17.メリーベルの妹
無言のまま、ちらちらとオーレリアをうかがうハイドランド人たちに連れられて行った先は、要塞の中心にある石造りの武骨な館だった。
(そうか、戦争が起きて、火をつけられる可能性を考えて作られているんだ。メリーベルさまはそのためにこんな僻地にわざわざ石を運んできた……)
この町の近くにあるのは、湿地の中に点在する林ぐらいで、目立った岩山などはなかった。なのに、ここや港にあった塔、外郭、街の中の主だった建物が石造である理由を悟る。
ハイドランドとヴォーバリアは、友好的と言える関係ではない――先ほど要塞の正門での揉め事や、宿屋の主人の態度などと併せて実感する。
(関係の良くない国との融和のための政略結婚もしくは人質……知識があって思慮も自制も行き届いたソフィーナならともかく、私みたいな馬鹿で勝手な人間にこなせる役割じゃない……)
ハイドランドとヴォーバリアをいがみ合わせてどちらもつぶしてやろうと思っていたが、オーレリアがオーレリアのまま振る舞えば、それぞれ自滅していくに違いない。
「おい、勝手に進んでいくんじゃな――」
「わたくしへの命令は許しません」
案内しろと命じておきながらオーレリアは、役人と兵士を置き去りに建物の内部へと勝手に進んでいく。
無駄に煌びやかな顔立ちのせいか、他人を石ころ程度にしかみなさない傲慢さのせいか、館の者たちもオーレリアを止めることはない。呆けたようにオーレリアに見惚れるか、マシな場合であっても戸惑ったようにオーレリアと役人の男を見比べるだけだった。
(仕事もまともにできないなんて、なんてくだらない連中なの)
常識外の行動で彼らの職務を妨げておきながら、オーレリアは彼らを軽蔑の目で見る。
後ろからついてきているガラファともう一人のヴォーバリア人が、「マジかよ、好き勝手やりすぎだろ……」「なんで誰も止めねえんだ……」と引きつった顔でぼそぼそ囁く。
オーレリアを止められないという点で無能さは同じでも、その振る舞いがおかしいと判断できるだけ、彼らのほうがましだ。
要塞内の天井は低く、窓は小さく最小限、装飾はほぼなかった。
歩きながら、その窓の一つから外を眺めれば、早々に日が暮れ始めた。頼りなく街明かりが点り始める。
その向こうに赤く染まる海が広がっていた。視界の右手側、海に突き出た岬の先にはさらに別の塔があって、その頂上が煌々と光を放っている。
建物の構造から見当をつけて、ずかずかと進んでいった先の一室。扉の装飾の具合から領主の部屋だと察して、オーレリアはノックもなしに踏み入った。
「…………宿にいろと言っただろう」
「そう言うあなただってここにいるじゃない、港に船を見に行くと言っていたのに……うそ……」
その部屋の中央、天井からの灯火に照らされた下で、驚きに目を丸くしてオーレリアを出迎えたのは、先ほど別れたストゥルツとその側近の傷の男。そして――、
「……オーレリア殿下?」
しきりに目を瞬かせている『メリーベル王后陛下』だった。
「……」
目を限界まで見開いて、オーレリアは『メリーベル』を凝視する。
彼女はオーレリアが十四の時に亡くなった。けれど、見れば見るほど、その人は彼女によく似ていた。
茶色の髪、丸顔、少し下がり気味の目尻とそこに刻まれた優しげな印象の皺。
傷の男が舌打ちをしながら腰を浮かせた。それがきっかけになったのか、その人が彼に先んじて立ち上がる。
「初めてご挨拶申し上げます、オーレリア・リニレ・キ・ハイドランド殿下」
おもむろにドレスを摘まみ、オーレリアへと跪礼をとった。
「リディラ・ガルード・アーソニアと申します。このたびハイドランド国王陛下よりこの地の領主を務めよと仰せつかりました」
「アーソニア……」
(……は、メリーベルさまのご実家の侯爵家。では、この人はメリーベルさまの縁者……)
