002 料理
恭子により教室に押し込まれ、目立つような入り方をしてしまった日陰は、皆の視線の的になる。
気まずくなり視線を落とす日陰。
美波はさっさと自分の席に着いてしまう。恭子はぐいぐいと背中を押してくる。日陰は、黙って進む。
その間も、視線は感じたままだ。
恭子に押されたまま席に着く。
「陽向陽向」
そして、席に着くや否や日陰の肩を叩いてくる。
「なんですか?」
いまだ視線を感じたままで落ち着かないが、きちんと応じる。
彼女はこの間までの避けたい相手ではない。仲良くしなければいけない仲間なのだ。いや、しなければいけないでは心象的には違うのだろう。
仲間として、友人として仲良くしていきたい。そう思っている。
だから、消極的な日陰には珍しく、積極的に話に応じる。
まあ、こちらから話しかけるのではなく、相手が話しかけてくれるのを待つと言う受け身の態勢なことは積極的とは言えないのだが、昔に比べたら進歩はしているのだろう。
「いや、学校が休みの日何してたのかな~って」
「休みの日は休んでましたよ。家事はいつも通りしてましたけど……」
「え? 陽向って家で家事してるの? 料理だけじゃなくて?」
「はい。掃除洗濯炊事買い出し、家のことは全部僕がやってます」
「ほえ~。大変そうだな~」
「そうでもないですよ。やってて楽しいですし。やってないと落ち着かないですし」
日陰にとって家事はやっていなくてはいけないもの。やりたいもの。に分類されている。
毎日の料理は楽しいし、掃除もまるで自分の心を綺麗にしているようで好きだ。買い出しだって今日のメニューを考えながら買うので楽しい。
そう考えると、やっていて楽しいことなのだ。
やらなければいけないことと言うのも、他にできる人がいないからで。
そう考えると、違和感を覚える。
確かに、家事ができる人は日陰だけだ。しかしそれは兄弟に限って言えばのことだ。父親は普通に家事ができる。父親は、休日は完全に暇を持て余しているので家事ができないと言われればそうでもないのだ。
しかし、父親が暇であろうが家事は全て日陰がこなす。
なぜであったか。なにか理由があったような気がしなくもないが思い出せない。まあ、思い出せないと言うことは大したことでもないのだろう。
それに、どんな理由があったにせよ家事はやっていて楽しいのだ。それでいいだろう。
「やってないと落ち着かないって……陽向の生活になじんでるんだな、家事が」
「そうですね。僕の生活の一部ですね」
「てか、朝ご飯も陽向が作ってるんだろ? 朝早起きなのか?」
「はい。どんなに遅く寝ても六時には自然と起きてしまいます」
普段は六時だが、まれに日の出とともに起床することもある。
「六時!? 早くないか? アタシなんていつも八時に起きてるぞ!」
「家族全員分の朝食とお弁当を作らなくてはいけませんので、早起きなんです」
日陰がそう言うと、恭子は感心したように声を漏らす。
「凄いなぁ~。アタシ料理とかてんでダメだからなぁ……」
そう漏らした後、恭子は少し恥ずかし気に俯きつつ、上目遣いになりながら言った。
「や、やっぱり、陽向も料理のできない女子って……イヤか?」
顔を赤らめながら上目遣いでそんなことを聞いてくる恭子。
そう言われ、日陰は料理のできない女子について思案する。が、別に思案するほど答えが難しかったわけじゃない。身近に料理ができない女子の実例を二人抱えているので答えは簡単に出てくる。
「いえ。別にイヤではありませんよ」
むしろ、日陰よりも家事などが万能であればそれこそ日陰の毎日の楽しみが奪われてしまう。それは日陰にとってはいただけない。
