12.姦計
「貴国ソ……オーレリア第二王女殿下は、ストゥルツ・シャールゴールが確かに預かった。セルシウス陛下にその旨伝えてくれ」
「お待ちください。我が国王から陛下への親書の奉呈、それから輿入れにあたって貴国に贈る品々及び持参品の目録とその確認を……」
オーレリアをこのまま連れていくとさらりと告げたストゥルツに、ガードネルが渋面となった。
寒風が吹きつけてきて、辺りに漂う血臭を流していく。丘とちょっとした白樺の木立があるだけの荒涼とした風景のただなか、遺体と血痕の散乱するこの場所での彼らのやり取りは常識があるとは言い難いオーレリアにとってもひどく奇妙に思えた。
「親書はもらう。目録、は品物の一覧のことだな、それも。だが、確認はいらない。こんなところで荷など広げようものなら、また襲われる。さっきの奴らの仲間が戻ってきても面倒だ。すぐに引き上げる」
そう言われてなお眉間に皺を寄せるガードネルに、ストゥルツは「大丈夫、あれがないこれがないとか、後でがちゃがちゃ言ったりはしないさ」と軽く告げた。
国として成立して間もないという話だからかもしれない。形式的な外交の儀式などを知らないのか無視しているのか、あくまで実利的に動こうとする彼らの価値観が見え隠れする。
「ですが、あなたのそのやりようは、ハイドランドを蔑ろにするものです」
苦言に、「大陸人の考え方だな」とストゥルツは頬をかいた。
「だが、セルシウス陛下はもちろん、君たちを含めたハイドランド国民を侮辱する意図はない。あくまで安全と、怪我人の具合を考えてのことだ」
「しかし……」
「率直に言うが、この規模の護衛と持参品、大陸諸国の慣例である結婚式もない、そんな状態で外交上の儀礼も何もないだろう」
なおも食い下がったガードネルに、ストゥルツは幌馬車を親指で指しながら身も蓋もなく言ってのけた。傍で聞いていたオーレリアはカッと顔を赤く染める。
「こちらの目的は彼女であって、それ以外は実のところどうでもい――っと」
衝動のままストゥルツへと一歩踏み込み、その野性味のある顔目掛けて手のひらを繰り出せば、その腕をパシッと音を立てて捉まれた。
「二番煎じは食わない」
くすっと笑われ、オーレリアは蠱惑するように微笑みかけた。
彼が眉を跳ね上げた瞬間、その足を踏みつける。
革を縫い合わせて作られたと思しきブーツは想像以上に頑丈そうだったが、ヒールに全体重をかけたのだ。それなりのダメージにはなったらしい。
微かな呻き声と共に顔を歪めたストゥルツに、「こりゃあいい」「すっげえ気の強さ」「頭が惚れるはずだ」などと彼の仲間が爆笑する中、オーレリアは肩に衝撃を受けて引き倒された。
背を地に打ち付けられて、痛みが走る。目の前できらめく白刃に、オーレリアは青い目を見開いた。
「ガラファ、やめろ」
「こいつはストゥルツを侮辱した」
覆い被さってきた陰に、「跪いて許しを乞え」と喉元に短刀を突きつけられた。
その先にある、憎悪に染まった顔に見覚えがあった。ヴォーバリアの戦士たちの中に一人だけいた女性だ。
無造作に切られた金の短髪と荒れた肌、そこに浮かぶそばかす、はしばみ色の瞳、乾いてひび割れた唇、年はオーレリアと同じくらい――冷静に観察しつつ、オーレリアは小首を傾げる。
「脅されてする謝罪に意味があって?」
不思議そうな表情と、柔らかい、女性らしい声を作って囁けば、女の顔が醜く歪んだ。
(つまり意味のない行動とわかってやっている。となると動機は……)
「オーレリアから離れろ、ガラファ……」
「なぜ怒らないっ」
(はねっ返り呼ばわりの次は呼び捨て……――気安いにもほどがある)
