37.どっち?
騎士団と傭兵団は祝福を受け、それぞれ決戦の地へと旅立っていった。最後の一人の背中が町の外へ消えていくまで見送ると、私は胸の前でそっと両手を組む。
――どうか、みんなが無事に帰ってきますように。
その祈りは、私だけのものではなかった。その日から、教会には朝早くから夜遅くまで、ひっきりなしに町の人たちが訪れるようになった。
誰もが不安を抱えながら、それでも女神様を信じて礼拝堂へ足を運び、静かに祈りを捧げていた。
「どうか、生きて帰ってきますように」
「お願いです。あの人を守ってください」
「町のみんなを、お救いください」
一つ一つの祈りは小さくても、その想いはとても強く、礼拝堂は毎日のように祈りで満たされていった。
私は聖女として、そのすべてを受け止める。祈りを聞き、一人ひとりに寄り添い、女神様へその願いを届ける。
祈りは目に見えるものではない。だけど、たくさんの想いが一つになると、不思議と礼拝堂全体が優しい温もりに包まれていくような気がした。
そして、その中心にいる私もまた、誰よりも強く祈り続けた。
フィオナ様。シグリッドさん。アイリス。
どうか、どうか無事でいてください。戦いに勝つことよりも、英雄になることよりも、ただ、生きて帰ってきてほしい。
その願いだけは、一日たりとも途切れることはなかった。けれど、戦いが長引くにつれ、町にも少しずつ不安が広がっていく。
一日目は「きっと大丈夫」。三日目は「まだ戦っているのだろう」。五日目になると、礼拝堂で泣き崩れる人も現れ始めた。
七日目には、「もし負けたら、この町はどうなるのだ」という声まで聞こえるようになっていた。恐怖は人から人へ伝わり、不安は静かに町全体へ広がっていく。
だから私は、祈るだけでは終わらせなかった。礼拝堂へ集まった人たちへ優しく声を掛け、女神様の教えを語り、不安で眠れない人の話を夜遅くまで聞き続けた。
時には広場で小さな集会を開き、「きっと帰ってきます」と何度も伝え続ける。
私自身だって不安だった。胸が押し潰されそうな夜もあった。それでも、私まで俯いてしまったら、この町の人たちはもっと不安になってしまう。
だから私は笑った。大丈夫だと信じ続けた。あの二人がいるから、きっとみんなが帰ってきてくれると。
そうして、十日目の朝――激しい馬の蹄の音が響き渡った。
「伝令!」
誰かが叫ぶ。外へ出ると、伝令の騎士は馬上で息を切らしながら、それでも町中へ響き渡るほどの大声で叫んだ。
「勝利ッ! 魔王軍を撃退! 六魔将軍、討ち取ったり!」
通りにはどよめきが広がっていた。誰もが耳を疑い、息を呑んだ。そして、伝令は誇らしげに胸を張り、続けて叫んだ。
「六魔将軍を討ち取ったのは――輝剣の姫騎士フィオナ殿! そして、万敵殺しの女傭兵シグリッド殿である!」
その瞬間――歓声が町中を揺らした。
「やったぁぁぁ!」
「勝ったんだ!」
「助かった……!」
涙を流しながら抱き合う人。その場で膝をつき、女神へ感謝の祈りを捧げる人。子どもたちは飛び跳ね、大人たちは互いの肩を叩き合って喜びを分かち合う。
教会の鐘も、高らかに勝利を告げるように鳴り響いた。魔王軍の大攻勢を見事に退けただけではない。これまで幾つもの町を滅ぼしてきた難敵――六魔将軍までも討ち果たしたのだ。
その歴史的な勝利に、町は歓喜と祝福に包まれた。私も胸の前で両手を組み、込み上げる涙を拭いながら空を見上げる。
――良かった。本当に、良かった。二人が無事でいてくれて。
◇
町の門がゆっくりと開かれ、その先から戦士たちが凱旋した。通りは帰還を待ちわびていた町の人々で埋め尽くされ、祝福を込めた花びらが空から降り注ぐ。
戻ってきた戦士たちは皆、安堵と喜びに満ちた笑みを浮かべていた。そして、人混みの中に大切な人の姿を見つけると、迷うことなく駆け寄っていく。
あちこちで抱き合い、涙を流し、無事を喜び合う声が響く。その光景は、町中が幸せで満たされているようだった。
そして――私の前にも。
「アイリス!」
「リアナ!」
人の波の向こうに、見慣れた金髪が揺れる。
その姿を見つけた瞬間、胸の奥から込み上げるものを抑えきれず、私は駆け出した。アイリスも同じようにこちらへ走ってきて、お互いの腕が届いた瞬間、強く抱きしめ合う。
「良かった、無事に帰ってきてくれたんですね!」
「私が死ぬわけなかろう! なんて言ったって、天才魔法使いじゃからな!」
「ふふっ、アイリスはそればかり……。でも、天才で良かった……無事に帰ってきてくれたから」
お互いに体を離し笑い合う。それだけで、幸せな気持ちになる。本当に無事に戻ってきてくれて良かった。
「まぁ、今回はフィオナとシグリッドに活躍の場を取られてしまったがな……。なんでも、ものすごい祝福の力が発動したとかで」
