003 臨海合宿
またぼちぼち再開します
ともあれ、その後すぐさま担任の久遠茶穂が教室に来てホームルームを開始しその場は解散となった。
教壇に立った茶穂は、いつもの怠そうな表情を少しだけ引き締めた。
「皆、この間はご苦労だったな。この間も言ったが、よく生き残ってくれた」
茶穂が労いの言葉を持って話を始める。
「とくに陽向」
「は、はい!」
名前を呼ばれるとは思っていなかった日陰は、突然のことに驚き上ずった声を出してしまう。
そんな日陰に、茶穂は普段の面倒くさそうな顔に力強い笑みを作り日陰に言う。
「お前はよく頑張ったな。最初にあの親子を助けに飛び出したお前を私は誇りに思う」
「あ、ありがとうございます……」
真摯な瞳を向けられ、偽りのない声音で賞賛され、日陰は少し照れたように返事を返す。
「しかし、教師としてはお前のその後の行動は許容できない。もっと自分を大切にしろ」
「は、はい……」
確かに、あの時一人で殺鬼に立ち向かうのは愚策であったと、今なら思う。結局、殺鬼は二パーティー合同でようやく倒せたのだから。
しかも、勝ったのも運が良かったとしか言えないような勝ち方だ。もし、殺鬼が遊びではなく、真剣に命を取りに来ていたのならば、負けていたのは日陰たちの方だ。
そのことを、日陰は理解しているので、茶穂の言葉に、反省しているように頷く。
そんな日陰の様子に、茶穂は満足げに頷く。
「重ねて言うが、皆もよくやった。けが人は出たものの、死者は出なかった。民間人も無事だ。これは、皆の協力あってこそだ。皆は、この町の住人を救うことができたんだ。誇っていい」
茶穂にそう賞賛され、皆も照れ笑いを浮かべる。
「しかし、皆も分かったはずだ。自分たちがどれほどの相手と戦えて、どれほどの相手までにしかその力が通用しないのかを」
茶穂のその言葉に、皆の浮足立った雰囲気が一気に重いものとなる。
確かに、今回の突発性イベントの敵は、殺鬼と惨鬼以外の敵は、あの二人よりも弱いとは言え、レベルの方は50中盤から後半くらいと、このクラスの平均よりも高いものであった。
皆の実力もあっただろうが、運がよかったとも言えるだろう。先ほども言った通り、実際、殺鬼に勝てたのも運が重なったおかげともいえる。
完全に自分たちの実力で倒したとは言えないだろう。
日陰も下手をうてば死んでいた。あの時は、本当に運がよかったとしか言えない。
クラスの皆も、思い当たる節があるのか、表情を暗くしていた。
しかし、そんな生徒たちを見て、茶穂はニヤリと笑みを浮かべる。
「そんな君たちに朗報がある」
朗報と言う言葉に首をかしげる。
「なんと、来週の金曜日から再来週の金曜日にかけて一週間の臨海合宿を行うことが決まった」
静まり返った教室。しかし、臨海合宿。その言葉を聞くと、来週に何が行われるのかを理解したクラスメイト。途端に、
「「「うおおっしゃあああぁぁぁぁぁああああ!!」」」
男子諸君が雄叫びをあげる。
「先生先生!」
一人の男子が興奮したように声を上げる。
「どうした?」
「臨海ってことは!」
「海っすよね!?」
「合宿ってことは!」
「泊まりっすよね!?」
「つまり!!」
「「「水着の女子とお泊りじゃああああぁぁぁぁああ!!」」」
うまく全員ばらけるように言葉を紡ぎ、最後には男子全員で声をかぶせる。因みにその中に日陰は入っておらず、皆の異様なテンションの高さに驚いておろおろするだけであった。
雄たけびをあげる男子に、女子は軽蔑の視線を向ける。
「ちょっと! 四六時中水着なわけないじゃない! 変な妄想止めてくれる!?」
「そうよ! それに、部屋も違うんだから一緒の施設に泊まるってだけなんだからね!」
「そもそも、合宿なんだから! 遊びに行くわけじゃないのよ?」
「はいはい、そこまで。双方落ち着け。そこいらもろもろ含めてこれから説明するから」
茶穂はいつものめんどうくさそうな顔になると、説明をする。
「今回の合宿は一週間だ。初日の金曜は普通に授業した後、夜中の移動になるからぶっちゃけ移動するだけだ。残りの七日間は座学および戦闘訓練だ。因みに、全学年参加するらしいぞ」
「あ、あの、先生」
「ん? どした?」
「その……宿泊費とかはどうするんですか?」
クラスメイトの女子がそんな質問をする。確かに、家計を預かる身として、日陰的には気になるところではある。
全学年参加ということは、太陽たち三人も参加するということだ。つまり、日陰を入れて四人分の旅費を払わなくてはならないということになる。それだと、父の負担が大きい。
強制でないのであれば、残念だが参加は拒否するしかない。
そんな心配をしている日陰であったが、茶穂のニヤリと笑う口を見て、どうやらその考えは杞憂らしいと知る。
「なんと、旅費は全て藤堂校長が出してくれるそうだ」
