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天からやわらかな日が降り注ぐ、気持ちのいい快晴だった。
森の奥に咲く大輪の百合のように凛と顔を上げ、アリソンがゆっくりと祭壇へ近づいていく。息を飲むような美しさに、フィンはこれがマルセルとの婚礼であることも忘れうっとりと見惚れた。
(いつの日か、私もローグとこんなふうに祭壇の前で向かい合うのかしら)
ちょんちょんと袖口を引っ張られ、慌てて我に返った。
「さぁ、フィン。急ごう」
ローグとリリーとともに足音を忍ばせ、聖堂の裏口へと回り込んだ。
「いたわ。あれがマルセルの雇った御者ね」
どこから見ても悪人顔の男がふたり、ガードナー家の家紋が入った一台の馬車の前で煙草をふかしていた。
「いかにもって感じの風体ですねぇ。もうちょっと疑われそうにない見た目の男を選ぼうとは思わなかったんでしょうか」
リリーが呆れた声を上げた。
「ま、その辺がいかにもマルセルって感じよね」
無駄に自信家というのか、浅はかというのか。自分の計画が失敗に終わるなど、きっと微塵も想像していないのだろう。けれど笑っていられるのも今のうちだ。
「まったく早く終わんねぇかな。どうせすぐおっ死んじまうんだからさ。とっととこんな汚れ仕事終わらせて、浴びるように酒を飲みたいもんだ」
「おい! 誰が聞いてるかわからねぇんだぞ。滅多なこと言うんじゃねぇ!」
「お、おぅ。わかったよ」
男たちの足元には大量の吸い殻と、木の実の殻などが乱雑に散らばっていた。いい塩梅に退屈しているらしい。ならば退屈しのぎに、少し機嫌よく眠っていてもらうとしよう。
ローグがすっと歩き出した。その後ろ姿に、思わず口元がだらしなく緩む。
今日のローグは、いつもとは少し様相が違う。貴族の屋敷で働く使用人らしい簡素ないで立ちに身を包み、ともするとぴょんぴょんと元気よく跳ねてしまう癖毛は、あえて無造作に整えないままにしてある。それがまたちょっと幼い感じを醸し出していて、新鮮でかわいい。
(今度一緒に町を歩く時は、わざと同じ格好してもらおうっと!)
心の中でそんなことを企んでいるなど露知らず、ローグは鼻歌を歌いながら気楽な様子で男たちに近づいていく。その手に、大きな酒瓶を握りしめながら。
「んん? 何だ、お前は」
男のひとりが、胡散臭そうに眉根をひそめた。一気に緊張が高まる。ローグが気安い態度で、男たちに声をかけた。
「俺はガードナー家の使用人だ。待機しているお前たちに、旦那様からの祝い酒のおすそわけだとさ。ほら」
そう言うとローグは、酒瓶を男たちに差し出した。男たちの目の色が変わった。
「なぁんだ。そりゃありがてぇ! ちょうど喉が渇いてたとこだ」
「祝い酒とは、こりゃあ皮肉が効いてらぁ。ま、旦那方には祝いに違いねぇ。へへへっ」
すぐさま男たちは直接瓶に口をつけ、ぐびぐびと酒をあおり出した。喉元を雫が滴るのをちらと見やり、ローグが声をひそめた。
「……特に問題はないな? もしも殺し損ねたりしたら、旦那様やお前たちだけじゃなく俺たちも困ったことになるんだからな。しっかりやってくれよ」
聞いたこともない、悪そうな声だ。普段のローグからは大きくかけ離れたその声になんだかゾクリ、とする。
「へへっ、万事俺たちに任せときな! あんな大金を積まれりゃ、何だって言われた通りうまくやってのけるさ」
「違いねぇ。あれだけありゃ一年は遊んで暮らせるからな。心配すんな。あんな娘っ子の体なんざ、あっという間に急流に流されて跡形もなくなるさ。あとはマルセルの旦那がうまくやるだろうしな。くくくっ」
ぐんぐん減っていく酒とともに、軽くなっていく男たちの口。酒の威力はすごい。
この男たちがマルセルに頼まれたアリソン殺害の実行犯であることは、これで証明された。相手が間違いなく悪者とわかれば、こちらも心置きなく叩きのめせるというものだ。
男のひとりが突然がくん、と片膝を地面についた。
