23.妖精の冠
(……つまらない。もう少しお話ししたかったのに。あのままいたらメリーベルさまに直接褒めてもらえたかもしれないのに)
結局また部屋に閉じ込められ、オーレリアはむくれる。せめて一人になりたくて、癇癪を起こしたふりをしたせいで、室内はぐちゃぐちゃだ。
床にはあらゆるものが転がっていた。人形にままごと道具とドールハウス、ドレスに宝石、化粧品、キラキラした小物……退屈しないようにとか、オーレリアが喜ぶとか似合うとか皆が好き勝手に言って、押しつけてきた物だ。どれもこれも真新しいが、オーレリアが欠片も望んでいないという点では、ハイドの城の自室にあったものと変わらない。
(このドレスも鬱陶しい)
シフォン生地を重ねたふわふわのドレスには、同じ生地でできたコサージュの花が飾られている。
コンソールに飾られた人形とおそろいだと気付いた瞬間、オーレリアは目尻を吊り上げた。
「そう、まるっきりお人形ってわけ……」
その人形を手に取り、床に放り投げた。
「お姉さま」
窓の外から笑いを含んだ声に呼ばれて、驚いて振り向けば、メリーベルと同じ色の髪が見えた。
「ソフィーナ!? な、何をしているの?」
ここは二階だ。慌てて駆け寄って窓を開ければ、一階の庇部分に立つ異母妹がいたずらっ子のように笑った。
「私はお客さまとのお話し合いに出られないのですって。なら、お母さまもお兄さまもいらっしゃらない隙に、この離宮の探検をしようと思って」
「……」
呆気に取られて下を見れば、ソフィーナの乳妹でもある侍女がこっちをハラハラした顔で見つめていた。
――なんて自由なのだろう。
彼女が着ているシンプルなドレスは、いつも父や母が嘲笑っているものだ。そのくせ彼女が凝ったドレスを着ると、それはそれで嘲笑う。
でも、オーレリアはいつもソフィーナが羨ましかった。彼女はその服を身にまとって、自分の足と意思で行きたいところに行き、やりたいことをできる――。
「私、も一緒に行っていい……?」
危ないからダメと言われるか、そんな真似は私にはふさわしくないと言われるか――断られるだろうと思ったのに、ソフィーナは優しい青色の目をまん丸くした後、「そのつもりで誘いにきたんです」と蕾が花開くかのように顔を綻ばせた。
窓を出て庇に降り、そろそろと歩いて、建物側に生える木まで移動する。ソフィーナの手を借りておそるおそる枝に移り、二枝分下ってから、彼女に続いて地上に飛び降りた。落ち葉がクッションになってくれて、足を痛めないで済む。
「あ。ど、どうしよう、ドレスが破れてしまいました……」
「いいのよ、こんなの」
「綺麗なのに」
「……破れているけれど、良ければ、交換する?」
「……」
頬を染めて、キラキラした目で自分を見つめるソフィーナに、「物好きね」と思わず笑って、オーレリアはドレスを脱いだ。そういえば、自分でドレスを脱ぐのも初めてかもしれない。
「ソフィーナさまっ、オーレリアさまっ」
横でソフィーナの乳妹が焦っているけれど、聞こえないふりをして、お互い薄手の肌着一枚になってドレスを取り換えた。
周りにうるさい侍女も、護衛と称して自分のしたいことを押し付けてくるだけの騎士も誰もいないからこそできる――これだけでも離宮に来たかいがあったと思った。
「お姉さまは何を着てもお似合いですね」
「ソフィーナも可愛いわよ」
「……そう、ですか?」
思った通りの動きやすさに満足するオーレリアの前で、ソフィーナが交換したシルクのドレスをしげしげと眺めた。おもむろにくるくると回り始め、「ふわふわしていて妖精みたい」と笑う。
挙げ句目を回して尻もちをついた。思わず顔を見合わせ、図ったわけでもないのに、同時に吹き出す。
「昨日見つけた、とっておきの場所にご案内します」
手を繋いで一緒に駆け出せば、右手の海から潮風が吹き付けてきた。ソフィーナの茶色の髪と、オーレリアの髪が同じ風に舞い上がる。
