プロローグ
道頓堀川の底には、人々の欲望と、捨て去られた夢と、そして時折、沈められたはずのカーネル・サンダース像が眠っている。
大阪という街において、その川は単なる河川ではない。それは街の血流であり、熱狂のバロメーターだ。しかし、ここ数十年の道頓堀川は、どこか牙を抜かれたような、妙に「お行儀の良い」顔をしていた。
「……何が『世界に誇れるクリーンな観光地』や。笑わせよるわ」
道頓堀の老舗お好み焼き店『でん』の店主、荒木栄吉は、テレビ画面を見つめて吐き捨てた。画面の中では、行政の担当者が「道頓堀川への飛び込みは、極めて危険な行為です。絶対にやめてください」と、いかにも真面目な顔で呼びかけていた。
そのニュースのコメント欄には、冷ややかな言葉が並ぶ。
《大阪も普通になったな》《昔のむちゃくちゃな活気が懐かしい》《結局、お上の言うことに従うだけの、つまらん街になったんや》
栄吉にとって、それは「死ね」と言われるよりも辛い言葉だった。
大阪の人間は、死ぬことよりも「おもんない」と思われることを恐れる。かつて阪神タイガースが優勝した際、誰に命じられることもなく人々が道頓堀に飛び込んだあの狂気。あれは単なる迷惑行為ではない。大阪人の「阿呆」の証明であり、生命の謳歌だったのだ。
だが、現実は厳しい。川の水質は一時期より改善したとはいえ、依然として大腸菌の巣窟だ。飛び込めば警察に叱られ、ネットで叩かれ、さらには健康を害する。
「ルールやから。危ないから。汚いから。……そんな言い訳で、俺らの魂まで殺されてたまるか」
栄吉は、カウンターに置いてあったスポーツ新聞をひったくった。一面には大きく、【阪神タイガース、マジック点灯間近!】の文字が躍っている。
今年のタイガースは、強い。このままいけば、間違いなくあの「その時」がやってくる。
栄吉は、目の前の鉄板で焼けている豚玉をひっくり返すと、決意を込めて言った。
「よし。……飛び込ませたる。合法的に、最高に面白く、誰にも文句言わせへん形でな」
これが、後に「道頓堀ルネサンス」と呼ばれることになる、大阪の大人たちが仕掛けた壮大な「阿呆の企み」の始まりだった。




