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「僕は……君を、愛している。世界中の何と引き換えにしてもかまわないくらい、君を大切に思ってる。君を守れるのなら、他には何もいらない。……大好きなんだ。フィン」
ローグの口が言葉を紡ぐのを、じっと見ていた。その言葉を、頭の中で何度も何度も繰り返す。
今ローグは何と言っただろうか。自分のことを好きだ、愛していると言いはしなかったか。
ローグの言葉がじわじわと熱を持って、全身に広がっていく。
さっきまで温室に満ちていた冷え冷えとした沈んだ空気が、いつの間にかふわりと軽くなっていた。灯された光が、温室の中を今にも躍り出しそうだ。
(ローグが、私を好き。大好きって言った。愛してるって……!)
顔がぼわぼわと熱い。口元が緩むのを堪えきれず、うつむいていると。
「本当にごめん。僕がヘタレで弱いばっかりに、自分勝手なことをして君を傷つけて」
今にも泣きそうな声に、はっと顔を上げた。
「君は僕を見つけてくれたのに、乾ききっていた心の穴を君があたたかな光で満たして救ってくれたのに、それなのに泣かせてしまって本当にごめん」
「私、ローグを救ってなんか……」
救ってくれたのはローグの方だ。ローグだけが、魔石に夢中な自分を笑ったりしなかった。素敵だねって言ってくれた。それがどんなに嬉しかったか。どれほど救いになったかしれない。
ローグはやわらかく微笑んで、首を横に振った。
「君は確かに僕を救ったよ。皆が作り上げた勝手な価値観とか決めつけなんて、君は気にしないから。君は君の心にいつも自由でいる。好きなものに真っ直ぐで自分の思った価値を信じるそんな強さが、きっと僕を救ったんだ」
それに多分救われたのは、僕だけじゃない。きっとアリソンもだよ。そう言ってローグは微笑んだ。
突然アリソンの話になり、きょとんと目を瞬いた。
「でもアリソンは皆から一目置かれているし、皆に認められてるわ。だからこそコルトン侯爵夫人だってあんなふうに……」
はっとした。
違う。アリソンは言っていた。自分のやってきたことは何もかも無駄だったと。誰も自分の幸せなんて考えていない。だからもういいのだと、何もかもをあきらめていた。
一番身近にいるはずの両親や、自分をちやほやしてきた子息や令嬢たちも、アリソンが身売り同然の不幸な婚約をしたと知ると一気に離れていった。その時アリソンは、一体何を思っただろう。ずっとひたむきに努力を積み重ね自分の望みや欲なんて押し殺し、まわりのために頑張ってきたアリソンは。
胸元の魔石が、ローグの言葉に賛同するようにリン、と鳴った。
「君はまるで土の中から魔石をあっという間に見つけ出してしまうみたいに、僕たちを見つけて声を聞いてくれた。そんな君を嫌いになるなんて、あるはずないよ。アリソンだって、君の気持ちはちゃんとわかっているはずだ」
遠い日のふたりとの出会いが、脳裏によみがえった。もしかしたら、魔石が自分たちをつないでくれたのかもしれない。長い時間をへて、いつの日かちゃんとお互いと出会い直しができるように。思いをちゃんと重ね合わせられるように。
「じゃあ私たち、これで終わりじゃないのよね。だって相思相愛、でしょ」
いまだ自信なさげに視線を彷徨わせるローグに、フィンはぐいと詰め寄った。
「ローグは私を好きで、私はローグがいないと魔石の声も聞こえないし輝きだって曇っちゃう。それって私にはローグが、ローグには私がいないと何もはじまらないってことよ」
最初は子どもじみた甘いだけの恋だった。それがやっと次の段階へと進んだのだ。随分と長い回り道と追いかけっこをへて、ようやく。
「私たちに足りなかったのは、お互いに怖がらずにちゃんと向き合うことよ。自分自身からもふたりの未来からも逃げずに、ちゃんと話せばよかったの。背中じゃなくて互いの顔を見て、何度だって、この先もずっと!」
自分の心も大切な人の心も、簡単には目に見えない。それでも魔石の声に耳を澄ませるみたいに、心をさらけ出して話をすればいい。たとえまた追いかけっこになっても、ちゃんと立ち止まって向き合えばいいのだ。
どこまでいっても自分は自分でしかない。自分で見つけた大切なものを、人を、価値をどこまでも信じてみるしかないのだ。
ローグの震える指先が、おずおずとこちらに伸びる。
「フィン」
ローグの目の奥に、ゆらりと熱いものが見えた。
「こんな情けない僕だけど、やっぱり気持ちに嘘はつけない。僕には君が必要だ。いてくれないと困るんだ。君のいない世界なんて、生きる意味がない。だから」
胸の奥が期待といまだわずかに残る不安に、きゅっと音を立てた。
「だから、はじめからやり直させてくれ。今度こそちゃんと、君にふさわしい男になる。すぐには君にふさわしくなれなくても、そのうちにきっと強くなるから。もう絶対に逃げたりしない」
体に入っていた力がふわりと解けて、ふふっ、と笑いがこぼれた。
好きだから、不安になる。大切だから、怖くなる。ずっと一緒にいたいから、迷うのだ。
「なんだか、不思議だな。ずっと追いかけっこをしてきたみたいだ」
「ふふっ。そうね。私もそう思う。でもね、追いかけっこって、ひとりじゃできないんだよ。ふたりだから、できるの」
「そうか。うん、そうだね。フィンの言う通りだ」
ローグの顔に、陽だまりのようなあたたかい笑みが戻ってきた。
「あ! ねぇ、見て。一番星!」
窓の向こうに、夜が少しずつ広がりはじめていた。その空にきらめく、小さな星をふたりで見やった。
「ふふっ。きれいだね」
「あぁ、そうだね」
隣に並んだローグの手が伸び、頭にぽんと置かれた。伝わる熱に、顔が綻ぶ。
どうあっても縮まらなかった距離が、ようやく近づいた。
「……コホンッ」
背後から、リリーのわざとらしい咳払いが聞こえてきた。
思わずローグと顔を見合わせ、ぷっと噴き出す。
「全部終わったら、もう一度あらためて君に思いを伝えてもいいかな。すっきりした気分で、ちゃんとけじめをつけたいんだ。これからの僕たちの未来のために」
その意味に気づき、フィンの顔にぼうっと熱がこもる。
「はい!」
それまでは、これ以上の距離に近づくことはない。だって今の自分たちは、元婚約者という関係なのだから。これでもれっきとした貴族の令嬢なのだ。リリーの目も光っていることだし。
もう一度顔を見合わせ、弾むように笑った。
温室の空気は、すっかり穏やかであたたかなものに変わっていた。




