13.策士策を流される
「……騎士さんたちを近場の領主のところまで丁重に送ってやれ」
(引っかかった)
ため息を吐き出したストゥルツの決定に、思わず笑い出しそうになったが堪える。代わりに鼻の一つでも鳴らせば、悪辣王女に相応しいだろう。
(あとは私が殺されれば、完璧)
くすっと笑った瞬間、赤毛の彼は「オーレリアにも手を出すな」と宣言した。
「……は?」
演技を忘れ、オーレリアは口を開けて、彼を凝視する。
「おい、ストゥルツ、正気か」
「頭っ、本気でこいつ連れていくんですかっ」
一斉に上がった抗議の声に、彼は面倒そうに手を振った。
「こいつは全部計算して動いているんだ。さっきこんな国は滅べばいいと言っていただろうが」
オーレリアやガードネルに対する時とは違う、ざっくばらんな物言いは彼本来のものだろう。
「俺たちを怒らせて、自分を殺させる。一方で、騎士たちには同情が向くよう仕向けて、殺されないようにする。生きて帰った奴らは、オーレリアの死をハイドランド王に報告せざるを得ない。そうなったら、ハイドランドは俺たちと事を構えるしかなくなる。交渉でけりがつくにせよ、失敗して戦争になるにせよ、面倒なことに変わりはない――自分の命をおもちゃにハイドランドとヴォーバリア、すべての人間に嫌がらせを仕掛けてきているんだ」
「……」
言い当てられて、オーレリアは目を眇めた。
そのオーレリアに面白そうなものを見る目を向けたストゥルツが、オーレリアの白金の髪を一房、勝手に指に絡めた。
「たおやかで可憐な雪の妖精という噂が嘘なら、綺麗なだけの頭の足りない姫なんて噂こそ大嘘……――自分の絶対的な美を知って、それを武器に他人を操る悪女」
ストゥルツは身を屈め、指にまとわりつく髪に唇を寄せた。その態勢のまま彼は射抜くようにオーレリアを見つめる。
『お前、面白い奴だなあ』
その青みがかった緑の瞳に既視感を覚えて、目を見開いた。
「……というわけだ、まんまと騙されるお前らみたいな奴らしかいねえからこそ、この先のヴォーバリアにはこういう性悪が必要なんだ」
(しょうわる……いえ、確かにそうだけれど、なんなの、この人)
さらっと断言されて、しかもそれが必要と言われて、オーレリアは目を瞬かせる。それから、片眉をひそめた。
「わかったら、馬車の荷を詰め替えて、怪我人を運べるようにしろ。ガードネル、セルシウスに伝えてくれ。感謝する、と」
(感謝?)
「待ってくださいっ、なんかよくわかんねえけどそいつがイカレてるってことには違いないんでしょっ、やっちまいましょうよっ」
(イカレ……?)
「血生臭いことは嫌いなんだ、売られた喧嘩は買うが。って、お前がそんなこと言うから、めっちゃ疑ってるじゃねえか……」
ガードネルの険しい顔つきに、ストゥルツが眉尻を下げた。精悍な顔立ちからは想像できない、情けない表情を見た瞬間、記憶が呼び起こされる。
『ひでぇ、気にしてるのに』
あんな顔で拗ねたように話していた茶色の髪の子……一体誰だっただろう?
「約束する。ソ……オーレリア・メルケ・キ・ハイドランド殿下に危害を加えることはない。ハイドランドとヴォーバリアの契約であり、ストゥルツ・シャールゴール個人の誓いだ」
「その言葉、信じてかまいませんか」
「疑り深いな」
苦笑したストゥルツは、外套のポケットから出した紐で長髪を結わえた後、懐に手をやってナイフを取り出した。
身を固くするガードネルの前で、髪束を切り落とし、「やる」とオーレリアに放り投げる。
「は? ……何これ」
咄嗟に受け取ってしまった。オーレリアは手中の赤髪を見て、目を白黒させる。
「髪? をどうしろって……」
戸惑っているのはオーレリアだけではない。彼の側近と思しき顔に傷のある男が、ぱっくり口を開けた後、「お前はまた……」と唸った。
「ストゥルツっ、なに考えてるんだっ」
「そうですよ、早まり過ぎですっ」
続いてガラファと呼ばれた女戦士たちも喧々と騒ぎ立てる。
「あー、うるせ。これで問題ないだろ、セリドルフ、帰って今見たことをセルシウスに報告してくれ、それで通じる」
面倒そうに短くなった髪を払い、ストゥルツは目を丸くしたままのガードネルを「さあ、行った行った」と馬車へと押しやった。
「っ、ガードネル、待ちなさい、ミーナも連れて行きなさいっ」
呆けている場合ではない、とオーレリアは古馴染みの騎士を呼び止めた。
「い、行きませんっ、わた、わたしは、オーレリアさまと……」
「あなたみたいな……や、役立たず、は不要です」
まだ言うのかと顔を歪めた後、オーレリアはこの子が一番傷つく言葉を、そうと知っていて敢えて口にした。なのに、彼女は反駁をやめない。
「役立たずじゃないって私が泣くたびに言ってくださいましたっ、オーレリアさまだけはずっと!」
「っ、そう言わないと私の評判が下がるから、それだけです。そんなでまかせを信じるなんて――」
「でまかせでも! 救われたからいいんです!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で、唾を飛ばしながら言い切る幼い侍女に苛立ちが募る。
「馬鹿も休み休み言いなさい。いいからとっとと……」