微妙に眉を寄せるも、ストゥルツの制止に女が一瞬苦しそうな顔をしたことと、声がヒステリックなものとなったことで確信する。彼女のこの行動の動機はストゥルツへの思慕。
(なら、弱点はその彼に選ばれないこと)
暇で仕方がなく、他人を見下すことにしか喜びを見出せない母や侍女、令嬢たちに囲まれてずっと生きてきた。仮面を被る彼女たちの内心をつかみ、操ることのできるオーレリアにとって、こんなふうに感情をむき出しにする女など赤子も同然だ。
「……」
笑い出しそうになるのを抑えて、オーレリアは困惑と悲しみが見える表情を作り上げて彼女を見つめた。
可憐さと儚さが際立つこの仮面は、この手の女性が最も羨み、同時に嫌悪する類の表情だ。そうと知っていて挑発したせいだろう、案の定彼女は怒りで顔を真っ赤にした。
「この女っ、そのおきれいな顔をぐちゃぐちゃにしてや――」
「ガラファ」
ブンっという音と共に、オーレリアにまたがって首を絞めていた女性の喉へと槍の穂先が突きつけられた。
先端が肌に触れているせいだろう、上気していた顔が見る間に蒼褪めていく。
目だけを動かして槍の主、ストゥルツを見れば、さっきまでの穏やかな感じは消え失せ、ぞっとするような冷たい顔をしていた。
陽気そのものだったヴォーバリア人たちも今は誰一人笑っていない。空気が一変している。
「だ、だって、こいつ、助けてもらったのに礼一つ言ってないし」
「助けてと言ったわけでもない相手に恩着せがましいこと」
「っ、このくそアマっ、殺してやるっ」
さえずるように笑えば、目論見通り目の前の相手は激昂した。
その瞬間、視界の端に小柄な影が横切った。ガラファと呼ばれた人の体が横にふっ飛び、オーレリアの上から負荷が消える。
「……ミーナ?」
「何すんのさっ」
両腕を前に突き出した彼女は、跳ね起きたガラファから庇うようにオーレリアの前に出る。泣きそうな顔をしている。
「っ、いい加減になさいっ」
「嫌ですっ、さっきからわざと危ないことばっかりやっていらっしゃいますっ」
震えたまま「オ、オーレリアさまを殺す気なら、さ、先に私から」とガラファに向き直ったミーナを、今度はオーレリアが引き倒した。
「目障り極まりない。ガードネル、あなたたちもよ。私を守り切れなかったことは見逃してあげるから、この子を連れてさっさと消えなさい」
身を起こしてミーナの襟首をつかんで引き摺り、自分の陰へと手荒に放り入れる。
ハイドランド騎士たちをじろりと見渡した後、順にヴォーバリア人たちを眺め、最後にストゥルツに顔を向けた。
「……オーレリア・メルケ・キ・ハイドランド」
彼に確かめるように名を呼ばれて、オーレリアは口の両端を吊り上げる。
「そう、わたくしがハイドランド王国第一王女オーレリア――“たおやかで可憐な雪の妖精”」
目以外の部分で笑うオーレリアにストゥルツが、「噂というのは、やはりあてにならないらしい」と同じ顔を返してきた。
「噂噂噂……なら、私がハイドランドで何をして、何をしなかったか、聞いているのでしょう」
「父王が殺され、その仇が城で我がもの顔に振る舞う中、知らん顔を決め込んだと」
「『怖くて怖くてどうしようもなくて……』」
消え入りそうな声で、だが、顔に薄ら笑いを浮かべて話すオーレリアに「そんなか弱い性格じゃなさそうだ」と彼は静かに返してくる。
「ご明察。父が死のうが、誰が死のうが知った話じゃない――こんな国、滅べばいい」
「オーレリア殿下っ」
笑い捨てたオーレリアに、ガードネルが気色ばむ。
だが、ストゥルツは楽しそうに笑い出した。