海は相変わらず暗く、沖に行けば行くほど色味を増す。その上には海風に誘われた雲が厚くかかっていて、まるで世界の終わりがあそこにあるように見えた。
どうしようもなく不気味に見えていた光景なのに、今はもう苦にならない。
ソフィーナと一緒に走るオーレリアに遠慮してか、彼女の乳妹はかなりの距離をとっていた。声の届く範囲には、自分とソフィーナ以外誰もいない。
興奮している上に、運動なんてほとんどさせてもらえないオーレリアはすぐに息が切れて苦しくなってしまったけれど、足を止めようとはまったく思わなかった。
途中、海を近くで見たいというオーレリアの希望で、一緒に浜辺にも降りた。黒い砂には色とりどりの貝がらが散らばっている。
そこで虫のように節のある足を持った貝を見つけ、湿った重い砂に四苦八苦して捕まえるオーレリアの横で、ソフィーナは「行ったり来たり。生き物みたい」と笑いながら、波と追いかけっこをしていた。
そうして寄り道をしながら、宮殿からも海岸からも少し離れた場所にある木立の中に入ってしばらく歩いた時だった。
「――ここです」
ソフィーナがぴょんと跳んでオーレリアの前に回り込み、得意げな顔をした。
そのまま後ろ歩きに数歩下がった後、満面の笑みで脇に退き、腕でその先を指し示した。
「わ、あ……」
木々からの木漏れ日が降り注ぐ地面一面に、青いベルのような花が広がっていた。
正面から風が吹いて来て、その風にベルが一斉に踊った。音がしないのが不思議な気がする。甘い香りが鼻腔に届く。
「ね、すごいでしょう。妖精たちの帽子という名前の花です。これを被って、満月の晩に舞踏会を開くのですって」
見惚れて立ち尽くすオーレリアをおいて、ソフィーナは青い花畑に入っていく。慌てて後を追って横に並んだ。
一歩足を踏み出すごとに、花の香りが立ち上る。
「妖精の正体は、実は魔物かもしれないって言っていなかった?」
「そう考えると楽しいでしょう。話ができる魔物もいて、神話に出てくるレメントも伝説のドラゴンもそうだったって。なら、友達になることもできるかもしれません」
「……怖くはないの?」
魔物と友達に、などという発想をする妹を、オーレリアは目をまん丸くして見つめる。
「疚しい心や弱った心を持っていなければ、大丈夫だとお母さまが」
「……ソフィーナは本当に色々なことを知っているのね」
当たり前のようにメリーベルさまと話している彼女が羨ましくなって、嫌みのような口調になってしまった。
なのに、ソフィーナは「実は教えてもらったことばっかり」と肩をすくめて、小さく舌を出した。
「ここに来る前に、乳母が教えてくれたのです。彼女の母が前お話ししたシルゲ族、この辺の先住民族の出で、夏になると青いかわいい花が一斉に咲くって。調べたけれどわからなくて、結局色んな人に聞いて回りました。ここを教えてくれたのは、薪を運んできた木こりのお爺さんです」
「そう……」
この子は私とは違う。この子の世界は私よりはるかに広い――さらさらと風に踊る青い花々を見ながら、そう実感する。
オーレリアが城に閉じ込められて、ドレスや宝飾品に囲まれ、人に傅かれている間に、この子は自分で学び、人に教えを請い、それを自分で確かめている。
黒い羨望が湧き上がってきた。
姉妹なのに、同じハイドランドの王女なのに、同じ年なのに、どうしてあなたばっかり――。
「お姉さま、妖精たちの真似事をしませんか? 帽子にするのは無理だから、私たちは花冠を作りましょう」
ソフィーナが花を摘んで、そんなオーレリアを振り返った。
その顔は無防備で、オーレリアは自分の卑しさをさらに突きつけられた気がした。
「……そうね」
そんなの、作ったことない、できない――そう言い出せず、オーレリアは花を摘んでは指を動かす妹の手元をじっと見つめた。
なんとか真似しようとするが、うまくいかない。できない。
