10.どうしてこうなった!?
「アイリスには面倒をかけます……」
「まぁ、任せておけ。私に任せれば、解決じゃ!」
「あ、ありがとうございます!」
これで、二人がキスを狙ってくることを諦めてくれたら、嬉しい。二人にこんなド陰キャとキスをするという汚名を着せなくて良くなるし、二人の威厳も保てると思う!
……でも、構ってくれたのは素直に嬉しかった。それがなくなるのは残念だけど、普通に戻るだけだ。私はこれからも部屋の隅っこで生きるホコリになる!
決意を新たに教会に戻ると、建物の入口の所を見て――鼓動が高鳴った。なんで、そこに二人がいるの?
「……リアナ!」
「戻ってきた!」
フィオナ様とシグリッドさんがこちらを見て、すぐに駆け寄ってきた。
「どうして、お二人が?」
「それは……リアナが唇の祝福の研究のために連れていかれたって聞いて、心配になって」
「本当に同意はあったの? 無理やりじゃなかった? なんともなかった?」
切羽詰まったように距離を縮めてくる。その圧に負けて後ろに下がると、アイリスが前に出てくれた。
「私がリアナを連れてったアイリスじゃ。昔からの縁のある関係じゃから、安心してもらってもいい」
アイリスが自己紹介をすると、フィオナ様が驚いたように目を見開く。
「アイリス……叡智の魔女と言われた天才魔法使いか。まさか、そんな人とリアナが関係だったとは。いや、それは関係ない。リアナに酷いことをしなかった? 研究として、同意のないことはしなかった?」
「……研究するのが気に食わない。リアナは実験道具じゃない。もし泣かせるようなことをしたなら、相手が叡智の魔女でも容赦しない」
二人が鋭い視線でアイリスを睨みつける。空気はピリついていて、体が萎縮してしまう。
だけど、そんな雰囲気なのに――アイリスは品定めするようにジト目で二人を睨み返す。わ、私は一体どうすれば!?
「……ふーん、そう言うこと。まっ、本当だとしても、リアナを傷つけるようなら、こっちは容赦しないだけなんじゃがな」
「えっ? アイリス、何を言って……」
まるで、喧嘩を買うような台詞に肝が冷える。堪らず前に出て、両者を離れさせようとすると――手を引かれてアイリスに抱きしめられる。
「いやー、唇のキスの祝福研究はとても捗ったのう。やはり実際に試してみるのが一番じゃな。おかげで色々と分かったのじゃ」
アイリスがわざとらしく満足そうに頷く。
「なっ!?」
「……本当に?」
「えっ?」
ななな、何を言っているの!? そんなこと、全然しなかったのに! そんな嘘、状況を悪化させるだけだよ!
私は慌ててアイリスを見上げるが、当の本人はにやにやと笑っているだけだった。
「やはり、私たちは幼馴染だからとても強い祝福の力が発動したんじゃ! ふっふっふっ、どうして幼馴染だから強い祝福が出たか、知りたいか?」
待って、待って、待って! そんなことしてないから! そんな設定もなかったから! どうして、そんな二人を煽るようなことを!?
心配になって二人を見ていると、ショックを受けたように呆然としている様子だった。嘘の設定に興味がないような、そんな感じだ。
「……無理やりだったのではないか?」
「許さない」
……えっ? 唇への祝福の力を狙っているなら、そこは違う質問が来るはずじゃ。なのに、二人はアイリスを敵視しているように睨みつけている。
だけど、それにアイリスは怯まない。それどころか、余裕のある顔をして鋭い目で二人を見る。
「なんじゃ、祝福の事を詳しく知りたいのではないのか? だって、二人はリアナの最強の祝福を授けてもらいたいのじゃろう?」
「大事なのはそこじゃない。リアナの気持ちを優先させるべきよ」
「嫌なことをさせても、辛い思いをさせてしまう。そんなことは絶対にしない」
……二人とも私の気持ちを第一に考えてくれた? 最強の祝福が欲しかったら、そこまで考えないよね? どうして、そこまで私のことを考えてくれるの?
まさか、最強の祝福を貰うのが目的じゃない、とか? いや、でも……私はただの祝福係で、本当にそれしか価値がなくて、二人のためになるようなことは何も……。
「嫌なわけがなかろう。だって、私たちは幼馴染なんじゃから。当然、好き合っている関係じゃ!」
いや、さっきからアイリスは何を言っているの!? どうして、二人に対抗する事ばかり! これじゃあ、二人は!
恐る恐る見てみると、二人の顔が憤怒に変わっているのが見えた。
ほら、煽ってる! めちゃくちゃ、対抗心燃やしているよ! やめて、これ以上煽るのは!
「好き合ってもいないお前たちには当然キスなんて出来ないのう! はははっ、ざまぁっ!」
ああぁぁああああ! そ、そんな……そんなこと言ったら――。
「……心配しなくてもいい。絶対に君以上にリアナを好きにさせる」
「……負けない。あたしはリアナが笑っていられる場所になる。だから、お前が幼馴染だろうと関係ない」
ほらぁぁああっ! やっぱり、もっと過剰になったぁぁああっ! もう、もう、もう! これをどうしろっていうのぉぉおおおっ!
アイリスの馬鹿ぁぁああああっ!
◇
「うぅ……アイリスの馬鹿……」
強烈な二度目の宣戦布告に心身共々疲れ果てた。私の安寧のすみっこぐらしは一体どこに……。可笑しい、私はホコリだったはずだ。いつのまに人間になったんだ?
ふらふらとしながら部屋に戻って、顔を上げた時――机の上に一通の手紙が置かれていたのが見えた。
「あれ? 誰からだろう……妹からかな?」
そう思って、何気なく封筒の宛名書きを見た。その瞬間、体中が凍り付いた。
「――あっ」
見たくない名前がそこに記されてあった。固く凍り付いた手が震えだし、封筒を机に落とす。
――また、あの人からの手紙。私が追放されても尚、関係を断ってくれない。私は忘れたいのに、過去がずっと付きまとってくる。
その名前を見たくなかった。封筒を手にすると、いつものように見ないでゴミ箱に捨てる。
何事もなかったかのようにベッドに腰かける。だけど、あの人の記憶が蘇って、体が震える。もう、忘れてしまいたいのに、忘れられない。
そっと、唇に指を当てて、ギュッと握る。
「もう、唇のキスはしない」
第一章、完。




