第1章11話 狂殺のメニーナ(1st time)
魂が現実のに肉体へ戻ってくる。
それと同時に命の燃えカスで汚れた空気が我先にと私の体内に侵入してきた。
今、神域から戻った。
いや、送り返されてきた。
赤城が少年に追い詰められていく。
「どうにかしないと……」
言葉が霧散する。
本来ならここで終わってしまうはずだが、私は体の違和感に気付いた。
手と足についていた鉄の鎖は、むしりとられるように外れていた。
一瞬で神がやってくれたことだと理解する。
「さあ、もうおしまいだよ」
ミランがナイフを赤城に向けた。
もう私のやるべきことは分かっていた。
体が加速してナイフをミランに向け返す。
「死ぬのはお前だ!」
加速空間で叫んだ言葉と連携するようにナイフを振り下ろす。
その瞬間ナイフは肉の隙間をくぐるように、どんどん中に入っていく。
加速が強制解除され、ミランの臓器が抉れた。
「ぐわぁぁぁッ!」
「え!?何で!?」
ミランが痛みに顔を歪めて叫び、ミリンが驚きを隠せない様子で叫ぶ。
それもそのはずで、
決して外れることのない手錠が砕かれていたのだから。
「一旦撤退!お兄ちゃんを守りなさい!」
「「「「はッ!」」」」
ミリンが反魔法軍に命令すると逃げるように人間一人一人が消えていく。
少し反抗してやろうとミランの死体を持ち帰ろうとしたが、
加速魔法者の方が圧倒的に速かった。
わずか30秒もたたないうちに、反魔法軍は姿を消した。
なぜこんなに速くされたのかと思う。
「多分だけどさぁ、生徒会員とか先生とかほとんど死んじゃったんじゃないのぉ?」
赤城が私の心を見透かしたように喋ってきた。
エクレア高校はすごい勢いで炎の海に飲み込まれていく。
「生徒は全滅しちゃったのかな……?」
脳に浮かんだ言葉が阿呆みたいにこぼれ出す。
体が勝手に赤城に近づいてひじから先の無い左手の応急処置の作業をしていた。
「ぉぉ、ありがとね。
全滅したんじゃないかなぁ?人の気配は感じないし」
「……確かに」
これで会話が途切れると思って肩を貸してあげようとすると彼の右手がそれを止めさせた。
「今から君に3つ質問をする。出来れば最後のは問いたくないんだけどねぇ」
「……質問?」
だんだん火がこちらにも回ってくる。
速く移動しないとやばいような気がするが……
「それから逃げてもおそらく間に合うと思うよぉ?
1つ目、君はどうやって鎖を外したのかなぁ?」
言葉が詰まる。
生徒会の聞き取り調査の時の感覚に似ていた。
だが、今は私の足には何も守りたいものはついていない。
勿論、弥生も。
神は存在を隠せとか言ってなかったし言っても大丈夫だろう。
「神域かなぁ?」
口を開こうとしたとき最初に声を発したのは赤城の方だった。
彼は何かを知っている、と、悟る。
「うん、マナリアって言う子が神を名乗ってた」
その答えに彼の表情が少し揺らいだが、
すぐにいつもの余裕ぶった表情を取り戻していた。
「なるほどねぇ、やっぱり君が最初に神域に到達するとはねぇ。
……素直に尊敬するよ」
「別に私は何もやってないような気がするんだけど……」
「いいんや、君は僕らの希望だよ。
そこは弥生先生も同じことを思っていると思うよぉ」
「……弥生は関係ないえしょ?」
正直、赤城が言いたいことは8割くらい理解できなかった。
けど、彼が喜んでくれた事、尊敬してくれた事、
それだけで私は充分だった。
胸の中が熱くなる。
いや、心地いい暖かさだ。
私はこの感情が何だか知っている。
多分恋だと思う。
私は赤城悠太の事が好きなのだ。
けど、私にそれを伝える勇気はない。
それに、彼は尊敬していると言ってくれたが、いじめられた過去の記憶が足を引っ張る。
赤城と私は立場的にも知識でも釣り合わない。
私は赤城よりはるかに劣等なんだから。
「それでは、2つ目。
君はこれから弥生先生に会ってもらう事になる。
大人しく出来るねぇ?」
そんなことを思っていると私の気持ちを知らない赤城は、
再び口を開いた。
会話の内容に弥生が出てきたことで心が嫌悪する。
「……会わないっていう選択肢はないの?」
一番近くにいた人間に、一回誤解されてさらし者になるだけで、
こんなにも性格が変わってしまうものなのだろうか?