「お姉さま、ひょっとして花冠をお作りになったこと、ないのですか?」
「……ないわ。でも、できます」
そう言って、オーレリアはソフィーナからぷいっと顔を背ける。
刺繍に編み物、詩歌――暇を持て余して、何かを作ろうとしたところで、皆適当に褒めるだけで満足に教えてくれない。当然うまくできるはずもなく、最後には誰かが綺麗に仕上がったものを渡してくれる。毎回それで余計に嫌になる。
でも、今は邪魔する人がいない。自分だってちゃんとできるということを証明したかった。
隣のソフィーナは、鼻歌を口ずさみながら器用に花冠を仕上げていく。繊細な花の姿かたちをそのままに、本当に妖精が頭に乗せていそうなぐらい綺麗に。
対照的にオーレリアの花冠はどこまでも無様だった。青い花弁は所々落ち、触ったところが傷になって色味を増している。花の茎もぐちゃぐちゃで緑色の汁が滲んでいる。
(……何もできないから、誰も私にやらせてくれないのかしら)
悔しくて涙が込み上げてくる。手にした青い花が水の幕の向こうで歪んでいく。
「できた。お姉さまはできました?」
「っ」
ソフィーナの声に、オーレリアは崩れた花冠を慌てて背後に隠した。
固く俯いたオーレリアに首を傾げた後、ソフィーナは持っていた花冠をオーレリアの顔の前に得意そうに掲げてみせた。
なんでもできるって言いたいの? できない私を笑いたいの? ――黒い気持ちが湧き上がってきて、勝手に口が開いた。「なんのつもり」と怒鳴ろうとした瞬間、頭にふわりと花冠が乗った。甘い香りが鼻腔をつく。
「ふふ、妖精の女王さまみたい」
「……」
満面の笑みでにっこり笑われて、面食らった。
これまでの人生で見た中で、一番かわいい笑顔だ。その顔を見つめたまま、頭の上の冠にそっと触れれば、鼻の奥がつんとしてきた。なんて、なんて嬉しい贈り物なのだろう……?
一方で、自分の醜さをまざまざと思い知らされて、ぐちゃぐちゃな気分になる。
「お姉さまのは私にください。そうしたらお揃いになるでしょう」
「……自分のを被ればいいでしょう」
ずっと音を立てて洟をすすった。
「せっかく上手にできたから、お姉さまに被っていただきたいです。思った通りキラキラした御髪に青い花が映えて、どこまでもお美しいんですもの」
美しいと言われるのは嫌いだった。言われるたびにムカついた。私にはそれしかないのか、と思わされた。
でも、ソフィーナが言うのは、なぜか気にならなかった。
「私のは……上手じゃないの」
眉尻を情けなく下げつつ、隠していた、既に壊れ始めている花冠をソフィーナにおずおずと見せた。
「やっぱり初めて?」
「……そうよ、悪い?」
笑われるかと思ったけれど、ソフィーナは笑わなかった。でも皆がするように慰めてくることもなくて、むっとした。慰められたら慰められたで腹を立てる癖に、我ながら矛盾だらけで嫌になる。
不機嫌を露わに黙り込んだオーレリアに、ソフィーナは真顔を見せた。
「では、なおのことください。頑張って作ったって、その花冠が言っているもの」
「が、頑張って作ったって、これじゃどうしようもないわ……」
「『努力を笑ってはいけません。人のものはもちろん自分のも』」
「……メリーベルさま?」
すんとした顔をして、人差し指を立てて声音を変えたソフィーナに思わず訊けば、彼女は声を立てて笑った。
「あたりです。失敗したとしても努力は無駄にならない、今は見えなくてもちゃんと自分の力になっているって、いっつも仰っているわ。あとは、失敗から学んで前に進むだけって」
素敵な言葉だと思った。でもどす黒い気持ちも湧き上がってくる。
この子は、お兄さまは、そんなふうに言ってくれる人といつも過ごしている――差をまざまざと見せつられた。
「……あげない」
花冠を投げ捨てれば、さっきまでのかわいい笑顔が曇った。
しょんぼりと俯いたソフィーナの向こうで、彼女の乳妹がオーレリアを睨んでいた。




