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ローグとの未来が潰えたわけではないと知って、フィンの世界は再び明るくなった。
「ふんふふーん! ふんふーん」
久しぶりに魔石コレクションを取り出し、ひとつひとつ丁寧に磨き上げる。
きゅふふふっ。
くふふふっ。
クスクス。
きゃははっ。
魔石たちが楽しげに囁き合い、日の光を浴びて輝きを放つ。
「フィンお嬢様、すっかりご機嫌ですね。リリーも安心しましたよ。一時はお嬢様の体からキノコでも生えるかと思いましたもん」
「やめてちょうだい。魔石オタクな上にキノコなんて生えてたら、それこそ皆に笑われちゃう」
そんなことになったら今度こそ、世界から爪弾きにされてもおかしくない。
ようやく魔石たちの声も輝きも、以前のように感じられるようになった。魔石に囲まれた世界が当たり前の自分にとって、魔石たちの声や輝きを感じられない世界は色のない世界と同じだ。でもそれも、ローグがそばにいてくれてこそ。そのことがよくわかった。
もう二度とこんな思いはごめんだ。だからこそ、ここでめげるわけにはいかない。
ようやく最後の魔石を磨き終えたところで、父の呼ぶ声がした。
「フィリィ、ローグ君がきたよ。降りておいで」
「はぁい!」
ローグの名前を聞くなり、フィンは勢いよく階段を駆け下りた。
「ローグ、いらっしゃい!」
「あ、あぁ。フィン、今日も元気そうだね」
満面の笑みで声をかければ、以前と同じ穏やかな笑みが降ってきた。そのことがなんともくすぐったく、胸が躍る。
「今日は何かの報告にきたの?」
その問いかけに、ローグがこくりとうなずいた。
「あぁ。あの森にあるギュランド商会の私有地について、わかったことがあってね。どうやらマルセルたちはあの森で、貴族に売りつける茶葉の栽培を行っているらしい」
「茶葉? わざわざ自分たちで育ててるの?」
商家なのだから、高級なものから手頃なものまで茶葉くらいいくらだって仕入れられるはずだ。それこそが商家の商売の仕方なのだし。なのになぜ自ら?
素朴な疑問を口にすれば、ローグも納得いかない様子でうなずいた。
「しかもそのために、常時見張りまで一帯に置いている。私有地のまわりをギュランド商会が雇った者たちで取り囲んで、誰も近づかないよう見張っているらしい。そうまでして茶葉を育てる理由がどうにもわからないんだ」
「じゃああの日マルセルたちがあそこにいたのも、見張りだったのかしら。そこに私がうっかりあの話を立ち聞きしちゃったから、びっくりしたのね」
ローグがこくりとうなずいた。
そんなところにうっかり居合わせるなんて、いつもの強運ぶりもこの時ばかりは発揮されなかったらしい。
「もしかしたらあの森の魔石たちが急に騒ぎ出したことと、何か関係があるのかな」
魔石たちの声は聞こえるけれど、何を言いたいのかまではわからない。でも言われてみれば、助けを求めているようにも感じられた。
「もしかしたら、君に何かを知らせようとしていたのかもしれないね」
「……うん」
せっかくの静かな森をあんな奴らにうるさくされて、頭にきていたのかもしれない。言われてみれば、男たちの足元には随分たくさんの煙草の吸殻も転がっていたし、自分たちの住処を勝手に踏み荒らされて頭にきていたのかも。
「にしても、マルセルたちが売りつけてるお茶って、どんなものなのかな。特別高価なものでも希少な茶葉でもないんでしょ? そんなものにわざわざ貴族が大金を払うかしら」
羽振りがいいということは、それだけ売れているということだ。売れる理由が何かないとおかしい。
「さては、中におかしなものでも混ぜてるんじゃないですかね?」
興奮気味に小鼻を膨らませ、リリーが身を乗り出した。
「例えば中毒性のある何とかとか、癖になるみたいなよくないものですよ。飲んだ人たちの中には急に高い所から飛び降りたり、乱暴になったり、おかしな行動をする人が出てるって話ですし」
確かに例の茶葉を飲んだ人たちの中に、おかしな行動が見られるらしいという噂はあった。たとえば長らく病で臥せっていた人が急に行動的になったかと思うと暴れだしたり、高い所から突然飛び降りようとしたり。性格が以前とはがらりと変わってしまったり。どれも一時的なものではあるらしいのだけれど、なかなかに不穏だ。
「うーむ。でもそんなものが出回ってたら、とっくに国が動きそうじゃない? でもそんな話は特に聞かないし、噂だって誰も本当のことは知らないみたいだし」
どうにも情報が少な過ぎた。何もかも想像の域を出なくて、ぐるぐると同じところを回っているみたいな気になる。まるで、ローグとの追いかけっこみたいに。
一刻も早く、ローグの穏やかな優しさに包まれた穏やかな日常に戻りたい。そうすればまた、元のように婚約者に戻ることだってできるんだし。そのためには、何としてでもマルセルの悪事を明らかにしなければ。
「ま、とにかくマルセルの行動をさらに突っ込んで調べてみれば、何かボロを出すわよ。それが茶葉であれ殺害計画であれ、お縄にできればそれでいいんだし」
決意をにじませローグを見やれば、なぜかすっと視線が逸れた。気のせいか、と首を傾げたと同時に父が皆に告げた。
