1.根回しと大義名分
栄吉がまず向かったのは、大阪市役所……ではなく、ミナミの街を牛耳る商店街振興組合の理事会だった。
「道頓堀を、世界一面白い『公式ダイビングスポット』にする?」
理事長の金成が、呆れたように眼鏡をずらした。
「栄吉、お前また無茶苦茶なことを……。今はコンプライアンスの時代やぞ。川に飛び込むなんて、行政が許すわけないやろ」
「理事長、逆ですわ。コンプライアンスがうるさい今やからこそ、『安全に、清潔に、公認で飛び込む』仕組みを作るんです。これは単なる悪ふざけやない。大阪の観光資源を守り、かつ市民のストレスを爆発させる『聖域』を作るプロジェクトなんですわ」
栄吉は、徹夜で書き上げた企画書を広げた。
そこには、驚くべき計画が記されていた。
一、道頓堀川の徹底的な底浚いと清掃。
二、飛び込み場所の特定と、水深・安全性の確保。
三、飛び込んだ後の「ケア」を完璧にするためのインフラ整備。
「今のままやと、優勝したらまた警察とファンがいたちごっこをして、結局は『大阪はマナーが悪い』と言われて終わるだけです。でも、もしここを『世界一安全な飛び込みスポット』として自治体が認定したらどうなります? 世界中のメディアが食いつきますよ。『流石は大阪、やることが粋や』ってな」
「粋……か。……面白いやないか」
金成の目が、かつての「悪ガキ」のそれに変わった。
「ええか栄吉、やるなら徹底的にやれ。行政の連中は『理屈』じゃ動かんが、『面子』と『経済効果』には弱い。俺が市長の耳に入れたる」
大阪の人間が本気になった時のスピード感は、新幹線よりも速い。
翌週には、地元選出の議員、観光協会の重鎮、そして警察庁のOBまでを巻き込んだ「道頓堀親水活用実行委員会」が発足した。
表向きの目的は「河川環境の改善と親水性の向上」。だが、その裏にある真の目的は、阪神タイガース優勝の瞬間に、誰もが笑顔でダイブできる環境を整えることだった。