「えっ、あっ、そ……そうなんですね……」
「まるで最強の祝福の効果だったらしい。はて、その話はどこかで聞いた覚えが……」
「うっ……そ、そんな事よりもお二人はどこですか?」
「二人なら後ろの方で揉みくちゃにされているぞ。もう少ししたら来るはずじゃ。……じゃが、このまま会わせてもいいものか……」
「えっ? それはどういうことですか?」
「……まぁ、会えば分かる」
もしかして、何か怪我をしているということだろうか? そう思うと、不安が一気に襲ってきた。
二人は本当に大丈夫なんだろうか? 緊張しながら待っていると、賑やかな一団が近づいてきた。
その一団の中心にはフィオナ様とシグリッドさんがいて、仲間や町の人たちに揉みくちゃにしながら歩いている姿が見えた。
怪我もなく、五体満足だ。よ、良かった……怪我をしているということじゃなかったみたいだ。
ホッとして、二人と見つめていると――その二人の視線がこっちに向いた。すると、パァッと明るい表情になり、一直線にこちらに向かってくる。
なんか、ものすごい勢いで迫ってくるんだけど……。言いようもない圧を感じて逃げ出しそうになるのを、グッと堪える。
「リアナ、会いたかった!」
「戻ってきたよ、リアナ!」
「お、お二人とも……無事に帰ってきてくれてホッとしました」
その圧に押されながらも、なんとか持ちこたえることが出来た。だけど、間髪入れずに二人は私の手を取った。
「……えっ?」
「で、リアナはどっちが好きなの? 最初にキスしてくれた私?」
「リアナの気持ち教えて欲しい。だって、好きだからキスしてくれたんだよね」
「えっ、あっ、そ、それはっ」
あの時のことを持ち出されて、顔が熱くなる。そ、そういえば……好きな人とは唇のキスはしないって、私が言っていたような……。
ということは、二人はそういう風に思っているってこと? どどど、どうしよう……。そんなこと、全然考えてない!
「えっと、あの……あれは戦いに行く二人を思ってしたことなので、そのことは……考えていませんでした……」
緊張しながら正直に話すと、二人は分かりやすくショックを受けた顔をした。そして、ガックリと顔を下に向けた。
あっ、悪い事……言っちゃったかな。で、でも……好きとか分からないし……嘘を言うのは違うしっ!
心の中で葛藤をしていると、しばらく項垂れていた二人がゆっくりと顔を上げる。その目は力強く、私を射抜いた。
「……分かった。まだ、リアナの心を射止めていないってことだね。そういうことなら、これからもリアナを口説く」
「えっ?」
「リアナがちゃんと気持ちを自覚してくれる時まで、何度でも言うよ。リアナが好きだって。そして、リアナの気持ちが欲しい」
「えぇっ!?」
ちょっ、まっ……! ま、またあんな風に迫られるってことっ!?
「いいぞー! もっとやれー!」
「どうなるか、気になるわね!」
「この町の名物になりそうだな!」
その時、周りから声が上がった。みんな面白そうな顔をして、やり取りをみている。……えっ、これ……町のみんなにバレている展開では!?
そそそっ、そんなのド陰キャには耐えられない展開! やめて! 誰も、注目しないで! ライフが、ライフがゼロになるから!
周りに見られる恥ずかしさがあるのに、二人は私の手を離そうとはしない。
フィオナ様は私の手をそっと持ち上げると、その甲に優しく口づけを落とした。
「君を守りたい。君の隣に立ちたい。だから今度は、祝福が欲しいからじゃない。リアナ、君自身を迎えに来る。君が振り向いてくれるまで、私は何度でも格好良く口説くよ。いつか君が照れながら『好き』と言ってくれる、その日までね」
向けてくる笑顔はキラキラしていて眩しくて、見ているだけで鼓動が跳ねる。
「その時は、この手を取って堂々と私の隣を歩いてほしい。世界中の誰よりも幸せにすると、私は騎士の誓いにかけて約束する」 ひゃっ……!? あまりにも王子様みたいな笑顔に、心臓がどくんと大きく跳ねる。
すると今度は、シグリッドさんが空いている方の手を包み込むように握った。
「リアナ。焦って好きにならなくていい。怖かったら逃げてもいいし、困ったら私の後ろに隠れていい。君は君のままでいてくれれば、それだけで十分だから」
優しく微笑みながら、そっと親指で私の手を撫でる。
「だから私は待つよ。何年でも、何十年でも。君が私を見つめて、『この人と一緒にいたい』って思ってくれる日まで。それまでは、毎日でも君を甘やかして、幸せにしてみせる」
「ひぇぇぇぇっ!?」
甘すぎる言葉に頭が真っ白になる。しかも左右から逃げ道を塞がれているせいで、どこにも逃げられない。
ド陰キャにはこれは無理がある! お願いだから、平穏な日々を返してー!