茶穂がそう言うと、クラス中から「おぉ~」と感嘆の声が上がる。
「いや~。校長先生は太っ腹だな~。わたしも久々のバカンス楽しむっきゃないね~」
冗談なのか本気なのか、茶穂がそんなことを言う。
確かに、日陰としても久しぶりの遠出だ。訓練することも大事だが、せっかくだから自由時間くらいは楽しもうと思っている。
自然と、頬が緩む。
(なんだか、楽しみです)
日陰は、来週に行われる臨海合宿に思いを馳せるのであった。
その後、ホームルームはつつがなく終了して、午前の授業も終わりお昼休み。
日陰は、お昼を屋上で食べることは無くなり、前と同じく教室で食べるようになった。もちろん一緒に食べる相手は恭子だ。たまに、美波も加わって一緒に食事をしている。そして、今日がそのたまにある日であった。
「ん。陽向、その卵焼き美味しそうね。このウィンナーと交換しない?」
「ええ。良いですよ」
二人はお弁当からおかずを一品ずつ交換し合う。そして、ぱくりと食べる。
「うん。やはり陽向の料理は美味しいな」
美波の言葉に、日陰はえへへと照れる。
「ありがとうございます。でも、瀬高さんのお母さんの作ったお弁当の方が美味しいです」
「そうかい? 料理の腕は確実に陽向の方が良いと思うんだが?」
「そう、ですかね?」
そう言って日陰は、自分のお弁当のおかずをぱくりと食べる。咀嚼して、飲み込むと微妙そうな顔をする。
「やっぱり、僕のより美味しいですよ?」
「? そうかい?」
「ええ」
日陰に言われ、美波は自分のお弁当のおかずを食べる。そして、さっき日陰から貰ったおかずの味と比べる。
「やっぱり、陽向の方が腕はいいよ。うちのは片手間で作ってるから、お世辞にも味は良いとは言えないし」
美波の家は両働きで、母親が朝の空いた時間でパパッと作っているものだ。
対照的に、日陰は時間をかけて作っている。時間をかけるほど美味しい、とまでは言わないが、確実に手間暇をかけている日陰の料理の方が美味しかった。
だと言うのに、日陰は自分の料理よりも美味しいと言う。その違和感に、美波は思わず首をかしげる。
つられて、日陰も首をかしげる。
「二人して何首かしげてんだよ……」
そんな二人を、つまらなそうな声で恭子がツッコむ。
「恭子も聞いていたでしょ? 彼、自分の料理よりうちの母親の料理の方が美味しいと言うのよ」
言外に、変でしょ? と美波は訊いてくる。
確かに、美波の言わんとしていることは理解できる。
美波の母親が料理を作るところを一度見たことがあるが、切る、焼く、完成、と言った感じであった。お世辞にも、料理が上手とは言えない。
なので、恭子も美波の意見には同意であった。
「陽向の料理の方が上手だぞ? 味の方も……っと」
言いながら、恭子は日陰のお弁当箱からおかずを一品手づかみで取ると口に運ぶ。
「おいひいひな」
「食べながら喋らない。手づかみで食べない。お行儀が悪いですよ?」
「へ~い」
日陰の注意に、恭子は軽く返す。
そんな恭子に、日陰は注意しながらも、ウェットティッシュを一枚取り出し、恭子に渡す。
「サンキュ~」
恭子はそれを受け取り、手を拭く。そして、手を拭いたウェットティッシュを日陰に渡す。日陰はそれを、小さなポリ袋に入れる。その中には、恭子の食べたパンの袋のゴミなどが入っているので、ゴミ袋の代わりようだ。
そんな二人の様子を見ていた美波は、呆れたように頭に手を当てた。
「恭子、あなた……」
「ん? なんだよ?」
「はぁ……自覚無しときましたか……」
「だ、だから何だってんだよ!」
「あなたたち、そうしているとまるで親子みたいよ……」
「へ?」
美波の言葉に、恭子は呆けたように口を開ける。
「親子、ですか?」
日陰もなぜだろうと小首をかしげる。
そんな二人の反応を見て、恭子は項垂れていた頭を更に項垂れさせる。
「処置無し……」
「それどういう意味だよ!」
「言葉通りの意味よ。もう手の打ちようがないわ……はあ。なんで恭子はこんなにだらしなくなっちゃったのかしら……」
「アタシがだらしないのは元々だ!」
「そこ、無い胸を張らない」
「あるわ! ちゃんとあるわ! Cはあるわ!」
「あら、本当かしら? 寄せて上げてようやくではなくて?」
「寄せて、上げなくても! Cはありますぅ!!」
「へ~ふ~ん。そうなの~。因みに陽向はどう思う?」
「へっ!?」
急に自分に白羽の矢が立ち焦る日陰。
それもそうだ。元々、女子のそう言う話は苦手だし、なによりそういうことを真っ向から言える性格を、日陰はしていない。
日陰は、顔を赤くしながらあうあうと言葉にならない呻き声を上げていた。
そんな様子の日陰を見て、美波はくすくすと楽しそうに笑い、恭子は自分の胸のことを日陰が言おうとしているので、赤くなってしまっている。
