001 合宿のはずですが?
また、ちょいちょい投稿開始します
目の前に広がるのはどこまでも青く広がる大海原。
その大海原は多くの人で溢れている。
海であるのならば溢れかえっている多くの人は当然水着姿。跳ねる水しぶき。輝く笑顔。響く笑い声。これぞ青春といった光景を前に、陽向日陰は一人ビーチに刺したパラソルの下で座っていた。
皆は普通に水着だけなのだが、日陰は一人その上に薄手のパーカーを着ていた。
暑くないのかと言われればすこぶる熱いのだが、日陰にはそれを着なくてはいけない理由がある。まあ、それも大した理由ではないのだが今は置いておくとしよう。
とりあえず、今の日陰の海に似つかわしくない服装のことはどうでもいいのだ。
今は、それよりももっと気になることがある。
日陰は、誰に問うでもなく、独り言を呟く。
「これって……合宿ですよね?」
もちろん、独り言なので誰もそれに返事を返すものもいない。日陰の武器であり相棒の殺鬼も今は楽しそうに海で遠泳をしている。
「合宿……ですよね……」
もう一度、誰にとなしに呟くが、当然今回も返事が返ってくるわけはない。
引率で着いてきている校長である藤堂瑞穂も外部指導員であるミリー・クルス・リンカートもなぜかビーチバレーをしている。
鈴本加奈は砂浜で無駄に完成度の高い姫路城を作っている。なぜ、姫路城か分かるかと言えば会話が聞こえてきただけで日陰が城について詳しいわけではない。
外部指導員の指導員長を務めている九重秀隆も海の家で他の指導員とビールを飲んでいる。
昼間からお酒などを飲んでいていいのかとつっこみたくなるが、酔っ払いに絡まれても面倒なので放置をしている。
「陽向君。どうしたのだい?」
「あ、校長先生」
ビーチバレーは決着がついたのか、いつの間にか目の前に瑞穂が立っていた。
「君も、皆と遊ばないのかい?」
当然のごとく遊びに誘ってくる瑞穂に、陽向は苦笑いを浮かべながら本日三度目の質問をする。
「これって、合宿ですよね?」
今度は回答者がいたにもかかわらず、帰ってきたのは眩しい笑顔だけであった。
○ ○ ○
苦難のイベントから三日が経過した。
学校は二日で修復を完了し、三日目には登校できるようになっていた。割と早い復興に、満月は不満げに文句を垂れていた。いつも通りの満月に日陰は苦笑で返すが、本心ではいつも通りに戻ってくれて嬉しくもあった。
満月はあのイベント以降、日陰が危機的状況になったのがトラウマになってしまったのか、四六時中日陰にべったりだったのだ。料理のときも、部屋にいるときも、寝るときも常に一緒にいた。さすがに、トイレやお風呂のときは遠慮してもらったが、それ以外の時はいつも傍らにいた。
まあ、そんな感じに日陰にべっとりだった満月だが、今ではいつもの調子を取り戻してきている。
そんないつも通りに戻りつつある満月の愚痴ではあったが、日陰も内心は満月とそう変わらないものであった。
別に満月がべっとりしてこないのが寂しいというわけではない。学校に通うとなると、必然的に皆と顔を合わせなくてはいけない。恭子達に加え、岸部達にも顔を合わせなくてはいけない。
勢いで色々言ってしまったのを事件が終わり家で思い返し恥ずかしくなってしまったのだ。
なので、できれば顔を合わせないでいると日陰の心情的には嬉しい。だが、日陰も高校生であるからには学校に通わなくてはいけない。それを考えると少しだけ憂鬱であった。
だが、行かねばなるまい。出席日数を稼がなくてはならないのだ。
朝、朝食を食べ終えた後、登校の準備を済ませ家を出る。
登校と言えば、イベントの前と変わったことがある。
「あ、待っててくれたんだ~」
「ええ。待ってましたよ」
「……ん、お待たせ」
「ええ、待ちましたとも」
そう、満月と真月と一緒に登校することにしたのだ。
あの日のことが未だにトラウマとなって残っているのか、二人と毎朝一緒に登校することになったのだ。
日陰は当初、イベント前と変わらず一人で登校しようとしたのだが、二人に止められたのだ。いわく、「また何かあったら大変だから」「……次こそは、手の届く位置にいて」とのこと。そうして、その他いろいろ理由を言われ半ば押し切られるような形で一緒に登校することになったのだ。
一応、「殺鬼さんがいるんですから、大丈夫ですよ」と言ったのだが、「敵だったやつをそんな簡単に信用できない」「……いつ裏切るか分からない」と、もっともな反論をされてしまい、ぐぅの音も出なかった。
確かに、自分を殺そうとした相手をそう簡単に信用できるわけがない。いくら日陰の武器になったとはいえ、人化できる殺鬼であれば日陰を殺すことも容易であろう。武器だからと言って所有者に手を出せないわけじゃないのだ。そういう縛りは、新世界のルールには無いのだ。
だが、殺鬼にそうする気がないのを日陰は知っている。知っているというより、理解していると言った方が正しいだろう。
