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「じゃあ、何も知らなかったのは私だけだったの? 皆本当のことを知っていて、私に黙って隠してたのね」
フィンはじっとりとねめつけるように、向かいに座る両親とローグ、そして後ろに立つリリーとを見やった。
「すまん、フィン。だがこれはすべて、お前のためを思ってしたことなんだ。まぁやり方はちょっとあれだったかもしれんが……」
気まずそうに口ごもる父を、フィンは制した。
ローグとの追いかけっこは終わった。そしてすべてが判明した。婚約解消にまつわる事情も、追いかけっこに至った経緯も、何もかも。
が、釈然としない。いくら自分を危険な男たちから守るためとはいえ、もう少しやりようがあったのではないか。それに、何もあんなに町中を逃げ回る必要は果たしてあったのか。
「君には本当に申し訳ないことをしたと思っている。フィン。傷つけるとわかっていて、あんなことを……」
「ええ。本当に傷ついたし、この世の終わりだと思ったわ。来年には結婚すると思っていたあなたに、心変わりしたなんて言われて捨てられたんだもの。と思ったらなぜか私のあとを追いかけるような真似をして。本当にわけがわからなかった」
憤慨を隠そうともせず、フィンはローグをにらみつけた。
けれどまぁ婚約解消があくまで敵を欺くためで、実際にはローグに他に好きな人ができたわけではないとわかって、ほっともした。でもだからって、何もかも水に流せるわけじゃないけれど。
「フィン、ローグ君を責めるのは止めておあげ。ローグ君はお前が怖い思いをするのを懸念して、こんな思い切ったことをしたのだからね。事態が落ち着けば、婚約はまた結び直せる。そうなった暁にはすべての事情を打ち明けるつもりだったんだ」
婚約解消は、ローグが決めた。父は何もそこまでせずともと止めたけれど、どうしてもと言って聞かなかったらしい。
なぜローグがそんな思い切った真似をしたのか、その原因は多分魔石のこととなるとまわりが見えなくなってしまう自分にある。だからローグを責める気にはなれなかった。
魔石が呼んでいるとなると夢中で飛び出してしまう自分の情熱をよく知っているからこそ、婚約解消なんて思い切った手段を取る気になったのだろう。その判断は、多分正しい。
でも、どうにも納得しきれないもやもやとしたものが胸に残っていた。自分だけが守られる側で、何も知らない。ある意味除け者同然だ。それがどうにも釈然としない。
リリーはアリソンのもとに令嬢修行に行くと言い出した際、父にどうすればいいかを相談し、すべての事情を聞いたらしい。だから町へ行くのを止めなかったのだ。マルセルたちを見張っている間、ローグがずっと自分を見守ってくれていることを知っていたから。
たとえそれが自分を守るためだったとしても、心に傷はつく。それでも――。
(じゃあ、ローグは私を嫌いになったんじゃなかったんだ。他の人に心変わりしたわけじゃない。よかった……!)
マルセルたちの悪事が何もかも明らかになって身の安全が保障されたら、もう一度婚約を結び直せばいい。そうすれば、また以前のような婚約者同士に戻れる。あの穏やかで幸せな日々が戻ってくる。
胸にほわり、とあたたかな光が灯った。だが、だからといってこのままでいいということにはならない。
「わかったわ。でもそれとアリソンのことは、別よ。アリソンをこのまま放ってなんておけないし、私やっぱり変わりたいし」
「ええっ?」
ローグがガタン、と大きな音を立て立ち上がった。
確かに婚約解消の真実が明らかになって、安堵はした。けれどこうなったのはやっぱり、魔石にばかり夢中で何の力もない頼りない自分に原因がある。ならばやはり立派な令嬢、いや未来の伴侶になれるよう生まれ変わるべきだ。
「いや。でも君は奴らに命を狙われて……! それに君は今のままで別に何の問題もないよ」
相も変わらず優しいローグの言葉に、フィンは頭を振った。
「ローグの優しさは嬉しい。でも私、このままの私じゃ嫌なの。変わりたいのよ。それに私の顔は、どうやらあいつらには知られてないみたいだし。マルセルたちを調べるのだって、ローグと一緒なら何の問題もないでしょ?」
婚約解消が自分を守るためのただの口実で実際にはその意思がないのなら、これまでと変わらず接しても特に問題はないはずだ。ちらと見やれば、なぜかローグが口ごもった。
「そ、それは……」
やはりまだ申し訳なさが消えないのだろう。でも大丈夫。だって互いの気持ちが変わっていないのなら、そのうち元通りになるはずだ。
「そうと決まれば、さっそくアリソンに会いにいかなくちゃ! マルセルたちから守るには、アリソン自身が自分の置かれた状況をまず知らなくちゃね。さぁ、ローグ! 行きましょ」
何とも言えない表情を浮かべたローグを引き連れ、さっそくアリソンのもとへと向かった。
アリソンは、取り乱した様子もなく淡々と聞いていた。
「……なるほどね。話はわかったわ。それであなたたちは、どうするつもりなの?」
驚いた様子は、まるでなかった。どうやらマルセルの態度から、嫌な予感を感じ取っていたらしい。
「どうするつもりって、そりゃあ当然あなたをマルセルから守るのよ! あなたがマルセルに殺されるかもしれないってわかってて、知らないふりはできないでしょ。それにアリソンを守ることで、私の身の安全だって保障されるんだし」
マルセルの悪だくみを明らかにしてお縄にすれば、アリソンはあんな男と結婚しなくてもいいし殺されることもない。そして自分もまた大手を振ってまた魔石掘りに出かけられる。一挙両得というわけだ。
けれどアリソンの反応はなんとも意外なものだった。
「あなたの身の安全はともかく、私のことは放っておいて。別にあなたに関わりのあることじゃないでしょう?」
「え?」
落ち着き払った態度に、なぜか腹が立った。
「でもだって、それじゃあアリソン、あなたは死んじゃうかもしれないのよ? なんでそんな平気な顔をしてるのよ。もっとこう、怒ったり泣いたり喚いたりしたっておかしくないのに」
けれどアリソンは、冷めた態度を崩さなかった。
「フィン。あなたにとってはとんだ災難だと思うし、危険な目に遭ったことは気の毒に思うわ。自分の身を守るために、マルセルたちの悪事を国に訴え出るのも当然よ。でも、私はもういいの。どうか放っておいて」
「アリソン……?」
その顔ににじむ深いあきらめの色は、消えることはなかった。