「逆に、僕の仕事が奪われてしまうので、家事は全部僕に任せてほしいですね」
「そ、そうか! うん、分かった!」
日陰の答えに嬉しそうに答える恭子。
「はぁ……恭子。陽向が、料理ができない女子でも良いと言ったからって、貴女が料理ができなくていい理由にはならないわよ?」
二人の会話が聞こえてきたのか、美波が溜息を吐きながらそう言って二人の席までやってくる。
「べ、別にいいだろう。料理ができなくても……」
美波の言葉にふてくされたように言う。
「よくないわよ。一人暮らししたときとか困るのは貴女よ?」
「うっ……別に、手料理なんて作らなくてもいいし。コンビニ弁当で十分だし……」
「太るわよ?」
「うぐっ!」
美波にざっくりと言われ、苦い顔をする恭子は、自分のお腹に視線を落とし制服の上からお腹を摘まんでみる。
「だ、大丈夫! 今動いてるから! 痩せてる痩せてる!」
「今は、ね?」
「う、ううぅ……」
美波につっこまれ段々と自信と勢いを削がれていく恭子。
そんな恭子を見ていていたたまれなくなったのか、日陰が助け舟を出す。
「えっと……それじゃあ、金元さん。僕が料理を教えましょうか?」
「ふぇ?」
「覚えておくと便利ですよ?」
「うう……でもなぁ……」
面倒くさそうと表情と声音で訴える恭子。
そんな恭子の様子に日陰は苦笑する。
「面倒くさがらないでやってみなさいよ」
「そうですよ。あっ、そう言えば、また校長先生から崩壊世界の食材をいただいたんですよ。それを使って美味しい料理作りましょう?」
瑞穂からもらった食材はブルドラゴンと言う、牛とドラゴンが合体したようなモンスターの肉である。
ただ、その不思議な見た目に反してその肉は極上で、噛めば溢れんばかりの肉汁が口の中に広がり、その肉はとろけるように口の中に広がり、口内にまんべんなく自身の味を主張してくるのだ。
日陰も、料理をする前に焼いて食べてみたのだが、ただ焼くだけでもとても美味しかった。
料理に興味のない恭子でも美味しい食材には目がないのではと思い話してみたのだが、どうやらその企みは失敗であったようだ。
「藤堂、瑞穂……」
瑞穂の名前を呟くと途端に不機嫌になる恭子。
忘れていたが、恭子はなぜか瑞穂のことを毛嫌いしている。
「へー、ふーん。校長先生に食材貰ったんだー。へーーー」
「え、あの……」
恭子に責められるような目を向けられ思わず言葉を詰まらせてしまう日陰。
「あなた今盛大に地雷踏んだわ」
「うう……」
美波に言われずとも自身が地雷を踏んでしまったことは分かっている。
しかし、食材ではなく瑞穂の方に反応を示すとは思わなかったのだ。
「えっと、そのぉ……すみません……」
とりあえず、謝っておく日陰。
なぜか瑞穂の名前で機嫌を悪くしてしまった恭子。
日陰は、恭子と仲良くなりたくて料理を教えようと誘ったのだ。しかし、深い理由は分からないが、恭子は機嫌を悪くしてしまった。
歩み寄ることに失敗してしまった日陰はしゅんと項垂れてしまう。
「え、あ……」
落ち込んでしまった日陰に、今度は恭子が慌てる。
恭子は、確かに瑞穂のことは嫌いだが、だからと言って日陰を悲しませたいというわけでは無いのだ。
「あ、いや、別にだな、陽向と料理するのは嫌じゃない! 嫌じゃないぞ!」
「そう、ですか?」
「ああ! だ、だから、料理しよう、料理!」
恭子がそう言うと、日陰は途端に花が綻ぶように笑顔になる。
「はい、料理しましょう!」
「っ!」
日陰の満面の笑みを受け、真正面にいた恭子は沸騰したように顔を真っ赤にする。日陰の顔を横で見ていた美波も少しだけ顔を赤らめる。他のクラスメイトも、日陰の笑顔を見たものは一瞬ドキッとする。
それほどまでに日陰の笑顔は魅力的であったのだ。