彼女と戦い、最後に見た彼女の目を思い出せば、日陰をどうこうする気がないのは理解できている。
だが、二人の行為を無駄にできないし、なにより日陰も二人と一緒にいたいと思うようになった。建前なんて気にせずに二人と一緒にいたいと、あの日に死にかけて理解した。後悔もした。なんでもっとみんなと一緒にいなかったのだろうと。
それに、今までの行いは二人を信じていないことと同義だ。だから、二人を信じるという意味も込めて、二人と一緒に登校しようと思ったのだ。
「それじゃあ、行きますよ」
「ほいほ~い!」
「ん、了解……」
靴を履き終えた二人を促して、玄関の扉を開け外に出る。
少しだけ損壊を受けたこの辺りも、三日も経てばすでに元通りになっていた。こういう、物の直りが早いところは便利であると同時に、あの日の恐怖を長く目に映さなくて済むというのもありがたいものだと思う。
と言っても、日陰には殺鬼を目にするたびに、嫌が応にも思い出すのだがそれは、殺鬼を使い続けると決めた以上いつでもついて回るものだ。それも覚悟のうえで使い続けようと決めたのだ。
それに、そんなことを思い出すことがなくなるくらいのいい思い出を殺鬼と作れればいいなとも思っている。
そんなことをぼんやりと考えながら、日陰は満月と真月と通学路を歩く。ぼんやりと歩きながらも、日陰はあることに気が付いた。
(あ。たい兄を忘れてきました……)
太陽を家に置いたまま来てしまったことに気が付いたが、通学路ももう半分も来てしまっている。今から引き返すのも面倒であるし、遅刻するかもしれない。
(戻るのも面倒ですし、戻らなくていいですね)
それに、日陰は一度太陽を起こしたのだ。二度寝をしたのは太陽が悪い。
放置を決め込み、日陰はそのまま進んでいく。
「あっ! たい兄忘れてきたよ!」
日陰が結論を出すと同時に、満月も太陽を忘れてきたことに気が付く。
「……どうする?」
「う~ん……置いていこう。戻るの面倒!」
「……ん、了解」
二人も、戻らずに進むことを決める。案外、太陽に対しては薄情な三人であったが、彼の寝坊癖を知っている三人にとっては当然の答えであった。
姉二人と歓談をしながら登校し、二人と別れ、いざ教室である。二人には少し心配されたが、笑顔で大丈夫だと言っておいた。が、しかし―――
「……」
教室の扉に手をかけたまま硬直してしまう。
やはり、開けるのが躊躇われる。
もう、怖くはない。とは、言いきれない。
日陰を重症にまで追い込んだ犯人は分かった。しかし、その件はイベントの時に和解、とまではいかないものの、今後一切の後腐れなく、殺鬼討伐を手伝うことでチャラにしたのだ。
それを、今更なかったことにはしない。彼らが手伝ってくれなくては勝てなかったのだ。負の方に傾いていた感情は、今はその傾きを緩やかなものにしている。
しかしだ。彼らが自分をどう思っているかどうかは別なのである。それに、他のクラスメイトの日陰を見る目が変わったわけではない。
そう考えてしまうとどうしても扉にかけた手を動かすことができない。
今日は二人を待って一緒に登校したから、教室の中にはそれなりにクラスメイトがいるはずだ。
やはり、なにかの視線の的になるのは居心地が悪い。
でも、開けなくては始まらない。しかし、開けたくない。
「おい」
などと一人心中で問答をしていると不意に声をかけられる。
「は、はひ!」
驚いて変な返事になってしまった。ともあれ、声をかけられたのだ。そちらの方を向く。
そこには二人の人物がいた。
一人はくすんだ金髪に気崩された制服の金元恭子だ。もう1人は女子にしては高身長の瀬高美波だ。二人とも共通していることは目つきが悪いと言うことだ。
「ぷふっ。なんだい、はひって」
そんな、目つきの悪い美波にしては珍しく目元を和らげておかしそうに笑っている。
「おはよ、陽向」
恭子は変な返事をした日陰に少しだけ苦笑して挨拶をする。
日陰はなんだか気恥ずかしくなりそれを誤魔化すために普通にあいさつをする。
「おはようございます。金元さん、瀬高さん」
「相変わらず硬いね君は。おはよう、だけでいいんだよ?」
「そうだよ。前々から気になってたけど、なんで陽向は同級生にまで敬語なんだ?」
「えっと……癖、なんですよ。小さい頃から、この話しかたでしたので」
「そっか。まあ、癖なら仕方ないよな」
恭子はそう言って納得を示す。
「ところで、あなたはなんでそこで固まったままなの?」
「えっと、それは……」
なぜと言われれば今の心境的にあなた方と話すのが気恥ずかしいから、とは言えない。
それに、今更気づいたが普通に話すことができている。
「……なんだか分からないけれど、突っ立っていられると邪魔よ」
そういうと美波は日陰の隣に並び、ガラッと扉を引く。そして、さっさと入って行ってしまう。
「ほらほら、入った入った」
恭子はそう言って日陰の背中を押して教室に入っていく。
「え、ちょっと!」
少しわたわたして抵抗してみたが、抵抗にすらならなかった。




