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数日がたち、思いがけないことがわかった。
「友人からの返事がきたよ。ガードナー家とギュランド家が売りつけている例の茶葉だがな。どうやらリリーの推測は正しかったみたいだ」
「え、じゃあやっぱり何か混ぜ物が?」
父が険しい顔でうなずいた。
「それが何かはわからないが、心身に思わぬ異常をもたらす何かが含まれている疑いがあるらしい。国もそれを調べているらしいんだが、いまだそれが何なのかはつかめていないと言っていた」
実はギュランド商会は、以前から国に目を付けられていた。莫大な金をもうけているその裏事情をあやしまれているのだ。だが今のところ何の悪事の証拠もない。例の茶葉も然り、だ。
「そもそも彼らがターゲットにしているのは、何らかの悩みや問題を抱えている者を家族に抱えた貴族家ばかりらしい」
たとえば夫に内緒で借金を抱えてしまい藁にも縋る思いの妻であったり、報われぬ恋に悩み精神的に追い詰められている息子であったり。しかもお茶を売りつけるのはその家の当主ではなく、問題を抱えた本人、もしくはそのごく近しい者に限られている。
「どういうこと? 貴族家の当主ならお金だって自由に動かせるだろうけど、借金にまみれてる妻とかまだ財産を自由にできない息子なんかを顧客にしたって、大したお金にはならないんじゃ?」
いくら貴族家の一員とは言え、そうそう大金を好きに使えるわけじゃない。だったら最初から、当主に近づいた方が早いのではないか。
けれど父は首を横に振った。
「貴族というものは、醜聞というものを嫌うからね。特に当主という立場のある身では、自分の伴侶や子が問題を抱えているなどひた隠しにするものだ。奴らはそれを利用して、金を巻き上げているんだろうな」
「でも、ただのお茶よ? そんなもので一体何を……」
ローグがはっと顔を上げた。
「まさか例の噂?」
「噂って?」
実はギュランド商会には、国が取り引きを固く禁じているとある薬を密かに売買しているのではないかという噂もあった。その薬には強い依存性があり、最終的には命まで落としかねないほどの副作用があるんだとか。
「でもそれ、今回の茶葉の異常とは全然違うって言ってなかった?」
確かその薬はもとは強い効き目を持つ痛み止めとして使われたもので、茶葉を買った客たちが必要とするようなものではない。
「うん。だから今回のこととは無関係だと思っていたんだけど……。でも国が目をつけてギュランドについて調べているというのは、朗報かもね。もしも茶葉を利用して客から金を不当に巻き上げているのだとしたら、それをきっかけに国はギュランドを叩けるから」
父がその通りだ、とうなずいた。
「なんだかギュランド商会もガードナー家もマルセルも、真っ黒ね。調べれば調べるほど、あやしさ満点って感じ。しかもやり方が汚いったらないわ! 人の弱みにつけ込むような真似して」
思わず鼻がふんっ、と鳴った。
「まぁどちらにせよ、こんなことがわかってはあまり深入りするのも危険だろう。アリソンの件についても動いてくれると言っていたから、マルセルたちをつけ回すのも程々にしておいた方がいいかもしれん。こちらとしては、アリソンとお前の身さえ守れればそれで十分なんだ。あとは国に任せよう」
「はい……」
本当は自分たちでどうにかしたかったけれど、父がそう言うのなら仕方ない。さすがに他の貴族家の内情にまで入り込んで調べるわけにはいかないし。
ふとローグを見やれば、今日もやっぱり顔色が冴えない。具合でも悪いのだろうか。それか調査で走り回って疲れているのかもしれない。
ならば、とフィンは明るい声を上げた。
「ね、ローグ。久しぶりに温室でお茶でも飲まない? こんなにいいお天気だし、気晴らしにもなるし」
おかしな追いかけっこ以来、ゆっくりと向き合う時間も取れていない。ここはひとつ、ローグとの離れてしまった時間を取り戻すのもいい。
本来ならば、婚約者でなくなった異性とふたりきりで過ごすというのはあまりほめられたものではない。が、一応は元婚約者なんだし、それくらいは許されるだろう。
けれどローグは一瞬表情を強張らせ、視線を逸らした。
「ごめん。ちょっとこのあと用事があってね。また今度にするよ」
「そう……。わかったわ」
しゅるるる、と弾んだ気持ちがしぼんでいった。
ローグが帰ったあと、自室でクッションを抱きしめながらリリーに話しかけた。
「ねぇ、ローグのことなんだけどなんだかおかしいと思わない?」
「何がでございますか?」
片づけをする手を止め、リリーがきょとんと目を瞬いた。
「何って、それはつまり……だからなんていうか」
うまく言葉にできない。でもなんとなく以前のローグと何かが違う気がするのだ。リリーには何も感じないらしいけど。
「きっといくらお嬢様のためとは言え、一度はあんなに傷つけて悲しませてしまったことを悔やんでおいでなんですよ。そのせいでちょっと気が引けてるんだと思いますよ」
「そう、かなぁ」
確かに心優しいローグのことだ。いかにも考えそうなことではある。でも――。
「そんなことより、マルセルですよ! まったくひどいことを考えるもんですね。弱った人のいる家族の事情につけ込んでだまして、挙句お金を巻き上げるなんて」
リリーが怒りに任せ、腹立たしげにシーツを引っぺがした。
「本当よね。しかもさらにたくさんの人をだますために、アリソンまで殺そうとするなんて極悪人もいいところよ」
そんな人間をのさばらせておいたら、他にもっと被害者が出ないとも限らない。両親やローグはあまり乗り気じゃないみたいだけど、正直自分たちの手で目にもの見せてやりたい気持ちでいっぱいだ。
「ね、リリー。きっと被害に遭った人たちの中には、きっともう自分たちがだまされたってことに気づいてる人もいるはずよね。それを口外できないだけで」
でもきっと内心では怒りも感じているだろうし、誰かに助けてほしいと思っているはずだ。なら、うまくすれば話を聞かせてもらえるんじゃないだろうか。
けれどリリーは懐疑的だった。
「なんたってお貴族様は、世間体を気にしますからねぇ。どうしても困ってるっていうのなら、とっくにお上に陳情してるでしょうし」
「まぁ、ねぇ」
「それに突然詐欺に遭った話を聞かせてください、なんてたずねて言ったってペラペラ話してくれるわけありませんよ。貴族同士ならなおさらです。使用人にだって固く口留めしているはずですよ」
確かに貴族家に仕える使用人というのは皆、紹介状持参で雇われている。たとえ仕事が庭師であろうと洗濯係であろうと、それなりの身元保証が必要なのだ。そうまでして得た仕事を失うリスクを冒してまで、お屋敷の内情を話してくれるとは思えない。
「それはまぁ、そう……よねぇ」
でもこのまま放っておくのも目覚めが悪い。自分とアリソンの命が助かればそれでいい、というわけにはいかない。それに、もうひとつ。やっぱりローグのことが気にかかる。
自分に向けられる眼差しの中に、どこか迷いが見える。その迷いが何なのかはわからないけれど、ローグは何かに揺れている。もしもそれが、婚約を一度解消したことで生じたものだとしたら。
(ローグに見直してもらうためにも、私どうしても変わらなくっちゃね。きっと私にだってできることはあるはず!)
その時、頭の中にぽんっといい考えがひらめいた。
「そうだ! その手があったわ」
「フィンお嬢様?」
突然の大声に驚いたリリーが、持っていた水差しをゴトリ、と床に落っことした。