美波はそんな二人を面白がって止める気は無く、周りも各々の時間を過ごしており、三人のことを気にかけてもいない。
そんな八方ふさがりな状態。そろそろ、止めないと可哀想かなと美波が思い始めたころ、意外なところから助け船が出された。
「お、日陰、旨そうだな~。なんか交換しねぇ?」
そう言ってふらりと近づいてきて、自分のお弁当箱からおかずを一品日陰のお弁当箱に入れ、代わりに一品持って行く。
「あ、岸部くん」
そう、意外な助け舟とは、岸部雄吾のことであった。
「うんめぇ! お前料理うめぇんだな!」
「い、いや。そんなことないよ」
「そんなことあるって! もっと自信持てよ!」
「あ、ありがとう」
岸辺の言葉に、日陰は照れたように応える。
「あ、そうだ。ゼリーやるよ。三つ入ってたからよ」
そう言って岸部はゼリーを一つ置いて行くと去って行った。
突然来て突然帰る。
まるで嵐のようだと恭子と美波は思った。
そして、自分が気になることを躊躇わず美波は訊く。
「彼、やたらフランクね。何かあった?」
「あ、うん。ちょっとね」
本当はちょっとどころではない。
岸部は学校が休校の時、一度親と一緒に日陰の家に正式に謝罪に来ているのだ。その時の岸部の頬は両方腫れており、シップが貼られていた。
岸部は、自分がしたことを正直に親に言い、謝りに来たのだ。両頬は、両親から一発ずつ貰った結果らしい。
それを、回復魔法で治すことはせずに、今もシップで腫れが引くのを待っている。なんでも、けじめなんだそうだ。
本当は、日陰にも一発とは言わず、気が済むまで何発でも殴ってもらうつもりだったらしいのだが、日陰の性格上そんなことできるわけなく、青い顔をしてお断りした。
その時、人生初の土下座をされたのだが、正直テンパってしまってあまり覚えていない。
その後、日陰の父親と岸部の両親だけで話し合い、謝罪はこれっきりということになった。
その間、岸部は正座で待機していて、満月と真月に睨まれていたが、憶するでなく真摯にその視線を受け入れていた。
それを見てしまえば、岸部が本当に反省していると言うのが分かる。だから、もう二度とこういうことは無いと、日陰は確信が持てた。
その日から、岸部が何かと日陰に気を回してくれるようになったのだ。
勿論、このことを二人に話すつもりはない。
岸部にとっても知られたくないことであろうし、何よりこの話をいたずらにしてしまえば、岸部の覚悟を踏みにじることになると思ったからだ。
だから、ちょっとねと誤魔化した。
「それよりも! 臨海合宿! 楽しみですね!」
追及されても、自分では誤魔化しきれないので、日陰は早々に話題を変えることにした。
明らかな話題転換であったが、二人もその話題にはおおむね賛成のようで、機嫌のいい顔をした。
「そうだな。海、か。しばらく行っていなかったからな」
「そうだな~。それどころじゃなかったもんな~」
確かに、二年前の事件のせいで、中学二年のころは遊ぶ余裕なんてなかったし、中学三年にもなれば受験で遊ぶ暇もなかった。
しかし、それ以前に日陰は海にあまり行ったことが無かった。と言うか、あまり遠出をしたことがなかった。
母親が病弱であったため、家族で遠出などあまりできなかったのだ。
そのため、日陰が最後に海に行ったのは――
「十二年ぶりですね~。楽しみです」
母親がまだ体調が優れていた三歳の頃であった。
「え?」
「へ?」
しみじみと、何でもないふうに言う日陰に、二人は驚きの声を上げる。
「え? どうかしましたか?」
「あ、いや。そんなに海に行ってなかったのかと思って」
「あぁ、なるほど」
恭子の言葉に、日陰は合点が行ったと頷く。
「そうですね。母が体の弱い人だったので、遠出とかはあまりしたことがないんですよ」
「そ、そうなのか」
「ええ。それに、父も忙しかったので。それに、二年前からは、特に……」
二年前。それは、世界と世界が融合した日でもあり、世界がゲームになった日でもある。そして、日陰の異端が発覚した日でもあった。
日陰のその言葉で、少しだけ空気が重くなる。
そんな空気に日陰が気付き、慌てて続きの言葉を紡ぐ。
「あ、で、でも! だからこそ、今回の臨海合宿、すごく楽しみです!」
日陰が、ニパッと花が咲くように笑うと、二人も優しく微笑む。
「じゃあ、目一杯楽しまないとな!」
「まあ、合宿だから、遊べるのは少しくらいだろうけどね」
「その少しの時間を楽しむんだよ!」
「そうですよ! 楽しみましょう!」
きらきらとした目で見てくる二人に、美波はうっとたじろぐ。
「分かったから、そんなきらきらした目で見ないでちょうだい……」
美波はそう言ったが、結局二人は合宿の話をしている間、そんなきらきらしている目をしていた。
美波は、そんな二人を見ていると、ひねくれた自分の心が削られていくようであった。




