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翌日、フィンはローグとともにアリソンのもとを訪ねた。
婚礼の期日を早めると告げて以来、マルセルはアリソンの前に姿を見せていない。きっとアリソン殺害計画の準備でそれどころではないのだろう。それか、もう何もかも心配はいらないと安心しきっているか。
だが甘い。こちらだって、いつまでも以前と同じとは限らないのだ。
「さっそくだけど、これを見て。アリソン」
自信に満ちた笑みを浮かべながら、フィンは地図を広げた。
「ここが聖堂で、こっちがマルセルがあなたを住まわせるって言ってる別邸よ。で、ここがギュランド商会とガードナー男爵家の屋敷。そしてここが」
聖堂からも王都からも遠く離れた西方の一点を、フィンはびしりと指差した。
「多分ここが、あいつらがあなたを突き落とす予定の崖だと思うの」
主要な街道からも逸れた先にある別邸は、調べた結果とても人の住めるような状態ではなかった。長年手入れされず放置されているため、草もぼうぼうで門扉も錆びついている。アリソンをそこに住まわせるつもりなど端からなかったのは、明らかだ。
「さすがの奴らも、途中の町を過ぎるまでは何も仕掛けてこないはずよ。人目があるもの。仕掛けてくるとしたら、途中休憩で立ち寄った町を出てからだと思う」
「……それで?」
アリソンが興味なさそうに、冷めた反応を見せた。
フィンはぎゅっと口元を引き結んだ。
「婚礼当日、各所に王兵を配置してもらえることが決まったの。ギュランド商会を叩く口実を探していたから、いい機会だって」
ローグが詳しい説明を続けた。
「聖堂から君を乗せて出る馬車と、王都にあるギュランド商会とガードナー家の屋敷。この三箇所に同時に突入する予定らしい。だが君の乗った馬車を王兵が大勢で追跡するのは、さすがに目立ちすぎる」
「だからね。私たち、魔石を使ってあなたを奴らから救出することにしたの」
「魔石? 魔石なんて使って、一体何を……」
ようやくアリソンの平静さを崩せたことににやり、と笑みがこぼれる。
「ふふんっ。甘いわね。魔石だって使いようによっては、起死回生の秘策にだってなるんだから!」
「秘策ですって?」
アリソンの目が、まるで子どものように輝いた気がした。
フィンはアリソンに、力や色の異なる魔石の可能性について説明した。魔石を砕いて粉にしたものを組み合わせれば、無限の可能性があるのだと。
「だからそろそろあなたも覚悟を決めてちょうだい、アリソン」
「覚悟なんて、そんなものとっくに」
「違うよ。アリソン」
「え?」
「人生をあきらめる覚悟じゃない。投げ出す覚悟じゃないの。新しく生き直す覚悟、よ!」
満面の笑みを浮かべ告げれば、今度こそアリソンの目がこぼれそうに真ん丸になった。
これで婚礼の日の打ち合わせは、すべて終わった。あとは当日、マルセルたちを完膚なきまでに叩きのめすだけだ。最終的に雨降って地固まったとしても、マルセルたちのおかげで散々な目に遭ったのだ。その礼は、きっちりさせてもらわねばならない。
「じゃあね、アリソン。次に会うのは、婚礼の日ね。大丈夫。必ずあなたを助ける。あんな奴らに絶対殺させたりしない」
アリソンがじっとこちらを見つめた。ローグとふたり、大きく静かにうなずいた。三人の眼差しが交差し、一瞬の間を置いてアリソンの口元に笑みが浮かんだ。
「まったく、あなたって本当に変な子ね。いえ、あなたたちっていうべきかしら。よく知らない私なんかのために、ここまでするなんて。正気とは思えないわ」
アリソンらしい物言いと、実にアリソンらしい笑みだった。不敵と言ってもいい。やっと本当のアリソン自身を取り戻したらしいことに、ほっとする。
「変でもいいの。私は、私にしかなれないから。アリソンも、アリソンだわ」
「何よ。それ」
「ふふっ。何だろうね」
アリソンがぷっと吹き出した。無邪気な笑顔に、なんだか胸がドキリとする。思わずはっと隣のローグを見やれば、目がこぼれ落ちそうに驚いた表情を浮かべていた。
「何を心配してるのよ。まったく馬鹿な子ね。このローグがあなた以外に目を向けるわけないじゃないの」
「えっ?」
