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魔石オタクの超強運令嬢、心変わりしたはずの元婚約者と終わらない追いかけっこをはじめます!  作者: あゆみノワ@書籍『完全別居〜』アイリスNEO
3章

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4

 思いもよらない言葉を紡ぎ続けるフィンを前に、ローグは激しく混乱していた。動揺する頭と心をどうにか落ち着かせようとする思いとは裏腹に、勝手に体が動いた。


 ガシャンッ!


 勢いよく立ち上がったがためにこぼれた紅茶が、クロスに染みを広げていく。呆然とそれを見やり、慌ててナプキンで拭う。

 けれど一度広がった染みは、どんなに拭っても消えはしない。時とともにじわじわと広がって、心の中に広がっていく不安みたいに。


(全部自分のせいだ。こんなことになってしまったのは、フィンをこんなに悲しませてしまったのは何もかも、情けない自分のせいだ)


 ぐしゃり、と髪をかきむしった。

 このままにしてはおけない。何としてでもフィンの間違った思い込みを正しい方向に引き戻さなくては。それには、覚悟を決めるしかない。たとえそれによってフィンをがっかりさせることになっても、もう仕方ない。


 すう、と息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。それを何度か繰り返し、フィンを真っ直ぐに見やった。

 いつもキラキラと魔石への情熱と喜びにきらめいていた薄緑色の目が、今にも泣き出しそうに潤んでいる。その目ににじむ切なげな色に、胸がきしんだ。


「フィン。これだけは信じてほしい。僕は他でもない君だから、婚約を申し入れたんだ。その思いに嘘はない」

「……」


 フィンが息をするのも忘れたように、こちらをじっと見つめていた。静かな、けれど真っ直ぐな視線だ。そんな目で見られてはもう逃げも隠れもできない。


「僕は、本当にすべてが無事に終わったら君との婚約をもう一度結び直すつもりだった。だから婚約を解消したんだ。君を守るには、それしかないと思ったから」


 悲しませることになるのは、わかっていた。でもフィンの命を守るためなら、失わないためにはそれしかないと思った。


「君がマルセルたちのことを調べはじめた時は、本当に驚いたよ。奴らから遠ざけるために婚約を解消したのに、なんで君の方から近づいてるんだろうって」


 あの時の恐怖といったら、とても言葉では言い表せない。一刻も早くフィンを奴らに見つかる前に遠ざけなくては、そう思いながらもつい怯んだ。


 フィンが失意から高熱を出し寝込んでいたことは、聞いていた。魔石にも関心を失うくらい落ち込んでいると知って、合わせる顔がないと思った。けれど屋敷に引きこもっている間は、奴らに狙われずに済む。

 時間がたてば、奴らもあきらめるかもしれない。もしくはその間に自分がマルセルたちの悪事を明らかにして、フィンが襲われる前に面倒事を片づけるか。そのどちらかしかないと思った。


 けれど、驚きはそれにとどまらなかった。今度は自分の存在に気が付いたフィンが、猛然と自分を追いかけてきたのだ。反射的に逃げ出した。なんで逃げているのかもわからずに、町中を追いかけっこする羽目になったのだ。


「だから僕はつい、君があんまりにも真剣な顔で追いかけてくるから、僕の身勝手な決断を怒っているのかもって思って逃げ出した」


 いや、違う。それだけじゃない。


「でも本当は、追いかけてくる君から逃げ出した本当の理由は」


 汗ばむ両手を、ぎゅっと爪が食い込むくらい握りしめた。


「僕があんまりにも不甲斐なくて頼りなくて、君に釣り合わないから。だから君から逃げ出したんだ。君自身からも、君との未来からも」


 ローグは、ふと脳裏に浮かんだ兄の顔に深いため息を吐き出した。


 四つ年上の兄は、幼い頃から実に優秀で人目を引く性質の持ち主だった。いかにも溌溂とした見た目に、堂々とした態度。成績も優秀で運動も誰よりできた。学院時代の友人たちからも一目置かれ、気が付けば兄のまわりには人だかりができていた。多分皆、兄の頼りがいのある空気に引き寄せられていたのだろう。誰の目から見ても、嫡男として申し分のない男だった。


 それに引き換え、弟である自分はなんとも残念過ぎる存在だった。成績は人並み、運動に至っては同じ年頃の同級生に比べてもひどい有り様だった。何と言うか、何をやらせても不器用極まりないというか、うまくいかないのだ。

 いつだって背を丸め、兄の成功と人気の影に隠れ必死に身を縮こまらせていた。できるだけ誰にも気づかれないように存在感を消していれば、悪目立ちせずに済む。そう考えてのことだった。


 両親の期待も、当然のことながら兄に集中した。見た目も中身もパッとしない下の子など、いてもいなくても同じ。家を守るという意味では、両親の決断は正しかった。それが貴族というものだし。

 そうは思いながらも、心にぽっかりと開いた穴は埋められない。自分は石ころだ。道端に転がる、誰も目に留めさえしないただの石ころだ。それでいい。そう自分に言い聞かせても、いつも心は乾いていた。

 そんなある日、フィンに出会った。


 誰も見向きもしない、何の役にも立たない魔石が好きだと目をキラキラと輝かせるフィンは、直視できないくらいに眩しかった。もしかしたらこの子の目になら、自分の姿が映るかもしれない。ただの石ころにも目を向けてくれるかもしれない。

