016
翌日。
誠は学園長室を訪れている。
理由は言うまでもなく研究室の申請に関して結果を聞くためである。
「それでサラさん、どうだったんですか」
少しボーッとしているように見えるサラに誠は尋ねる。
サラは聞こえてないのか、返事をしない。
「サラさん!聞いてますか!」
もう一度強く呼んだところで、サラは意識を取り戻したかのように誠に向き直り、話し始める。
「え、あ、うん。ごめんね、ちょっとあまりにも拍子抜けだったというか、今までの苦労がなんだったんだっていうか。うん、まあ問題なかったわよ。マコト君なにかしたの?」
やはり王女様の影響力は尋常ではないらしい。
今までの苦労は本当になんだったのだろう。
「いえ、僕自身は何もしていないのですが、クリス先輩のおかげではないかと」
「えっと……一応確認だけど、それってクリスティア王女殿下のことを言ってる?」
「はい。彼女が僕の研究室に入りたいとおっしゃりまして、色々話したのですが、高学年の人たちを沈めてくれたみたいです」
「あの王女殿下がそこまでするか……」
本来のクリスはそのような強引なやり方をすることはなく、むしろ目立たないようにあまり自分から動こうとはしないタイプなのだ。
それが、今回に関しては大胆な行動をしている。
それだけ誠のことを重要視しているのだと、サラは感じていた。
「マコト君、もしかすると今後あなたはかなり厄介なことに巻き込まれるかもしれないわね」
「それは自分も少し感じているところです。なにせ一国の王女殿下と関わり合いになるのですから」
「うん。それにマコト君のことは先日の大会で国中に知れ渡っちゃったしね」
たしかにサラの言うとおり、今や誠はケレス王国において最重要人物と言われても不思議じゃない。
それだけの能力を持っているのだ。
そんな誠が王女とかかわり合いを持つというのは、非常に重要な意味を持つと考える者もいるだろう。
「そうですね。これからはより一層危機感は強めていこうと思います。名を売ることはできたので、しばらくはひっそりと研究していくつもりです」
「そうしておいたほうが無難ね。まあ何かあったらすぐに言ってちょうだい」
「はい。そのときはよろしくお願いします。それで、僕の研究室はどういった施設になったのでしょう」
この学校で研究をするというと、その研究チームの成績が重要になってきて、それによって研究設備も変わってくる。
また、研究費も最初は成績によって変わってくる。
最終的には研究成果によって決定されるが。
「ああ。それなら第7研究棟が丸々マコト君たちに引き渡されることになったよ」
「は?」
(研究棟を丸々引き渡すって、この学園頭おかしいんじゃないのか)
「だって、この学園にいる特待生8人の内の3人が所属するんだよ。当然じゃない」
「いや、だからって研究棟丸々なんて……」
「でも例年優秀な研究チームには研究棟1つくらい与えてるし、問題ないと思うけど」
「そうなんですか?」
「ええ。なにせこの学園は本当に広いからね。研究棟だけでも40くらいはあるわよ。第7研究棟はそんなに大きくないから本当に問題ないのよ」
誠も広いとは思っていたが、ここまでとは思っていなかったみたいで若干呆れてすらいる。
「分かりました。では第7研究棟をお借りします」
「ええ。そうしてちょうだい。これが鍵よ」
そういってサラは誠に鍵を3つ渡す。
人数分用意してくれたらしい。
「それじゃあ、研究頑張ってね」
「はい。色々とありがとうございます。失礼します」
そうして誠は学園長室を後にした。
噂が回るのは早いようで、誠は学園を歩いていると、注目の的である。
先日の大会の後もすごかったが、今回はその時よりもすごいのではないかと誠は思ってしまう。
王女と共に研究するという情報が既に回っているのか、前にも増して視線を感じるのだ。
だが、そんなことばかり気にしていてもどうしようもないと、誠は教室に足を進める。
教室でも誠は視線を集めているが、もはや気にもしていない様子だ。