普段、と言うよりも、二年前のあの日以降、日陰は笑うことが少なくなった。例え笑ったとしても、その笑顔には影があり本心から笑みを浮かべているわけでは無かった。
日陰は、このクラスでもいままで滅多に笑みを見せてこなかった。自身のことを嫌っている相手に笑顔を向けられるほど日陰は強い人間ではなかったからだ。
しかし、今日陰は本心から笑顔を向けている。助け合って、分かり合った相手と料理を作る。日陰にとっては、友達と遊ぶようなものであった。友達と遊ぶという行為を二年前から久しくしていない日陰。恭子が承諾してくれて嬉しくないはずがなかった。
その本心からの笑顔はとても魅力的で、また日陰の中性的で可愛らしい顔も相まって、破壊力は抜群だったのだ。
ニコニコと嬉しそうに微笑む日陰。
そんな日陰に、自然と恭子も頬が緩む。
(可愛い……)
このような魅力的な笑顔を見ると、やはりあの兄妹の弟なのだと実感させられる。
「日付はいつにしますか? あ、でもあんまり先だとお肉が傷んでしまいますし……今週の土曜日なんてどうですか?」
「お、おう! 土曜日な!」
「はい! お待ちしてますね!」
「おう……って、うん? お待ちしてます?」
「はい。おまちしてます」
恭子の言葉にニコニコしながら答える日陰。しかし、恭子が言わんとしていることが分かったのか「ああ」と納得したように声を上げる。
「場所、分からないですよね。地図送りますね」
「ちょ、まったまった! そうじゃない!」
「? えっと……」
「まず、確認するけど、どこでやるの?」
「機材が揃ってるので僕の家でやろうと思ってたんですけど……」
「っ!!!!」
(陽向の家……だと?)
日陰が提案した場所に、恭子は衝撃を受ける。
恭子としては、もっと距離を縮めてからお邪魔する予定であったのだ。しかし、思わぬ形でお邪魔することができるとなり衝撃を受けたのだ。
固まってしまっている恭子を見て、もしやダメなのではと思った日陰は、表情を少しばかり暗くすると気落ちした様子で聞いてくる。
「ダメ……ですか?」
「い、いや! ダメじゃない! 行く! 絶対行く!」
「そうですか。よかったぁ」
恭子の答えに安堵したように笑う日陰。
その笑顔に、恭子は少しだけだらしなくニヘラと笑う。
「あ、私もいいか?」
「はい、是非!」
しかし、その笑顔も日陰と美波の会話を聞くと一瞬で消えてしまった。
「はあっ!?」
「ど、どうしました?」
「え、いや、美波も……え?」
しどろもどろになってしまい、言いたいことが定まらない恭子。
「…………それ、わたしもいい?」
「本暗さん。いいですよ。どうぞどうぞ」
「ちょ」
餡子がどこからともなくやってきて自分も行きたいという。それを日陰は快諾する。
「あ、じゃあアタシもいい? 崩壊世界の食材って気になるんだよね!」
「はい、いいですよ」
「え?」
餡子に続き、円も参戦してくる。
「あ、あの、私も……」
「それじゃあ、わたしも~」
「わたしも、崩壊世界の食材と言うのは気になるわ」
雪子、豊、リリスもそれに加わる。
「はい、どうぞ」
そして、日陰はそれを快諾する。
日陰は、もとより全員誘うつもりでいた。日陰は、パーティーメンバーの特定の誰かだけと仲良くなるというわけでは無く、全員分け隔てなく仲間として仲良くなりたかったからだ。
「う、うぅ~~~!」
しかし、恭子としては意中の相手と二人きりと言う想像をしていたのだ。それが途端に崩れてしまい涙目になる。
(二人っきりだと思ったのにぃ~~~~~~~~!!)
場の空気を読みつつ、恥ずかしいから表に出せない叫びを、恭子は心中で叫ぶのであった。