「まさに傾国の美女だな。救国の妹姫とは対照的だ。あっちはお伽話に出てきそうな、優しい王女さまらしいからな」
比較に顔が歪みそうになるも押し隠し、「ソフィーナじゃなくて残念ね」と微笑んだ。
「ご愁傷さま、疫病神をまんまと押しつけられたヴォーバリア国王陛下」
「疫病神?」
「物的にも人的にもわたくしの輿入れは貧相だと言ったでしょう。正解です。ハイドランドで殺すに殺せず持て余していたわたくしの押し付け先を探して、あなたに白羽の矢が立った――『外国に人質としてやってしまえ、殺されてもかまわない、それはそれで交渉材料になる』という話。どう? まさに疫病神でしょう」
くすくすと笑いながら「お気の毒だこと」と続けるオーレリアに、引いていたヴォーバリア人たちが我に返った。
「ストゥルツ、聞いていた話とまったく違う……。綺麗なだけの姫さんで、甘やかしてりゃいいって話じゃなかったのか……」
「そんな話をした覚えはない。それこそただの噂だ」
ストゥルツの斜め後ろにいる頬から右目にかけて傷跡のある男が、警戒を露わにオーレリアを見つめる。口調から判断するに、ストゥルツとは近しいようだ。彼の言葉にも訛りはない。
「頭、メィムシュの言う通り、こいつ、気ぃ強えどころじゃなく、とんでもねえ悪女ですよ……。怪我してまで自分を守ろうとした騎士さんや、ガラファから庇った嬢ちゃんへの態度だってひでえもんだ」
「……殺しちまうか、今なら盗賊どものせいにできる」
「そ、そうだよ、こんな女、ストゥルツにもヴォーバリアにも相応しくないっ」
黙ったままオーレリアを見つめるストゥルツを横目に、ヴォーバリアの戦士たちがにじり寄ってくる。
その彼らを「あら、懸命なこと――見た目と違って」とにこやかに煽り、顔に血の気を上らせた姿をせせら笑った。
ここで殺されるならそれでかまわない。
兄が個人的にオーレリアを嫌い、死んでもかまわないと思っていたとしても、国の面子は別問題だ。『ハイドランド王女』を殺したヴォーバリアを『ハイドランド王』は放置できない――せいぜい揉めればいい。
だが、ハイドランドとヴォーバリア、双方に災禍をもたらすためには、オーレリアがヴォーバリアに殺されたという証言がいる。
(そのためにもガードネルたちを生きてハイドに帰らせなくてならない)
オーレリアがストゥルツの立場なら、この場のハイドランド人はオーレリアもろとも全滅させる。
そして、ハイドランドには『残念ながら助けが間に合わず、憐れ、王女は自国の騎士もろとも盗賊に殺されました』とでも言うだろう。
さっき逃げた盗賊に証言されることを懸念するなら、襲撃後に騎士たちがオーレリアを殺し、その無念を晴らすべく、ヴォーバリア人が騎士たちを討ったということにしてもいい。
(そうさせないためにすべきは……)
「ああ、でもちょっと待ってくださる?」
ガードネルの元へとつかつかと歩いていき、「このわたくしに散々生意気なことを言って――身の程知らずが」と言って、その顔を全力で打ち据えた。
「っ、やめろっ、最低だな、あんた」
「屑が」
「ストゥルツ、この女は殺すとして、こいつらはいいだろう?」
ヴォーバリア人たちがガードネルをオーレリアから引き離す。
彼らの同情がまんまとガードネルに向いたことを感じて、オーレリアはほくそ笑む。
おそらく戦闘に長け、力による解決を繰り返してきた民族なのだろう。情を重んじるのもそれが理由。代わりに、腹芸にはとんと疎い。
場を支配できているという確信と共に、オーレリアは事態を無表情に見つめるストゥルツへと注意を移した。