ナタリアもかなり慣れたようで、昨日のような挙動不審な態度はとっていない。
「ナタリア、これが研究棟の鍵だ。人数分あるから渡しておくよ」
「ありがとう。それにしても研究棟1つ借りられるってすごいね」
誠はすでに研究棟の話をナタリアにしたのだが、さすがの彼女もかなり驚いているようだ。
「ああ。あまりに破格な条件だから僕も驚いてしまったよ」
「そうよね。でもまあマコト君と王女殿下がいるなら当然かな。あー、どうしよ。王女殿下とお会いするなんて緊張するよ」
ナタリアはまだクリスと直接会っていないため、そこに関してはかなり緊張しているようだ。
「多分、クリス先輩もそろそろ来る頃だと思うけど」
「……そのクリス先輩って呼び方、本人に許されたのよね?」
「そうだけど?」
「これはもしかして強力なライバルなのかしら……」
ナタリアはボソッとつぶやいたが、誠は聞き取れなかったようで聞き返す。
「なんて言ったの?」
「い、いや!なんでもないよ!それより王女殿下来ないかな」
急にすごい勢いで喋られたので、誠は若干身を引いてしまう。
「お、おお。そうだね」
そんな話をしていると、教室の入口のあたりが騒がしくなってくる。
「ん、多分クリス先輩だな」
「そうみたいね。行きましょっか」
誠とナタリアは席を立ち、教室の入口の方に向かった。
2人が教室を出ると、そこにはクリスと1人の男がおり、その周りには野次馬ができている。
どうやらその男とクリスは口論をしているようだ。
「ナタリア、サラさんを呼んできてくれ」
誠は嫌な予感がして、ナタリアに学園長であるサラを呼ぶように頼む。
「わかったわ。マコト君も無理しないでね」
そう言ってナタリアが走って言ったところで、誠はクリスの元へ近づく。
「クリス先輩、どうなさったのですか」
「あ、マコト。ご機嫌よう。なんでもないのですよ」
「は、はあ。ですがそちらの方はなにか御用があるのでは」
誠はクリスと口論をしている男に目をやる。
金髪であまり目つきが良くないその男は、誠によくない印象を与えた。
「クリスティア王女殿下、やはりこのようなどこの馬の骨ともわからないような者と共に研究をするなど私は反対です」
「黙りなさい、ユーリ!マコトを愚弄することは、たとえあなたであろうと許しません」
クリスは、誠の見たことない非常に厳しい表情でユーリという男を睨む。
「まあまあ、落ち着いてください。クリス先輩。そちらのユーリ様、でしたか。そちらも落ち着いて下さると助かります」
誠がそう声をかけると、ユーリは非常に嫌そうな顔をする。
「黙れ、平民。お前のようなものが公爵家時期当主たるこの私、ユーリ・クエバスに向かって勝手に口をきくことなど許されんわ!」
(貴族っていうのはやっぱりこういう権力家ばかりなのかね……)
誠は心の中で悪態を吐きつつ、表面上は平静を装う。
クリスはやはりユーリに噛み付こうとしているが、誠はクリスの前に出て留めているという状態だ。
「しかし、このままでは話が進みません故、どうかご説明をいただきたいのです」
「ユーリは、私がマコトと研究することをよく思っていない。ただそれだけです。そんなの私の勝手だというのに」
誠の後ろでクリスはそう声を荒げる。
冷静なクリスはすでにどこかにいってしまっているようだ。
「それでユーリ様は平民である僕が、クリス先輩と共に研究をするのをよく思っていないというわけですか」
「貴様、またしても王女殿下のことをそのような気安い呼び方で……」
「それは私がお願いしたことです!」
このままでは埓があかないが、この場合ユーリの方に問題がある。
ユーリは公爵家である自分の身分をいいことに、平民である誠に身を引けと言っている。
それ自体は誠はどうこう言うつもりはないが、彼は重要なことを忘れていると誠は思った。
「ユーリ様、確かに僕のような平民がクリス先輩のような方と共にいられることなど恐れ多いことかもしれません」
「フン、平民のくせに利口なことではないか」
