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Bloody Bless  作者: 館長さん
第1章:北方第6前線基地編

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第4話:一人はみんなのために、みんなは一人のために⑧

『ええと、つまりどういうことなんだ?』


 まだ状況を理解しきれていないらしいリュオンが、困惑した声を通信に乗せる。そんな彼に対し、リルはいつもと変わらない調子で補足を入れてくれた。


『“困りました”ね。私と“ハンマーヘッド”は、命令により敵皇獣(おうじゅう)に手出しができません。同様に、“ドルフィン”も“オウカ”も動ける状態ではありません。ああ、“困りました”。これでは逃げる敵を誰も追いかけることができません』


『くっ、とんだ茶番ではないか……!』


 リュオンが理解するよりも先に、神官が反応した。


 リルに共有してもらっているスピーカーポッドが、ガラスが割れる音を拾う。恐らく、窓を破って屋外に飛び出したのだろう。神使とかいう、大型バジリスクの背に、騎乗するためにだ。


 背後から振動が伝わってくる。俺はそれが、皇獣(おうじゅう)が動き出したためのものであることを、全身で感じ取っていた。


「ああ、本当に“困った”な。この機体の状態じゃ、逃げる皇獣(おうじゅう)を追いかけることはできない。“ノーチラス”、人質は?」


『全員無事です、連れ出された者もいません。皇獣(おうじゅう)、戦域を高速で離脱していきます。距離五百……千……』


「そうかい、そいつは“困った”な。おい、CCC(戦術管制室)! 目標を見失った、砲撃を止めさせろ! 残り十秒を切ってるんだぞ!」


『全くもって“困った”ものだが、仕方あるまい。“オウカ”、命令だ。直ちに砲撃を停止せよ。バジリスクの毒は中和済みだな? 歩兵部隊を目標施設に突撃させろ、急げ!』


 ガネット中佐の言葉が回線に落ちた瞬間、視界の端でカウントダウンが零秒を指す寸前に凍りついた。


 直後、クローディアのギガントから、身を切るような金属のきしみ音が上がる。強制的な電力遮断(アボート)だ。


 射出の瞬間を待っていた膨大な電荷が、行き場を失ってコンデンサへと逆流し、機体各部の放電索から青白い火花が爆ぜる。その余波で、周囲の廃墟が冷たく照らし出された。


(止まった……助かったか)


 思考を蝕んでいた高周波の充填音が、重力に抗うようにそのピッチを落としていく。


 フル回転していたクローディア機のエンジンが回転速度を急速に落とし、真っ赤に熱を帯びていた砲身の根本から、高圧の冷却材が白い蒸気となって噴き出した。

 全方位に展開されていた自動迎撃モードの機銃銃身が、重厚な油圧の唸りとともに装甲の裏側へと収納されていく。


 路面に深く突き刺さっていた接地アンカーが、火花を散らしながら引き抜かれた。巨大な鉄の足が、ようやく殺意に満ちた踏ん張りを解く。


 残されたのは、半壊した医療施設と、リュオンとリルの機体。そして、俺のスクラップ同然の愛機を至近距離で見下ろしたまま、震える手でゆっくりと巨大な砲身を下げた、クローディアのギガントだけだった。


「……は」


 乾いた溜息が、喉の奥から漏れた。


 動かないトリオンのコクピットの中で、全身の強張りが解けていく。汗でべたついた操縦桿から指を離し、熱を帯びたシートに深く背中を預ける。


 あの破滅の射線上から、俺は生き残ることができたのだ。


「やった、のか。おい、“ノーチラス”……今のは流石に、寿命が数年分は縮んだぞ」


『普段の行いから逆算すれば、とっくに天寿を全うしている年齢になってしまいますね、准尉。二階級特進、おめでとうございます。“ノーチラス”よりCCC(戦術管制室)へ、Din-Out(状況終了)


 リルの、いつも通りの、だが心なしか微かに震えているようにも聞こえる声。それだけを確認して、俺は重い瞼を閉じた。


 が、静まり返った戦場に、混濁した通信が割り込んできた。クローディアのギガントが、機能を無理やり呼び起こした獣のように、小刻みに機体を震わせている。


『どういうつもりだ。説明しろ、准尉!』


 発せられたのは、軍人としての仮面を繋ぎ止めるための、虚勢に満ちた怒声だ。


 あまりにも。あまりにも、今さらすぎる。


『なぜ私の射線に割り込んだ! 貴様の勝手な行動のせいで、作戦完了時刻が十分も遅延している。機体もこの有り様だ。軍人として、この失態をどう責任取るつもりだ!』


 責任、か。自分の意志を放棄した人間が口にするには、あまりに滑稽な言葉だった。シートに体を預けたまま、俺は鼻で笑ってみせる。


『遅延だと? その十分のおかげで、施設の人間は全員無傷だ。何か問題はあるか?」


『ふざけるな!』


 クローディアの叫びとともに、スピーカーから漏れるノイズが激しくなる。彼女のメッキが剥がれ、素の口調が混じり始めた。


CCC(戦術管制室)は敵の殲滅を命じた! 命令は絶対だ! 犠牲が出るのは私のせいじゃない。状況が、CCC(戦術管制室)がそう判断したから! お前が口を挟む領域じゃない!』


「ああ、そうだな。CCC(戦術管制室)は敵を倒せと言った。だが――」


 俺は、ひび割れたモニターに映る彼女の機体を、静かに、しかし厳しい目で見据える。


「中の国民ごとブチ抜けとまで言ったか?」


『……っ、そんなの、言葉の揚げ足取りだろう! 施設を壊せば中が無事なはずがない! 私は忠実に、確実に任務をこなそうとしただけ! 私は間違ってない、悪いのは命令を無視したお前の方だ!』


 彼女の言葉は、もはや反論ではなく、自分を正当化するための必死な拒絶だった。


 深く溜息をつき、静かに、だが重く言葉を置く。


「命令無視、か。俺はちゃんと仕事はこなしたつもりだがね。現に人質は救出され、事件は終わった。死傷者がゼロだったのは、まあ……たまたまだな」


 俺は、指先でコンソールの機能を一つずつ落としていく。


「自分の頭で考えるのをやめて、ただ数字をなぞるのは機械だけで十分だ。そんなものは指揮官とは呼ばない。いいか中尉。次に俺を撃つときは、CCC(戦術管制室)の許可じゃなく、お前自身の意思で引き金を引け。自分の決断の結果を、全部一人で背負う覚悟を決めてからだ」


 一拍、置いて。


「それでも撃つというなら、俺も隊長の命令に納得して死んでやる。意志のない“砲撃管制パーツ”に撃たれるのは御免だがな」


 回線が、ぷつりと切れた。


 クローディア機は沈黙し、ただ排気ダクトから吐き出される白い蒸気だけが、彼女の乱れた呼気のように夜の闇に消えていく。


 俺は、溶けかけたカメラのレンズ越しに、雲ひとつ無い空を見上げる。時折、大小様々な飛行型皇獣(おうじゅう)が、下界の些事など気にする素振りもなく、はるか上空を悠々と飛び去っていった。


「“ドルフィン”、Din-Out(作戦終了)だ……」

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