4
あたたかな日が燦燦と射し込む温室のテーブルの上に、所狭しと並べられた色とりどりのケーキや菓子、食器類。それらを落ち着きなく整え直しては、またそわそわと歩き回る。
「ふふっ。フィンお嬢様、まるでお祭りの前の子どもみたいですね」
リリーの指摘に、フィンが苦笑した。
「だって、お友だちをお茶会に招くなんてはじめてなんだもの。緊張しちゃって」
それに何と言っても、相手はあのアリソンだ。淑女としてのマナーがなっていない、とか厳しい突っ込みが入るかもしれない。
「大丈夫ですよ。アリソン様、別れ際におっしゃってたじゃないですか。お茶会楽しみにしてるって。あの時のアリソン様の顔、あれは間違いなくうきうきしてらっしゃる顔でしたよ。きついことをおっしゃっても、それは間違いなく照れ隠しです。えぇ!」
リリーが断言した。確かに言われてみれば、ちょっと嬉しそうに口元が緩んでいた気もする。
「ふふっ。だったらいいな」
幼い頃にあげた魔石を、アリソンはあの日お守り代わりに持参していた。婚礼の間も、馬車の中でもずっと手の中に握りしめていたらしい。
あの日自分たちの馬車を包んだやわらかな光。ペンダントの魔石と共鳴して放たれたあの魔石の力がなかったら、アリソンは助からなかったかもしれない。
「まさかこんな日がくると思わなかったな」
生まれてはじめての友だちと、生まれてはじめてのお茶会。そして、隣には。
「ふふっ」
隣には、今日もお日様のようなあたたかな微笑みが輝いている。もちろんこれまでずっとあたたかな愛で包み込んできてくれた両親や、リリーたちもいる。
日が高くなりはじめた温室にはやわらかな光が降り注ぎ、生き生きと葉を茂らせ花を咲かせる植物たちが、気持ちよさそうに太陽に向かって伸びをする。
「うぅーん!」
それにつられるように、フィンも思いきり両手を空に向かって広げ伸びをした。
「あら、お行儀が悪くてよ? 貴族令嬢の振る舞いとしては、褒められたものではないわね」
背後から飛んできた声に、ぴょんっ、と飛び上がった。
間違いない、とうなずくリリーに、フィンはふう、と息をついた。
「アリソン! いらっしゃいっ。き、きききき、今日はあの、その……ようこそいらっしゃいました!」
出だしからやってしまったらしい、と身を縮こまらせれば。
「ふふっ。冗談よ。今日はお招きありがとう。お茶会なんて久しぶりだわ。とても楽しみにしてたのよ、私」
ふわり、と花が咲き綻ぶようにアリソンが微笑んだ。
やっぱりアリソンは素敵だ。その辺にいる令嬢とはわけが違う。何が違うのかと言われるとうまく言えないけれど、形ばかりじゃなくてちゃんと心の中まで令嬢、という気がする。
殺害未遂の一件は、すでに社交界で格好の噂の種になっている。周囲からの憐みや好奇の目に加えて、アリソン自身の立場が大きく変わったことが皆の関心を呼んでしまったのだ。いくらアリソンでも、そんな視線にさらされ平気なはずはない。
けれどそんなことを微塵も感じさせない凛としたアリソンを、フィンは尊敬の目で見やった。
このお茶会は、今回の一件に手を貸してくれた皆へのねぎらいの席でもある。よって温室には、ローグやアリソン以外にも、両親とリリー、使用人たちも顔をそろえていた。
ひとしきり和やかな会話が済んだところで、父が口を開いた。
「ギュランド商会について、その後驚くべきことがわかったよ。ギュランドは現体制に不満を持つとある公爵家と密かにつながって、不正な取引をしていたんだ。それがばれる前にこの国を出ていこうと準備していたんだそうだ」
「えっ? まさか逃がしたなんてことは……」
婚礼のあと、マルセルは花嫁殺害未遂の黒幕として、実行犯として雇われた例の御者たち諸共捕まった。
これに関しては実際に犯行を自分たちが目撃していたし、実行犯たちがあっさりとマルセルによる指示だったと自白したせいで、片が付いた。
マルセルは牢の中で、自分は何も悪くないと後悔する素振りもなく暴れているらしい。
だが、ギュランド商会とガードナー家については違っていた。自分たちがアリソンを救い出したのとほぼ同時刻に、両者のもとに王兵たちがなだれ込み引っ立てたことまでは聞いていた。けれどそのあとのことはよくわからないままだ。
「もちろんギュランドもガードナー男爵、いや――元男爵か。あのふたりは牢屋の中だ。罪状に関しては、他にも色々と調べているようでまだ固まっていないらしいが」
「それで、その取引というのは一体何なんだったんです?」
ローグの問いかけに、父が一瞬間を置き告げた。
「ギュランドに関しては、他にも噂があっただろう。国が製造販売を固く禁じていた、例の薬だ」