なんでアリソンのかわいさにローグが気づいて心変わりしたらどうしよう、と心配したことがばれたんだろう。アリソンの観察力のすごさに、頬を引くつかせれば。
「ふふっ。仲直り、したのでしょう? あなたたち」
アリソンの意味深な微笑みに、思わずローグとふたり顔を見合わせうつむいた。
「なんでわかったの? まだ何も言っていないのに」
アリソンの宿題の答えを、まだアリソンに伝えられずにいる。計画について話す方が優先だったし。けれどどうやらその必要はないみたいだ。
すべてお見通しだとばかりに、アリソンが軽やかに笑った。
「おめでとう。よかったわね、フィン。ローグも」
顔に熱がこもる。
「うん! ありがとう。アドバイスをくれたアリソンのおかげよ」
「私は何もしていないわ」
驚いた顔のアリソンに、フィンは首を横に振った。
「アリソンがいてくれたから、私自分の駄目さ加減にも気づけたし、変わりたいって思えたの。アリソンが私を救ってくれたの。だから、ありがとう」
「私が、あなたを……救った? ふふっ。本当にあなたって変な子ね。まぁいいわ。おしゃべりはすべてが終わってから、ゆっくりしましょう」
もしかしたらアリソンとも、これから新しくはじまるものがあるのかもしれない。恋とは違うけれど、もっと別の形のとてもあたたかなもの。これまでずっと憧れていた、友人という形。
脳裏にはっと、ある考えがひらめいた。
「ね、アリソン」
「何」
「よかったら、なんだけど。何もかもすっきり終わったら、私の家でお茶会しない?」
アリソンの目が、一瞬丸くなった。物騒な話からの落差に、虚を突かれたのだろう。
「実は私、ずっとお友だちを呼んでお茶会するの、夢だったの。もし嫌じゃなかったら、家の温室でお茶会なんてどうかなぁって」
些細な夢だけど、魔石オタクの変わり者令嬢としては、夢のまた夢なのだ。
きょとんとアリソンが目をゆっくり瞬いた。
「……ふん。別にかまわなくてよ。そこまで言うならお邪魔するわ」
「本当っ? ありがとう! じゃあ、うんとおいしいお菓子を山程用意して待ってる」
声を弾ませ、アリソンを見やった。
「じゃあ、次は婚礼で」
アリソンがすっと表情を引き締め、手を差し出した。その手をぎゅっと力強く握り返す。
次に会うのは、婚礼当日。マルセルたちとの直接対決の日だ。
「えぇ! どーんと構えて待っていて。アリソン。きっと何もかもうまく行くわ。何たって私は、超強運令嬢なんだから」
笑い合って、別れた。
◆◇◆
フィンたちが帰ったあと、アリソンは自室に置かれた花嫁衣裳をじっと見つめていた。
ほんの数時間前まで曇って見えていた白が、今や明るく輝いて見える。これはもう、家族やマルセルの意のままに操られるための衣装じゃない。自分の新しい未来を彩る、無限の可能性を映し出す旅立ちの衣装だ。
どうとでもなれという投げやりな気持ちは、すっかりどこかへ消えていた。
「ずっとこれを捨てられずにいたのは、もしかしたらこの日のためだったのかもしれないわね」
アリソンは手の中の小さな魔石を、ぎゅっと握りしめた。
幼い日にフィンがくれた、ちっぽけな魔石。窓から差し込む夕日に薄桃色が透けて、美しくきらめく。
フィンは魔石が超強運をくれるのだと言っていた。本当かどうかはわからない。ただの思い込みだろうし、いかにもフィンの考えそうなことだ。けれどフィンを見ていると、もしかしたらそんな奇跡みたいなことだってあるのかも、なんて気になる。
皆が役に立たない屑石だという魔石で、色々なことができるのだと言っていた。それだって、フィンじゃなきゃとても思いつかなかっただろう。
「魔石を粉にして、組み合わせる……ね。おもしろいことを考えるものだわ」
頭の中で、さまざまな可能性が躍り出す。
いつの間にか、口元に笑みが浮かんでいた。こんな高揚した気分は久しぶりだ。
あの子が信じる魔石の力を、信じてみたい。そんな気持ちになったのは当然なのかもしれなかった。
もう一度、立ち上がってみよう。家のため、家族のためとかじゃなく、貴族令嬢としての矜持がどうではなく、ただ自分のために。これからの、自分のために。
「本当、変な子ね。ふふっ」
久しぶりに腹の底にわき上がる強いものを感じ、アリソンは不敵に、けれどたおやかに微笑んだ。




