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ガラガラガラガラッ!
ピシッ。ゴトンッ!
ブルルルッ!
時折小石をはね上げながら、馬車はゆっくりと王都を離れていく。
「リリー、いつでも飛び出せるように準備をしておいてね!」
隣に座るリリーに、フィンは声をかけた。
「大丈夫ですよ。このリリー、命に代えましても絶対にアリソン様を救い出してみせます!」
フィンは、前方を走る馬車を強い目で見やった。
アリソンの乗った馬車に、今のところ変わった様子はない。行き交う馬車や人も多いし、さすがにこんなところでおかしな真似はしないだろう。
アリソンの乗った馬車の轍の跡が、キラキラと光っていた。車輪に仕掛けた魔紛が振動で地面に落ち、光を放っているのだ。
「仕掛けもうまく発動したみたいね」
「あぁ。何度も実験して試したからな。光の具合も奴らには気づかれない程度でちょうどいいし、兵たちにもちゃんと見えているみたいだ」
ごく近い距離では、光はさほど目立たない。けれど離れた位置からは、轍に沿って光の道がきれいに見えているはずだ。
王兵たちは道中数箇所にわかれ、待機している。アリソンの追跡は、男たちに気づかれないようフィンたちの乗る馬車一台だけだ。つまりここで見失ってしまえば、かなりまずいことになる。
仕掛けがうまく発動したことに、フィンは満足げにうなずいた。
我ながら力の異なる魔石を互いに反応させた仕掛けを作るなんて、よく思いついたものだ。まさか魔石オタクぶりがこんなところで役に立つとは、思いもしなかった。魔石様々だ。
「そろそろ町に着く頃だ」
ローグが遠くに見える風車を指差した。
ゴトゴト、ゴトンッ!
ブルルルルッ。
ひた走っていた馬車が、街道沿いにある町へとゆっくりと入った。そのあとを、フィンたちの乗る馬車も間を置いて続く。
「さぁ、問題はここからね」
視線の先では、男たちが煙草をふかしながら買い込んだ酒をあおっている。その様子に、罪の意識や迷いは微塵も見えない。
「アリソン様は、馬車を降りられないみたいですね」
リリーが目を凝らし、アリソンの乗った荷台には何の動きも見られないことに首をすくめた。
「男たちを油断させるためにも、きっと大人しくしているつもりなんだと思う。花嫁衣裳を着てお散歩なんて、する気にもなれないだろうし」
何せこの先に待ち受けているのは、命の危機なのだ。無理もない。
「アリソン、大丈夫かな。怖くないかしら」
いくらアリソンがしっかりしているからと言って、たったひとりきりなのだ。せめて気持ちがやわらぐ何かを渡しておくんだった、と今さら後悔する。もっとも思いつくものなんて、お守り代わりの魔石くらいしかないけれど。
(アリソンなら、そんなものなくても平気よ、とか言いそう。まぁ、実際に私の超強運体質がこのペンダントのおかげだって証拠もないしね)
しばらく馬を休ませたのち、男たちは再び御者台に乗り込み馬車は再び走り出した。
道なりに走り続けていくと、次第に景色が寂しいものに変わってくる。この先にはもう町はなく、道の舗装もあまりよろしくない。でこぼこの道にガタゴトと激しく車体が揺れ、体が跳ねる。
「そろそろ崖が見えてくる頃ね」
前方に鬱蒼と生い茂った森が見えてきた。あの近くに、崖があるはずだ。
この辺りの道は王都への輸送路に使われていないこともあって、滅多にすれ違う馬車はいない。事故に見せかけアリソンごと荷台を突き落としても、目撃されるおそれはないだろう。
ごくり、と息を飲み、アリソンのいる荷台に目を凝らした。
御者たちの逃走に備え、すでに王兵たちは先回りして配置についている。よって男たちの追跡は、兵たちに任せておいていい。自分たちがなすべきは、アリソンの救出ただひとつだ。
フィンはじっと神経を研ぎ澄ませ、馬車の異変に備えた。
ヒヒイィィィィンッ!
前方から大きな馬のいななきが聞こえてきた。
「フィン、リリー! そろそろみたいだ」
ローグの声に、馬車の中がざわりとざわめき立つ。
もう崖は目前に迫っていた。ふと見れば、御者台に乗っていたはずの男たちの姿が見えない。
「あいつら、馬に飛び乗ったんだわ。見て!」
馬車を走らせたまま、男たちがひらりと馬の背に飛び乗り馬の尻を足で乱暴に蹴った。その衝撃に、男たちを乗せた馬がすごい勢いで駆け出していく。
御者台との連結部分を壊され切り離された荷台はと言えば、アリソンを乗せたまま大きく蛇行しはじめていた。そのあとに沿って、光が複雑な模様を描いていく。
「荷台が崖の方に向かってくわ。なんとかして止めなくちゃ! このままじゃアリソンが崖下に落ちちゃう」
ガンッ! ゴガガガガンッ! バキィッ!
