015
誠は今、動揺している。
なぜなら、一国の王女様が目の前に立っているからである。
ここは、膝をつき礼を重んじるべきだろうか、それともこのまま話し続けるべきだろうか。
誠は非常に悩んでいるのだが、そんなことなどまったく気づかない様子の王女は話を続ける。
「マコト様、本日はお願いがあって参りました」
やはりか、と誠は思う。
今日何度目になるかわからないが、この王女様も自分の研究室に来いというのだろう、と誠は考えている。
しかし、ここで問題なのは相手が一国の王女であるということ。
今までの相手は、確かに同じ学園の先輩たちであり、無碍に扱うことはできないが、丁重にお断りするということくらいは問題なかった。
しかし、この相手は違う。
権力の規模が違いすぎる。
最悪の場合、自分はこの国に居られなくなってもおかしくはないだろう。
そこまで考えたうえで、誠は悩む。
自分はどうするべきだろうと。
だがここでもまた、王女様は誠の悩みなどお構いなしに話を進めていく。
しかもその話の進む方向は、誠の予想とは微妙に異なるものであった。
「私を、マコト様の研究チームに入れていただきたいのです」
「え、ええ!?」
(まさか、僕の研究チームに入りたいって言われるとは……)
誠はさらに焦る。
なにせ、王女を入れようにも、まず研究チーム自体がまだできていないのであるから。
誠は正直にその事を伝える。
「……王女殿下、大変申し訳なく、そしてお恥ずかしい話なのですが、僕は研究チームなど持ってはいないのです」
「ええ、承知しております。高学年の者達が大変失礼な態度をとっていたようですね。高学年の代表として謝罪させてください。申し訳ございませんでした」
そう言って本当に申し訳なさそうな顔をして頭を下げる王女に、誠はたじろぐ。
「そ、そんなこと!王女殿下が悪いわけではございませんし、どうかお顔をお上げください」
「ですが……」
「僕もその方が王女殿下のお顔が見れて嬉しく思うのです。ですからどうか」
誠は優しい口調で、そして満面の笑みでそう言った。
そんな誠の態度に王女は安心した様子を見せ、頭を上げる。
「お優しいんですね」
王女の頬は少し赤く染まり、そして誠の目を一直線に見つめている。
そのことに誠はドキッとしてしまうが、悟られないように平静を装う。
「いえ、そんなことはございませんよ。ですが、王女殿下。どういたしましょう。先ほど申し上げましたとおり、研究チームなどございませんし、作ろうとしてもなかなかうまくいかないのです」
「そのことでしたら心配には及びません。マコト様の申請にケチをつける者など、もうおりませんから」
(なるほど、王女様の権力ですか。だが、ありがたい)
「その話が本当の事でしたら、王女殿下には感謝してもしきれませんね。ものすごくありがたいです」
「それで、私を研究チームにはいれてくださるのでしょうか」
「それはもちろんです。ただ、少し条件を申し上げてもよろしいでしょうか」
「ええ。どうぞおっしゃってください」
「まず、僕との研究内容については他言無用でお願いしたいのです」
「それは当然のことですわ」
「はい。ですが、それは身近な人、例えば国王陛下などであってもそうしていただきたいのです。それでも大丈夫でしょうか」
「……なるほど。分かりました。その条件は問題ありません」
王女は若干迷う仕草を見せたが、それを受け入れた。
「ありがとうございます。それともう一つなのですが、僕と一緒に研究を進めることが殿下のためにならないという可能性がある、ということを承知していただきたいのです」
「それは重々承知しております。この機会を生かすも殺すも私次第ということですよね」
そういって王女は誠に笑いかける。
この王女は本当に優秀なのだろうと誠は感じた。
直感的な部分ではあったが。
「恐れ入ります。研究室の方の申請はもう一度しておきますので、明日、今度は僕の方からお迎えに上がらせていただきたいと思います。王女殿下の教室はどこなのでしょう」
「私の教室は、この建物の隣にある4年生校舎の4階です。ただ、高学年の校舎に来るというのもなにかと問題が起きるでしょうから、明日もまたこちらに伺わせていただきますよ」
「ご配慮、痛み入ります」
「それと、マコト様には普段通りの話し方でお願いしたいのです。一緒に研究するのにそれでは気が滅入ってしまいますでしょ。私を呼ぶときもクリスで構いません。親しい者は皆そう呼びます」
「えっと……、分かりました。クリス先輩と呼ばせていただきますね。それでしたら僕のことも、様などつけず誠とお呼び下さい」
「分かりました、マコト。では、明日の同じ時間にお伺いいたしますね」
そういって誠に笑いかけた後、王女クリスは去っていった。
誠は、少し予定とは違うが、研究ができることになりそうなのが嬉しいようである。
教室に入ると、クラス中から注目されてしまう誠であるが、そんなことは全く気にする素振りも見せず、一直線に自分の席に向かう。
そこには、未だぐったりしているナタリアがいるわけだが。
「ナタリア、いつまでもぐったりしている必要はないみたいだぞ」
「ん、マコト君……。なんか急に元気になってない?」
ナタリアは机に突っ伏したまま、誠の声を聞いて答える。
「ああ。研究室が持てることになりそうだからな」
「ええっ!?」
机に突っ伏していた彼女だったが、誠のその一言で飛び起きてつい叫んでしまう。
その叫び声は教室中に響き、当然のごとくクラス中の視線がナタリアに集まっている。
そのことに恥ずかしくなったのか、ナタリアは顔を赤くしながら下を向く。
「うぅ……。マコト君、驚かさないでよ」
「いや、驚かした気は全くないんだけど」
「それで、なんで急にそうなったの?」
「王女様が僕と研究したいんだってさ」
「お、王女様ああああ!?」
ナタリアは自重という言葉を知らないらしく、またしても叫んでしまう。
そして本人はすぐにまたやってしまったことに気付き、口を両手で覆うがもう遅い。
周囲からの視線がナタリアに突き刺さり、そのことに耐えられない彼女はまたしても下を向いてしまう。
さすがの誠もため息が止まらない。
「そういうわけなんだけど、ナタリアはどうする?」
「そんなの、もちろんマコト君と一緒に研究するに決まってるじゃない」
「授業はいいのか?」
「うん。授業よりもマコト君と研究してたほうが勉強になるし」
「分かった。じゃあとりあえずの研究室の人数は3人ということで申請を出しておくよ」
「ええ。よろしくね」
これから忙しくなるな、と気合を入れる誠であった。




