をダメにしてしまったお詫びです。よろしければ、女性の皆様も一緒にどうですか?」
瑞穂は、会合の場を気まずくしてしまったせめてもの罪滅ぼしとしてそう提案した。なお、ずぼらな男性陣には食べさせるつもりは毛頭無い。甘い、苦い、辛い、と小学生並みの味覚しか持っていない者に食べさせても無駄なだけだ。
そして、これは牽制でもある。日陰と自分はお菓子を貰うくらい仲が良いのだ、だから日陰に何かあったら日陰は自分を頼る。何をしても筒抜けになると思え、と言った牽制にして脅迫なのだ。
「それでは、ご相伴にあずかりますわ」
「そうですねぇ~それでは、わたしも~」
「はぁ、まあ、今日の案件はこれだけだしね。……そうだね。久しぶりに甘いものもいいかもね」
女性三人がそう言うと、瑞穂は今度はお付きの女性陣に言う。
「皆様も、よろしければ」
瑞穂が問えば、お付きの七人中四人が女性で、その四人の女性は四者四様の答えを言う。
「食べるッス! めっちゃ食べたいッス!」
「わたくしも、よろしければ」
「あ。あたいもお願いしますわ」
「僕も、お願いします。馬鹿のせいで気分を害されたようなので、お詫びに、僕からもお菓子を提供します」
真面目そうな男を小突きながら、小柄な女性が言う。
「ば、馬鹿って……」
小突かれ、言い返そうとするが、小柄な女性に睨まれ、言葉を飲み込む。
他の男性陣は、沈黙は金と思い何も言わない。これ以上藪蛇をつつくのはごめんなのだ。
見たところ、瑞穂は彼の固執しているようだが、魔王を倒した後のことに興味はないようであった。むしろ、彼にしか興味が無いようにも見受けられる。
「それでは、皆様御機嫌よう」
そう言って、瑞穂は退室する。
「あ、テーブルとイスは弁償しますね」
「いえ、それはうちの方でやっておきます。馬鹿が迷惑かけたので」
「そうですか? それじゃあ、お願いしますね?」
「はい」
去り際に言った言葉に、小柄な女性が真面目そうな男の意見も聞かずに勝手に答える。そのことに、何か言いたそうにしていたが、小柄な女性に睨まれ結局は何も言わない男。
その様子を、不憫な者でも見るような眼差しで見る男性陣。
次々と、女性陣が退出していき、残される男性陣。
「ま、まあ。強く生きろ?」
網走が不器用にも慰めようとする。
「……はい」
色々と気落ちした様子で頷く男。
「ははっ……それにしても、これは凄いねぇ……つくづく、敵に回したくない人だ」
そう言って、葉楽は破片を手に取る。
しかし、彼女が功績に興味が無いのであれば、手を組むのも有りだ。敵に回したくはないが、味方に引き入れられれば心強い。
「まあ、それも彼次第なのかもね……」
「なにが、彼次第なんですか?」
「いや、なんでもないよ。それより、どうかな? 向こうは女子会をするようだし、こちらはこれから男子会でもするかい?」
葉楽の言葉に、網走が苦笑する。
「正直に、酒盛りでもしようって言ったらどうですか?」
網走の言葉に、葉楽はニヤリと笑う。
「それでは洒落っ気がないからね。男子会と言おうか」
おどけたように言う葉楽に、網走はやれやれと首を振る。
「ま、行きますけどね。男子会」
「僕も行こう」
「あ……僕も良いですか? 今日は呑みたい気分です……」
「おう! 呑め呑め! こういう日は呑んで忘れんのが一番だ!」
「俺も行きます。って言っても、まだ未成年だからお茶で勘弁してください」
「構いやしねぇよ! 呑めばなんでも一緒だ!」
暴論なような極論なような。網走のそんな物言いに、皆苦笑する。
わいわい騒ぎながらどこで呑むかを話し合う。敵だなんだと思いながらも、なんだかんだと、この会は仲が良いのだ。
(まあ、先のことを考えても、今一番の懸念事項を乗り越えなくちゃそれもすべておじゃんだからね。手も取り合うか)
正直、葉楽もそこら辺は正直どうでもいい。考えていないと言えば嘘になるが、別にそれが失敗してもいいのだ。
この世界は、ゲームのようになった。ならば、ゲームを楽しまなければ損である。
「葉楽さんはどこがいいんですか? て言うか、葉楽さんのおすすめとかあります?」
「ん? おすすめかい? それなら、この間オープンしたところがあるんだが――」
網走に水を向けられ、葉楽も会話に加わる。
結局、男子会は近場の居酒屋で行われることになった。
(さて、どうしたものかしら)
オフィスビルのロビーで女子会をしている瑞穂達。
そんな中、瑞穂は女子会を楽しみながらも、考える。
日陰のことがこの会合で知られているかもしれないことは考慮していた。しかし、こんなに早く話題に上がるとは思わなかった。
それほど、日陰のありようは得意なのだと、改めて実感した。
(日陰には、それなりに自衛できるようにしてもらわなくっちゃ……)
日陰の周りには、瑞穂以外にも、兄妹や、パーティーメンバーがいるが、それでも完全に一人にならない時が無いわけでは無い。四六時中殺鬼だけは一緒にいるが、日陰が彼女を出さなければ彼女は外には出られない。
であれば、やはり自衛ができるに越したことはないだろう。
そうなると、日陰のレベルアップが必要だ。
しかし、日陰がこの間のように大怪我を負ってしまっては瑞穂の心臓がいくつあっても足りない。
いろいろ方法を考えながら、瑞穂は話を聞いている。
「そう言えば、今度水着買いに行こうと思うッスけど、どんなのが良いと思うッスかね?」
「水着ですか? まだ、気が早いのでは?」
(水着、水着……日陰の水着)
瑞穂は聞こえてきた単語で連想する。
海辺に立つ日陰。その真白な身体に、ライトグリーンの水着を身に着けている。その格好は、ビキニにパレオだ。頭にはハイビスカスを差し、恥ずかし気に顔を赤めている。
『せ、先生……一緒に、泳ぎませんか?』
そう言って、妄想の中の日陰が手を差し伸べてくる。
「泳ごう、何百里でも」
「え? ど、どうしたんですか?」
「あ、いえ。なんでもないです」
つい、妄想の中の日陰に答えてしまった。
(しかしなぜビキニにパレオ? 日陰は男なのに……まあ、似合ってるからいいけれど……。ふむ、海か。臨海合宿なんていいかもな……)
そう考え、しかし時期がまだ早いとその案を却下する。が――
「そう言えば、近場に崩壊世界のそれなりに大きい島があるらしいけれど、そこはずっと真夏日よりらしいわね。バカンスにはよさそうじゃない?」
「そうッス! その話を聞いて、今度有給とって行くんッスよ!」
(崩壊世界の島? そうか! その手があったか!)
「あの、その話、詳しく聞かせてくれませんか?」
こうして、瑞穂の欲望赴くままの結果により、日陰達の臨海合宿が決まったのだった。