「先の王后陛下はわたくしの姉でございます」
オーレリアの疑問を先取りして、その人はにっこりと微笑んだ。右頬にえくぼができる。
それがそっくりそのまま記憶の中のメリーベルに重なった。目を合わせて、顔全体を綻ばせるのも同じ……。
「でん、か……」
「おい、本物じゃねえか……」
オーレリアの背後に居並んで蒼ざめる先ほどの役人たちへと、リディラが「『本物』?」と鋭い目を走らせた。
「オーレリア殿下、彼らがご無礼を働きましたか」
「……っ」
死者を前にした気分で凍りついていたオーレリアは、我に返ると、なんとか動揺をのみ込む。
冷たい目を作り上げて、この館に来る原因を作った者たちへと顔を向けた。
「ヴォーバリア国王陛下に宛てたハイドランド国王陛下の親書を疑わしいと言って、宿のわたくしの部屋に押し入ってきました。もっともそれは口実で、真の目的はわたくしを愛人にすることだと」
「そう口にしたのか」
ストゥルツの声音が低くなった。彼の傍らのリディラも険しい表情で彼らを見、直後にオーレリアに向き直った。
「大変失礼いたしました。先の領主は更迭が決まっておりますので、あわせて当地の人員を再確認、必要に応じて教育を施します。ヴォーバリア国王陛下、オーレリア殿下、どうか怒りをお納めくださいますよう」
そして、深々と頭を下げた。
リディラが中座を請い、顔面蒼白となった役人と兵士たちを連れて出ていく中、ストゥルツの目配せを受けた傷の男がその後を追った。
すれ違いざま、彼はオーレリアに一瞥を投げる。忌々しいものを見る目に、反射で微笑み返せば、苦虫を噛んだような顔をした。内心で高笑いする。
ストゥルツが足早に歩み寄ってきた。
「何かされなかったか」
「まったく」
「本当か。意地を張っていないか」
「……私があんな有象無象にどうこうされるはずがないでしょう」
微妙に眉根を寄せ、真剣にオーレリアの顔を覗き込んでくる。心配されている感じがして、つい引き気味になった。やっぱり変な人だ。猫を被っている時ならともかく、今のオーレリアのどこに心配する点があったというのか。
「姫さんの言う通り何もなかったが……すまん、ストゥルツ」
役人たちに同行してきていたヴォーバリア人男性が、頬をかきながら顔を出した。打ってかわった硬い表情で彼へと目を向けたストゥルツに、男性が顔を強張らせる。
「その、悪い。いっそやっちまうかとも思ったんだが、今揉めるなって……」
「そいつのふてぶてしさを考えなよ。横暴役人を顎でこき使って、この館にも案内もなしに勝手に入ってっちまうし、私らが止めたって大人しく聞くような奴じゃないだろ」
彼の後ろから、ガラファも姿を見せた。挑むように「もし、それでも何か起きてたら、私もヤキナゥもきっちり止めた」と反駁するが、ストゥルツの表情は緩まない。
「二人が正しい。そもそもの原因は私が街中で顔をさらしたこと。それに釣られて阿呆が寄ってきただけ。責めるなら私でしょうに」
睨み合いを悪びれゼロで笑い捨てたオーレリアに、ストゥルツは眉を跳ね上げた。瞬きを二回繰り返した後、吹き出す。
「……何よ」
「いや、顔がいいの、自覚しているんだなって。そのくせ自慢するでもなく、面倒くさい物扱い」
「全部事実だもの」
唇を尖らせるオーレリアに、ストゥルツは笑い続ける。オーレリアのほうは当然面白くないし、笑われる理由もわからない。
「悪かった、オーレリアに常識は通じないと忘れていた俺の落ち度だ。ガラファ、ヤキナゥ、手間をかけた」
「別に」
ぶっきらぼうに応じた後、ガラファはじっとオーレリアを眺めると、無言で踵を返した。
男性が慌てて続く。だが、彼はふと思いついたように振り返って、オーレリアに苦笑と目礼を返してきた。
(……なんなの)
こっちはこっちで訳がわからない。