「ともかくしばらくは、私の方でも手を広げて調べてみるよ。学院時代の友人が、内密に調べてくれると言ってくれたことだしね」
「うん」
「だが、フィン。お前はくれぐれもひとりでは出歩かないように。必ずローグ君かリリーと一緒に行動するんだ。軽はずみな行動は自粛するんだよ。それとアリソンのもとに行く時は、くれぐれもマルセルと顔を合わせないように。鉢合わせしてでもしたら、気づかれかねない」
「わかったわ。じゃ、ローグ。さっそくこれからマルセルたちを見張りに行きましょ! あのゴロツキたちの中にアリソンを殺す実行犯がいるのかもしれないし、見張っていれば何か証拠もつかめるかもしれないもの」
けれどローグの顔色は冴えない。元気がないというか、迷いが見えるというか。
「ローグ? どうかした?」
「……いや、なんでもない」
なんだかしっくりこないものを感じながらも、さっそく町へ出た。
「なかなか出てこないね、マルセル」
「今日は、継続的に茶葉を購入している客たちのもとに行く予定の日らしいからね。その準備をしているんだろう」
「うん」
ギュランド商会の裏口を見渡せる物陰に身を潜め、フィンはなんともいたたまれない気持ちでそっと息を吐き出した。
隣に立つローグとの間には、体ひとつ分空間が空いている。婚約している間は、もっと近かった気がする。もちろん以前だって、そんなにべたべたとくっついていたわけじゃない。でももう少しふたりの間に横たわる空気があたたかかったというか、穏やかだった気がする。なのに今は、どこかよそよそしい。
形だけとはいえ、今の自分たちは元婚約者という関係だからだろうか。
きゅっとスカートの襞を握りしめた。
「あっ。マルセルが出てきたよ。どうやら客のところに行くみたいだ。じゃあ今日の見張りはここまでだね。帰ろうか」
なぜか安堵の色をにじませ、ローグが告げた。
「アリソンの屋敷まで送るよ。フィン」
あまり深追いしては、マルセルたちにこちらの動きを勘付かれてしまう。はじめから客の貴族家までは追跡しないと決めてあった。だからローグの言うことはもっともだった。それに今日は、アリソンのもとへと行く約束をしてある。
けれどこんなにも一緒の時間が早く終わってしまっては、しょんぼりしてしまう。去っていくローグの背中を見送り、肩を落としアリソンのもとへと向かった。
「こんにちは、アリソン」
「またきたのね。いちいち報告にこなくてもいいのよ。あなたたちが勝手にやってることなんだし、マルセルと鉢合わせでもしたら、あなたまずいんでしょう?」
「平気よ。マルセルは今頃顧客のところに茶葉を渡しに行ってる頃だもん。それよりアリソン、婚礼の準備はもう粗方進んでいるの?」
婚礼まで、もう三週間を切っている。本来ならば部屋中に嫁入り道具やら荷物なんかがあふれていてもおかしくない。けれどアリソンの部屋はいつまでもきれいに片付いたままだ。
アリソンが小さく肩をすくめた。
「ふふっ。嫁入り道具なんて必要ないわ。暮らすのに不自由ないよう必要なものは別宅に用意してあるとマルセルは言っていたけれど、あれは嘘ね。殺す相手のためにそんなもの、整える必要ないもの。両親だって体ひとつでかまわないって言っているし」
冷めたアリソンの様子に、胸がぎゅっと痛んだ。
「あぁ、でも花嫁衣裳だけは多少こだわらせてもらったの。細かい直しももう終わって、来週には届く予定よ。満足のいく姿で人生を終わりにするくらい、許されたっていいでしょう」
きっとアリソンの花嫁姿はきれいだろう。立ち姿も凛としていてとても素敵だし、歩く姿も品があってまるで百合のようだし。けれどそんなうっとりしていた熱も、すっと引いた。
「これまで人のために生きてきたから、これは最初で最後の私のわがまま、ってところかしらね」
「アリソン……」
思わず言葉を失った。
「そんなことより、あなたはどうなの? ローグとは時期がきたらまた婚約をするつもりなのでしょう。いっそのこと、すぐに婚礼を挙げてしまったらどう?」
別の意味で言葉に詰まった。
「それは……」
なぜだろう。ローグとの未来を想像すると、頭上にどんよりとした雲がかかっているような気分になるのは。
「うまくいっていないの? あなたを守るために婚約を解消したのだし、別に心変わりなんてしていないのよね? なら元の関係に戻って然るべきではなくて?」
「それは、そう……なんだけど。なんかちょっと……」
今のローグとの空気感を、どう言えばいいのだろう。表面は穏やかで以前と変わりないのに、以前にはなかった距離が空いているような。埋められない何かが間に横たわっている気がして、どうにも心が揺れる。
「なんだかまだ、追いかけっこしてるみたいな気分なの」
いつまでたってもローグには追い付けない。走っても走っても、どんなに呼びかけても振り向いてくれないし立ち止まってもくれない。そしていつか背中は小さくなって、消えて行ってしまう。
ふとそんな光景を想像してしまい、顔を覆った。
「ちっともわけがわからないわ。まぁ、私には関係ないことね。話が済んだのならそろそろ帰ってもらえる? なんだかちょっと疲れたから休みたいのよ」
つれないアリソンの態度に、すごすごと退散するしかなかった。