ものすごい轟音を立てて、荷台がぐんぐん進んでいく。惰性で走っているだけとは言え、そのスピードは相当なものだ。まさか一度も馬車を降りることなく犯行に至るとは思わず、焦ったフィンは窓から大きく身を乗り出した。
「アリソン!」
大声で呼びかけてはみたけれど、大きな轟音に邪魔されて声なんて届くはずもない。
「フィン! そんなに体を外に出すと危ないっ。中に戻れ!」
ローグが必死に体を抑え、馬車の中に体を引き戻した。
「でもこのままじゃ……!」
土埃が激しく舞う視界の向こうに、男たちの声が聞こえた。
「さっさとずらかるぞっ!」
「あぁ! ほれっ、走れ!」
馬の尻を蹴り上げ、男たちが猛然と遠ざかっていく。それとはまったく逆方向に、アリソンを乗せた荷台は馬という動力を失ったまま走り続けていた。
どうもおかしい。こんなはずではなかった。おそらく男たちは馬車を乗り捨て馬で逃げるつもりだろうとは思っていた。だからこそ荷台が衝撃を受けた時に全体が浮き上がる仕掛けを用意していたはずだった。なのになぜ、何も起きないのだろう。
まさか魔粉の調合を間違えたのか。そもそも配分の計算自体がおかしかったのだろうか。どちらにしても、このままでは崖下に落ちるか、衝撃で致命傷を受けるかのいずれかだ。
その時前方に、大きな岩が転がっているのが見えた。あんなものに乗り上げたら、荷台ごと粉々になってしまう。まさかの展開に、フィンは思わずぎゅっと目をつぶった。
◆◇◆
その少し前、アリソンは狭苦しい馬車の中で背を伸ばし凛と顔を上げ座っていた。膝の上に置かれた両手の中には、薄桃色の魔石がぎゅっと握られていた。お守りになるだなんて信じているわけじゃない。ただ気持ちの問題だ。
(まるで子どもみたいね。こんなものが役に立つはず、ないのに)
馬車はまだ順調に走っている。まだ行動を起こす時ではないのだろう。
やけに落ち着いている自分に、アリソンは思わずふふっ、と小さく笑った。
聖堂を出て、しばらくがたつ。途中休憩で立ち寄る町を出れば、いよいよ行き交う馬車も少なくなってそのうち例の崖に差し掛かるはずだ。
ぐっと魔石を握る手に、力がこもった。
「フィン……、頼んだわよ」
もうアリソンの中に、あきらめの気持ちはなかった。必ず救い出すとあの子が言った。ならきっとそれは現実になる。いや、現実にするのだ。
これまでたくさんの貴族家の令嬢たちと、親しく交流してきた。自分を憧れの存在なのだ、とほめそやし高価な贈り物までしてくれた者もいる。けれどそこに友情なんて、ひとかけらもなかった。貴族同士の社交なんてそんなものだと思ってきたし、友人なんてものにこれという興味もなかった。いや、その存在を信じていなかったと言った方が正しい。
でも今は違う。自分には、本物と呼べる友人がいるのだ。
フィンのキラキラと輝く真っ直ぐな眼差しを思い浮かべ、アリソンはふわりと微笑んだ。
何もかもが終わったら、すべて一からやり直すのだ。誰かのためでも何かのためでなく、今度こそ自分のために生きる。
アリソンの目に、強い光が戻っていた。
途中の町を出て、再び馬車が動き出す。いよいよだ、とアリソンはぐっと腹に力を込めた。間もなく襲いくるであろう衝撃に、心と体を身構えその時を待つ。
ヒヒィィィィンッ! ガンッ!
馬のいななきのあとに聞こえてきた大きな音と、ガタンッという大きな衝撃。舌を噛まないようぐっと奥歯を噛み締め、窓の外を見やった。
次々に地面から伝わる衝撃と轟音に、とても外の様子をうかがうどころではない。必死に荷台の縁にしがみつき、衝撃から身を守るしかない。
(ちょっと! 魔石の仕掛けで衝撃を和らげるんじゃなかったの?)
まさか仕掛けがうまく発動しなかったのか、と疑いの気持ちがよぎった次の瞬間、体が荷台ごとふわり、と宙に浮きあがった。
アリソンは心から願った。
もうこれからは、誰かのためだけに生きたりしない。次こそは誰になんと言われようと、たとえ周囲から馬鹿にされようと指差されようともかまわない。自分が信じる心や大切だと心から思えるもののために、生きる。
大切な人やものは確かに人生の中に様々あるけれど、それを守るために自分は存在しているんじゃない。誰より優れているとか、特別な価値があるとか、誰かのためになるとか、そういうことじゃないのだ。
(フィン……。それを気づかせてくれたあなたにも、ちゃんとお礼をしなくちゃね。決してこのままじゃ終われない。終わってなるもんですか!)
その思いに呼応するように、アリソンの手の中の魔石がぽうっ、と光り出した。