「今だって私のこと心配してくださってるんでしょ! ずっとついてくるなって言ってたっ、いいことなんか何もないってっ。私のドレスのポケットに宝石や金が入ってたのだって、オーレリアさまでしょっ」
「あ、あなたを泥棒に仕立てる気だったのよ、退屈をしていたから」
「だったら、小っちゃい宝石や壊れた宝飾品の欠片じゃなくて、立派なのを入れるはずでしょっ」
「っ、ああ言えばこう言う。もううんざりです、今すぐどこへなりと消えなさい。じゃ、なくて、ガードネル、連れていきなさいっ」
「ほら、やっぱりハイドに返そうとしてんじゃん。優しいじゃんっ、絶対離れないっ」
『お姉さまはお優しいです、私のこともいつも気にかけてくださって……私、社交はどうしても苦手で』
「っ、人のことを簡単に信頼するんじゃないわよっ」
敬語もやめてまっすぐ自分を見てくるミーナに異母妹が重なって、オーレリアは遂に怒鳴り声を上げた。
「こっちはこっちでうるさいのか……」
ストゥルツがうんざりと息を吐き出した。
「お前の侍女なんだろう。一緒に来たいと言っているんだから、好きにさせてやれ」
「私の侍女ではありません。それ以前に、こいつ呼ばわりもお前呼ばわりもやめなさいっ」
ギッと睨むオーレリアに、呆れたように「失礼した。では、今後はオーレリアで」と言った後、ストゥルツはミーナに向き直った。
こいつだのお前だのは論外中の論外だが、だからと言ってなぜ名を呼ぶとしれっと宣言できるのか。こっちはこっちで最高に腹立たしい。
「オーレリアの侍女は首になったみたいだから、俺の配下になるといい――ついてきていいぞ」
「っ、ありがとうございます!」
「っ、勝手に決めないでっ」
「俺の配下になった以上、俺が決める――ミーナだったか、オーレリアの世話を頼む」
「はい!」
「っ」
歯噛みするオーレリアの頭に手を置き、わしっと掴むとぐるりと回転させた。
「行こう。馬車は二台、それぞれ怪我人と荷の運搬に使うから、オーレリアは俺と馬。そっちの嬢ちゃんはルッケ、お前が乗せてやれ」
「……馬を私によこしなさい、私があの子を乗せます」
「却下に決まっている」
「逃げると疑っているなら、」
「疑ってない。疑っているのは、むしろオーレリアのほうだ。俺たちがミーナに悪さをするんじゃないかというところだろう」
「……繰り返します。私を名で呼ぶことも許しません」
またも言い当てられた。
眉根を寄せつつ、別事を口にしたが、軽く肩をすくめたストゥルツに「はいはい、オーレリア殿下」と軽く流された。
「その呼び方も嫌」
王女などに生まれたくなかったという本音が出た。
怒るか呆れるかと思ったのに、「我がままにもほどがある」とストゥルツは大笑いした。
「いいから、馬をよこしなさ――」
「それは却下。どうせ乗ったことはないだろう。人を乗せるなんてなおのことできるはずがない」
「海に生きているあなたたちができるのだから、できます」
「そんなひょろっこい体で? まともに散歩もさせてもらえない生活のままだったんだろう」
なんだろう、今また何かが引っかかった。散歩もさせてもらえない生活の『まま』?
「っ、勝手に触らないでっ」
だが、後ろから物のように持ち上げられて馬に乗せられたことで、疑問が吹き飛んだ。
「失礼いたしました。それよりちゃんと捕まっていないと落馬されてしまうかと」
「っ、ちょっとっ、あなた、」
「黙らないと舌を噛むかも」
「っ」
獣の香りと足に感じる体温と揺れ、想像以上の高さ。恐怖を感じて馬の背に縋りつく。
そのオーレリアにストゥルツはあろうことか「へっぴり腰ってこういうのか」と吹き出した。
頭に血が上るのがわかった。怒りのあまり全身がわなわな震え出す。
「っ、だからミーナに触ることは許しませんっ。ミーナ、こっちに来なさい」
「馬鹿にすんな、俺らは女に悪さなんかしねえよ」
「生憎とわたくしは簡単に人を信頼しないの」
ミーナを持ち上げて馬に乗せたルッケという男を睨み据える。
美しい顔立ちで睨むと恐ろしい、とカザックから来たフォースンですら言っていたではないか。
今のオーレリアには力も後ろ盾も何もないけれど、せめてあの子ぐらいは……――。
「馬にへばりついた状態で、きりっと悪ぶってみたところで、無意味だろう」
だが、その努力も背後にひらりと乗ったストゥルツによって蹴散らされた。
首だけ動かして涙目で睨んだのに、それすら笑われる。
そして、「ほら、大人しくしてろ」と抱き寄せられた。怒りか羞恥か、頬が熱くなる。
「あ、あの、私、馬、乗れます。だから私がオーレリアさまを乗せて……」
「生憎と俺たちのほうの問題だ。この通りの体格だ、俺とルッケが乗ったら馬がつぶれる」
「あー、そっか……」
無視することもあからさまに見下すことも、ガードネルのように慈悲を漂わせることもなく、ミーナにもごく自然に応じたストゥルツに、オーレリアは眉を跳ね上げた。
(ヴォーバリアは国を名乗り出して間もないという話だけど、この人、一応王という話よね……)
馬の首に縋りつきつつ横目で後ろを見れば、それをどう解釈したのか、
「安心しろ、ルッケが言っていた通り、俺たちに女に悪さする習慣はない。……無理強いしようものなら、いずれ恐ろしい目に遭わせてくる怖い生き物だと、がっつり体に叩き込まれてる」
などと言いながらどこか遠くを見て、彼は身を震わせた。