「んん? おかしいな。なんだか目が」
「どうした? もう酔ったのか」
ローグの問いかけに、もうひとりの男も足元をふらつかせ座り込んだ。
「馬鹿言うな。このくらいの酒で酔うだなんて、あり得ねぇよ」
「でもなんだか俺も、妙に頭がくらくらして」
男たちはどうにもうまく焦点が合わない様子で目をしょぼしょぼさせ、地面に倒れ込んだ。
「随分といい酒らしいからな。飲み慣れないせいで、酔いが早く回ったんだろう。時間になったら起こしてやるから、それまで寝てていいぞ」
ローグの言葉に、疑う様子もなく男たちがへらりと笑った。
「そうか? ならそうさせてもらうかな」
「だな。このあとはちいと大変だしな。今のうちにゆっくりさせてもらうとするか」
馬車の荷台に寄りかかるようにして、男たちはすぐに眠り込んだ。男たちが鼾をかきはじめたのを確認すると、ローグがこちらを手招きした。
(よしよし。薬がよく効いたみたいね。なら、さっそく)
フィンは勢いよく立ち上がった。
「急いで準備しよう! 時間がない」
婚礼が終わるまで、あと十分ほどというところだろうか。それまでにすべての仕掛けを終わらせ、身を隠さなければならない。
持ってきた大きな鞄の中からたっぷりと魔紛の詰まった袋をいくつも取り出し、ふたりで馬車の各所に仕掛けていく。男たちはフィンとローグのそんな行動にまるで気づくことなく、ぐっすり眠っている。
「よし! これでいいわ。じゃあそろそろ私たちも、馬車に乗り込みましょ。ローグ」
すべての作業を終え、追跡用の馬車に三人で乗り込んだ。と同時に、聖堂の中から大きな拍手と足音が聞こえてきた。
「……いよいよ、ね」
ごくり、と息を飲んだ。
聖堂の中からゆっくりと歩み出るマルセル。いかにも花嫁らしく、そのあとを静かについていくアリソン。一瞬アリソンが立ち止まり、ベールの下からちらとこちらに視線を向けた。一瞬視線が交差する。小さくうなずき返せば、アリソンの口角がくっとわずかに上がった気がした。
さぁ、いよいよだ。
ヒヒヒィィンッ! ブルルルッ。
近づく足音に、馬車につながれた馬たちが一斉にいなないた。けれどその声にも、男たちは目を覚まさない。随分といい夢を見ているらしい。口の端からよだれまで垂らしている。
「おい! お前たち、何をのんびり寝ている。さっさと起きて、馬車を出さないかっ」
マルセルの怒声に、男たちの体が派手に飛び跳ねた。
「へっ? お、あれ?」
「何だ? もう終わったんですかい」
きょろきょろと目を丸くして、男たちが周囲を見渡す。
「これから花嫁を乗せ華々しく出発するというのに、何を眠っている!」
「しっかりせんか! 居眠りなど言語道断だっ」
マルセルとガードナー男爵の激しい怒声に、男たちは慌てて御者台に乗り込んだ。
「じゃあアリソン、君は先に行っていておくれ」
マルセルがアリソンに近づいた。その顔に浮かぶのは、いかにも取って付けたような嫌な笑みだ。すっと手を伸ばし、ベールの上からアリソンの頬に触れた。
「すぐに私もあとを追いかけるよ。アリソン」
「……」
アリソンはそれに沈黙で答え、表情をまったく変えることなく静かに馬車に乗り込んだ。人前で無下にされたことに腹が立ったのか、マルセルが舌打ちするのが聞こえた。
「アリソン。伴侶の言うことをよく聞いて、幸せにおなり」
「えぇ、そうですよ。夫の言うことを聞くのが妻の役目ですからね」
わざとらしいアリソンの両親の言葉には、安堵の色がにじんでいた。きっと娘の幸せを願ってじゃない。これで当面自分たちの暮らしも安泰だ。そんなことを思っているんだろう。
すっと前を向き座るアリソンは、ちらとも両親にも参列者にも視線を向けなかった。ただ真っ直ぐ前だけを凛と向いていた。
(アリソン、待っていてね。必ず助けに行くから、安心して待っていて。見てなさい、あなたたち。全員まとめて牢屋にぶち込んでやるんだから!)
わざとらしい拍手と祝福の言葉を浴びながら、馬車はゆっくりと聖堂を離れた。