本能的にとしか言いようのない弥生という単語を聞いただけで、湧き出る黒い感情。
こんなにも人を憎悪したのは初めてだった。
「残念ながらないねぇ。
弥生先生や月宮様に君がおかれている状況を説明してもらわなければならない。
だから君は弥生先生に対する憎悪をきちんと抑制してほしい」
赤城がはっきりと自分の目を見てくる。
その眼は私の視線を絡めるように逃がさなかった。
はっきり言ってあいつに会ってどうなるかは分からない。
「分かってるよぉ。
君が自分の感情を自分で押さえられない事くらい」
そんなことを考えていると、
見透かしたように不気味な笑顔を浮かべた。
「それは別。
君は弥生先生に会う意思はあるのかなぁ?」
会う意思。
そんなものはないに決まっている。
顔も見たくないくらいだ。
そんなことを考えているうちにも火の手が私たちを飲み込もうとしている。
「会いたくない。会う意思もない」
はっきり言った。
その言葉はすぐに炎の渦の中に消えたが、確かに力を持って輝いているようにも見えた。
「分かった。
じゃあさぁ、僕のために会ってくれって言ったらどうするぅ?」
赤城がいたずらに笑った。
胸が張り裂けそうだ。
こんな感覚は初めてなんだから。
「……わ……分かった」
簡単だった。
言葉は自分が考えるより速く出て、無責任に消えてゆく。
胸の暑さと同調するように火が、熱が、迫っていた。
「そうかい。それを聞いて安心したよ」
本当に赤城は心を読み解く力があるんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。
「んじゃぁ、3番目は聞く必要はないねぇ。
では、安全な場所に避難するとしますかぁ」
「……その前に一つ」
今度は私が聞き返す番だと思う。
このタイミングを逃せば一生彼に気持ちを伝えられない気がした。
「なんだい?」
真剣な表情で見つめ直してくれる。
「えっとね……その……」
言葉が詰まる。
顔がオーバーヒートしそうだ。
「ゆっくりでいいよ」
じゃあ、お前が言えよ。なんちって。
少し気持ちを落ち着かせる。
胸の中にある温かい熱は私を押してくれた気がした。
決心がつく。
「……私ね……赤城の事が好きみたい」
「ほぉう、これは唐突に」
「……あなたはどうなの?」
恥ずかしすぎて赤城の顔が見れない。
彼の小さく笑った音が私の耳まで届く。
いったいいつから好きになったのだろう?
目で追い始めたのが彼が学級委員長になったときかもしれない。
けど、あいつは結構モテてたし、
その時は既にいじめられていて近寄ることすらできなかった。
生徒会の聞き取り調査の時は絶対に合わないと思った。
だが、手足を縛られてから1週間、彼との時々の会話が楽しくて、
いつからか、自分があいつとの会話を望むようになった。
赤城の足音が聞こえたとき、
たまらなく嬉しくて、無表情を貫くのが大変だったくらいだ。
日を重ねるうちに心は完全に赤城の虜になっていた。
赤城の息の根が聞こえる。
「じゃぁさぁ、僕が君の事好きなんって思ってないって言ったら?」
私が顔を持ち上げると、またいたずらに笑っていた。
けど、私の言う言葉なんて決まっている。
「……じゃあ、私を愛してよ」
言葉が、単語が一つ一つ熱を帯びていた。
「え……?」
赤城が戸惑いの表情をあらわにしている。
聞こえなかったのかな?
私は彼と視線を合わせ熱を振り払った。
声を天に向け叫び散らす。
「なら、愛してよ!!!ねぇ?悠太!!