そんなユーリの態度を全く気にせずに誠は続ける。
「クリス先輩の思うことを、僕等がどうこうしていいわけもありません」
「その通りだ。話せばわかるやつだと思っておったぞ。平民」
「ですが、それはあなたも同じことですよ。ユーリ様」
「……なんだと」
それまで少しずつ上機嫌になってきていたユーリの額には青筋が浮き出ているのが分かる。
「当然でしょう。人の気持ちを無視し、何かを強制することなど誰にもできないことです。それは僕であろうとあなたであろうと変わらない。クリス先輩はクリス先輩のしたいようにすればいいのです。ですよね、クリス先輩」
「……ありがとう、マコト。私も少し冷静になることができました。そうです。私はマコトと共にいたい。それだけでいいのですよね」
気が付けば、クリスはいつものような穏やかな雰囲気に戻っている。
逆にユーリはどんどん怒りが表に現れてきているが。
「何をバカなことを言っているのだ、平民。その身分も弁えず、この私に向かって説教か。ふざけるな!」
「ふざけているのはあなたでしょう。ユーリ様。あなたはただご自分の身分を、権力を振り回しているだけです。そんなものに何の意味もない」
それまで優しい口調であった誠だが、ここであえて冷たい口調に変える。
その雰囲気、その声、その口調は人に恐怖さえ与えることが出来るものだ。
ユーリもつい、後ずさってしまう。
「だ、黙れ!この平民がああああああああ!」
しかし、ユーリは逆上し火の魔法を放ってしまった。
しかもこんな校舎の廊下で、まわりに多くの人がいるにも関わらず。
ユーリの手から放たれた火の玉は一直線に誠へと向かう。
(避けるとクリス先輩が危ないし、他のみんなも……)
誠はそんな状況でも冷静だった。
「マコトっ!」
誠の後ろでクリスが叫び、出てこようとするが誠はそれを手で静止する。
誠は冷静に、近づいて来る火の玉を見ている。
しっかりと、見ているのだ。
その奥では、口元を釣り上げたユーリの醜悪な笑顔。
それで誠が大やけどでも負うと思っているのだろう。
だが、そんなユーリの笑顔は一瞬で消え去り、そして驚愕へと変わる。
なぜなら、その火の玉は誠の目の前で消え去ったのだから。
跡形もなく、完全に。
「ば、ばかな!?」
「ユーリ様、あなたはここにいる人たちを巻き込む気ですか」
「黙れ!黙れ黙れ黙れえええええええ!」
完全に狂ってしまっているユーリをこのままにしておくのは危険だと思った誠は、その手の平をユーリに向ける。
そして、ユーリの顔を覆うように水を生成し、留める魔法を放った。
息のできないユーリはもがき苦しむが、どうにもできない。
そして意識を失うかというギリギリのところで、その魔法を解く。
ユーリはその場に膝を付き、酸素をなんとか取り込んでいる。
「すこしは頭が冷えましたか、ユーリ様」
「だ……、だ……まれ……」
「まあいいです。もうすぐ学園長も来ますし」
「マコト君!」
ちょうどその時、誠の後ろの方からナタリアの声が聞こえた。
「すごくいいタイミングですね。ではサラさん、あとは任せました」
「ええ。あらかた話はナタリアちゃんから聴いてるけど、後で色々確認するからね」
そう言ってサラは警備の人と一緒にユーリを連れて行った。
「ま、マコト……。ごめんなさい。巻き込んでしまって」
そう言って小さくなっているクリスに誠は優しく言葉をかける。
「いやいや、クリス先輩。僕はそんな大したことはしてませんし。それに、なんか好き勝手言ってしまって」
「ううん。ありがとう。うれしかったわ」
そう言って見つめ合う2人。
「あのー……ここ2人だけじゃないの忘れないで下さいね」
そんな怒気がこもったナタリアの言葉で2人は我に返る。
「では、まあ研究室にでも向かいますか」
誠のその一言で、その場は収まり、そして3人は第7研究棟に向かった。
(それにしてもナタリア……めっちゃ怖かったな)
ナタリアは怒らせないようにしようと心に誓う誠であった。