 そんなことを思った。だから声をかけたのだ。


『何の役にも立たないと言われる魔石だけど、こんなにきれいなのよ。私にはちっともいらない無駄なものなんかじゃない。誰が何と言おうと大好きだし、大切な存在なの』


 そう言って、胸から下げた魔石のペンダントを見せてくれた笑顔が、今でも目に焼き付いている。

 何ものにも揺るがない真っ直ぐな魔石への情熱と愛情を見せるフィンは、光そのものに見えた。


 そんなフィンを守るためなら、何だってする。命なんてちっとも惜しくない。たとえ嘘をついて傷つけて嫌われてしまったとしても、何度だって求婚すればいい。そう思っていた。なのに――。

 追ってくるフィンから、わけもわからず何日も逃げ続けた。


 何をしているんだろう。フィンを守るんじゃなかったのか。なのにお前は一体何をしているんだ。

 自問自答を繰り返しながら町を逃げ惑ううちに、気が付いてしまった。


 あぁ、自分は怖くなったんだ。自分にはこの先フィンを幸せにできないかもしれない。いつかこんなちっぽけで情けない自分の姿を知られてしまったら、フィンは逃げ出すかもしれない。その目から輝きが失われてしまうかもしれない。

 もう、自分にはフィンしかいないのに。世界中でこんな光は、他にどこにもないのに。


 力のない、かすれたため息が口からこぼれ落ちた。


「僕が逃げ回っていたのは、僕が君にふさわしくないと気づいてしまったからだよ。君にいつか捨てられるのが、怖くなったんだ」


 あぁ、情けない。なんて情けないんだ。フィンはこんなにも頑張っているのに。アリソンのために、なりたい自分になるために変わりたいと言ってこんな無茶までしているのに。それなのに、フィンに万が一のことがあったらと思うと怖くて応援もできない。


「だから、魔石掘りも反対した。あいつらの目に届くところに、君をどうしても置きたくなくて。事態をどうにかするには、君の提案が正しいってわかっていたのに、僕は」


『君はすごいね。僕には無理だ。君のようにはいかないよ』


 思わずぽろりと本音が出た。正直な気持ちだった。


 婚約を解消してからというもの、フィンは一生懸命だ。どうにかしてアリソンの命を救い不幸な結婚から救い出そうと、必死に動いている。危険も顧みず真っ直ぐに目的を遂げようとするフィンは、とても勇ましく眩しい。

 こんな情けない男に、この先フィリィをとても幸せになんてできっこない。そんな現実を突きつけられて、途端に気持ちが萎んでしまった。だから色々なことにかこつけて、婚約からもフィンからも逃げ続けたのだ。


 絞り出すように、何もかもを吐き出した。情けなく格好悪い自分を、さらけ出した。


「ローグが、私にふさわしく、ない? 私が、じゃなくて?」


 フィンが目を大きく見開いて、ゆっくりと瞬きを繰り返した。


「あぁ、そうだよ。僕が勝手に落ち込んで、あまりの情けなさに自分を見限って逃げ出しただけだ。本当の姿が君にばれて嫌われるのが怖かっただけなんだ。ごめん。フィン」

「でも私、ローグのご家族ともろくに関係を持とうとしなかったわ。本当ならもっとちゃんと、ローグとの未来のために頑張るべきだったのに。あなたが会わなくてもいいって言ってくれる言葉に甘えて、ずっと逃げていたの。どうせ私にはうまく付き合えない、気に入ってもらえないって思ったから。そんな私に不安を感じていたんじゃないの? こんな子と結婚しても、幸せになれないんじゃないかって」

「そんなの、とんだ思い違いだ。そんなこと僕の両親は気にもしてないよ。だって僕の毛婚なんかに、興味なんてまるでないからね」


 心の中に散らばった言葉を丁寧にかき集めながら、ゆっくりと静かに告げた。


「でも本当は、ただ君を守りたかった。君の大切な魔石に囲まれたあたたかな世界も、これからの幸せも何もかも。でも君を守るには、僕じゃ足りない。僕なんかの力じゃ、とても」


 大好きな魔石にキラキラと目を輝かせ、楽しそうに笑うフィン。今日もいい魔石と出会えたの、と言っては泥だらけの顔で自慢げに見せてくれる。まるで子どもみたいだけれど、無邪気で嘘がなくて真っすぐなフィンが、いつも眩しかった。

 そんなフィンの世界を、ほんのわずかでも曇らせたくない。それにはこのまま自分はフィンの前から去った方がいい。


「だからもう君は、こんな情けない僕のことはさっさと忘れて……」

「ローグ」


 動きを止めていたフィンが、ようやく口を開いた。


「それって、私のことを好きってこと?」


 思わぬ問いかけに、時が止まった。


「答えて。ローグ」


 胸が騒がしく打ちはじめる。忙しなく跳ねる胸の鼓動と同時に、汗がぶわりと吹き出す。

 覚悟を決めた。最後くらいは、少しくらいましなところを見せたい。最後の記憶に残る姿が、これ以上情けないものであってはほしくない。


 ぐっと口元を引き結び、声を振り絞った。


 どうかこの言葉が真っ直ぐにぶれることなく、まかり間違ってもおかしな勘違いで曲解されることなくフィンに届きますように。心からそう願いながら、フィンの反応を待った。


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