私を愛して!!」
声がかれていく。
だが、それでも赤城に私の気持ちは伝わったと思う。
赤城をもう一度見ると優しく苦笑していた。
力が抜けて座り込んでしまう。
あいつは力を貸してくれない。
けど、そうゆう奴なのだ。
それも含めて、私は赤城悠太の事が好きだった。
「目、瞑ってごらん?」
赤城がそう優しく呟く。
私は言うとおりに座ったまま目を閉じた。
彼の体温が近づいてくる。
不思議と心はもう冷静だった。
彼の息と私の息が絡み合う。
そっと、唇が触れそうになった瞬間、
「やっぱり君は面白いねぇ」
赤城が呟いた。
それに呼応するように髪に激痛が走った。
本気で抜けるんではないかと思った。
私の髪に全体重がのしかかる。
「痛い!」
私が叫んだ瞬間、赤城の右手が動いた。
あいつの手にはナイフが握っている。
それが、私の腸に直撃した。
何のためらいもなく突き刺さる。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁッ!や、やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
叫び散らした声が天を呼応する。
しかし、赤城は悪魔のような笑みを浮かべ答えた。
「やめないよぉ?」
そういうと、私のお腹に突き刺さったままのナイフを、
卵を混ぜるように動かし始めた。
腸が、胃が、肺が、心臓が、
ありとあらゆる臓器が血管を強引に引きちぎる。
「ぎゃぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁっぁぁっぁ!!!!」
もうこの世に痛みとかそんな範疇を超えている。
全体重がかかっているはずの髪の傷みが気持ちく感じるほどだ。
本当の熱が体全体を燃やす。
口から、鼻から、ぽっかり空いた腹部から嘔吐する。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
「おうおう、漏らしちゃったんだ。汚い汚い」
痛くて何も反応できない。
「そういえば、君のためにキスしてあげるよぉ」
何で皆、私の事を痛めつけるんだろうか?
あ、キスされた。
また唇を奪われる。
胸を触られた。
もし、普通だったら足が浮くような感覚が襲ってきたかもしれない。
だが、今は何も感じなかった。
「反応しないのぉ?」
あいつが何か言っている気がした。
「君、よくよく見ると全然かわいくないねぇ。
髪切ろうかぁ」
そう言ったから間もなく、髪の毛にかかっていた負荷が一気に消える。
私の頭に彼の足が乗っている。
「ねぇ、なんか言ってよぉ。
ほらほら!
スカートめくるよぉ?」
声が、出ない。
いや、傷は見事に下半身だけを狙っている。
声は出るが、激痛が大きすぎて出す気にならない。
太ももから股までに空気の流れが駆け巡る。
「ほう、君の太ももって意外とすらっとしてるんだねぇ?」
何も感じない。
いや、嘘だ。
あいつに私のすべてを見てほしかった。
こんな形でも。
だから、意識の根を必死につかむ。
「切り落とすよぉ?」
そういうと、右のももに激痛が駆け巡る。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
こんな形でもいい。
「ぁぁ……ぁぁ……」
こんな形でも、私に見せてくれた笑顔は私の記憶に焼き付いている。
たとえ嘘でも。
赤城の笑顔は私が奪った。
「え?なんだってぇ?」
漏れた声を喋りと勘違いしたのか、
赤城の顔が近づく。
これで、私のゴミみたいな人生に、
終止符を打てる。
涙が出てきて壊れた。
もう、止まらない。
痛みをこらえて必死に笑顔を作って振り絞った。
「……やっぱ、悠太君はかっこいいなぁ。
うッ!…………好きだよ」
良かった。
最後にあいつに伝えられて。
赤城が学級委員長になってからの2年間、ずっと伝えられなかったことを、
今伝えられた。
体が崩れ始める。
息をするために必死にもがく。
「ッ!……な、舐めんなッ!」
最後に、赤城のそんな声が聞こえた気がした。
あいつの手の温かさが私の体に入ってきて、
私は当たり前のように受け入れて、
彼は、私の心臓を無理やり引きちぎり意識を闇に放り投げた。
(ちゃんと、笑顔のまま死ねたかな……?)
私はそんなことを思いながら、赤城悠太の望む私の死を受け入れた。
これで、1章終了です。
次回に解説入れてから2章に入ります。