そう言えば、以前にローグがそんなことを話していた気もする。もとは戦争で深い傷を負った兵士の痛みを緩和するために作り出された鎮痛薬だったが、それに重篤な依存性や精神への作用が認められたために、一切の取引を禁じられたという、あれだ。
「じゃあ、まさかその薬を闇取引していた、とか?」
「あぁ。だが痛みを緩和するためではなく、それを使って現体制に関わる者たちを排除するために公爵家に密かに渡していたらしい。もちろん口留め料として法外な金や利権と引き換えにね」
「利権?」
実はその公爵家の当主の妻は、隣国の有力貴族の遠縁に当たる人間だった。そのため隣国とのつながりがいまだに深かったらしいのだ。それギュランドは目をつけた。隣国は長らく安穏な空気に包まれているこの国とは違い、周辺国と長年小競り合いを続けている。おそらくは、戦いによる金儲けの商機を手にできるかもしれない、と考えたのだろう。
「つまりギュランドはさらなる金ほしさに目がくらんで、もっと悪いことに手を染めていたってことね」
父が険しい顔でうなずいた。
「おそらく例の茶葉もその販売のために手を結んだガードナー家も、奴にとっては自分の飽くことのない欲を満たすための駒に過ぎなかったんだろうな。もっともそれも皆明らかになった。公爵家もギュランドも、もちろんガードナー家ももう終わりだ。何もかも一件落着、ということだな」
「……うん!」
魔石掘りの最中にうっかり聞いてしまったあの会話。あれから何もかもがはじまった。婚約解消なんて悪夢も見たし、永遠に終わらないんじゃないかと思える追いかけっこもした。けれど、それ以上に大切なものだって手に入れた。
「ね。アリソン! そう言えば例の商売は、どんな感じなの。うまくいきそう?」
今回の一件で、ランバート家とローグ、そしてアリソンは国王陛下から直々にお褒めの言葉と褒美を賜った。ともすれば国の平穏を乱すかもしれなかった悪事を未然に防ぐ足掛かりとなったことが、その理由だ。もちろんそれは、自ら被害者になるかもしれなかったアリソンも、だ。
謁見の場で何が褒美としてほしいかと聞かれ、アリソンはきっぱりと告げた。
『では私を家族の籍から抜き、平民の身にしてくださいまし。その上で、城下に商売をはじめるための土地と建物をいただきたく存じます』と。
「本当にびっくりしちゃった。まさか貴族の身分も捨てて、魔石を使ってこれまでにない商売をはじめる、なんて言い出すんだもの」
どうやらアリソンにとって今回のことは、人生を一から生き直そうと思うくらいの大きな出来事だったらしい。
魔石を利用した数々の仕掛けと薄桃色の光を放って命を救ってくれた魔石のおかげで、アリソンの魔石への見方はがらりと変わった。世界をひっくり返すような大きな力はないかもしれないが、毎日の暮らしをほんのちょっと明るく照らし出す、そんな力は大いにある。そう考えたのだ。
「すでにいくつか売り出す商品は決めてあるの。価格帯も平民でも手に取りやすい安価なものから、ちょっと値の張るもの、貴族や金持ち向けにさらに豪華で高価格帯のものまで、幅広く展開するつもり」
陛下から賜った土地に建設中の店はすでに完成間近で、早くもやる気に満ち満ちているアリソンはもちろん、雇い入れた職人たちももう作業に取り掛かっているんだとか。
「魔石の可能性は、まだまだこんなものではなくてよ。屑石なんてとんでもない。使いようによっては、ただ生活を彩るためのものじゃなくてもっともっと便利なものだって生み出せそうだもの」
「へぇ! それは楽しみね!」
アリソンが商売人だなんて想像もつかないけれど、アリソンほどの人ならなんだってできそうだ。貴族だろうと平民だろうと、アリソンはアリソンなのだから。
溌溂と輝く笑みを浮かべるアリソンを、フィンは憧れの眼差しでしみじみと見やった。
「でもこれでアリソンも、私と同じ魔石オタクね! 仲間ができて嬉しいわ。これからは一緒に魔石掘りにも行こうね!」
くふくふと満面の笑みをこぼせば、アリソンが心外だとばかりにこちらを見やった。
「よしてちょうだい。私はあくまで魔石の可能性に目を付けただけで、オタクとは違うわよ。一緒にしないでちょうだい」
「えええ……」
けれど自分にはわかる。アリソンは、魔石の力を信じている。他の誰が屑石だの役に立たないだの言ったって、魔石には素敵な価値がちゃんとある。たとえ誰も見向きもしないものだって、そこにちゃんと価値を見出せる人間はいるのだ。
アリソンの胸元に飾られたブローチにはめ込まれた、薄桃色の魔石を見やりアリソンはにっこりと微笑んだ。




