79 第三の力 自然力
「ここまでくれば大丈夫だろう」
ジンはゴーレムを徐行させ、サタン一行を振り返る。
「さて、旅の方。まずは助けてくれたこと感謝する」
「いやこちらこそ、助太刀感謝する」
ゾイルは頭を下げ感謝の意を示す。
勇者はまだ荒い呼吸のまま、ジンにお礼を言う。。
「ほんとに助かりました。あんな大きなサソリ、私たちではきっと対処できなかったです」
そう言って、まっすぐにジンの目を見る。
そして深く頭を下げた。
ゴーレムの上に立つ存在。
白い外套が風に揺れる。
その下から覗く褐色の肌は陽光に焼けたものではなく、どこか光を吸い込むような質感をしている。
琥珀色の瞳は人のものに見えるが、奥に揺れる炎はこの世の理を外れていた。
ジンはゆるやかにサタンへ視線を向ける。
「そこのお方なら何とかできそうだったようにお見受けするが……まあいい」
声音は落ち着いている。
だが砂粒の一つ一つを震わせるような、底のある響き。
「して、この地に何用で?」
サタンは肩についた砂を払う。
「俺たちはこの先にいる雷虎を倒しに行く」
その言葉に、ジンの眉がわずかに動いた。
「なんと……あの雷虎を?」
一瞬、風が止まる。
遠くで雷鳴のような乾いた音が響いた気がした。
「しかし……もしかしたらあなたなら……」
そこでジンは静かにゴーレムから降りる。
砂に足が触れた瞬間、周囲の熱気がわずかに歪んだ。
「名乗り遅れました。私はこの地に住むジンのラシード」
その名を告げると同時に、背筋を正す。
先ほどまでの観察者の態度とは違う。
“力ある者”への礼節。
サタンは片眉を上げる。
「俺はサタン。そこにいるのが剣使いのゾイル、魔法使いのエリス、勇者のリツカ、猫のタマキンだ」
ラシードの視線が順に巡る。
ゾイルには一瞬、獣のような鋭さを測る目。
エリスには炎の揺らぎを読むような静かな観察。
そして勇者へ――
「なんとかわいらしい姿」
勇者はぱちりと目を瞬かせる。
「そ、そんな……」
頬がわずかに赤く染まる。
だがラシードの視線はその隣へ流れた。
「クールな黒い姿。さらに相反するモフモフの姿がたまりませんな」
「ニャ」
タマキンが誇らしげに胸を張る。
勇者は一瞬、意味を理解し――
「……え?」
顔を真っ赤にする。
ゾイルが小さく鼻で笑い、エリスは肩をすくめた。
サタンはため息をつく。
「気にするな」
ラシードは柔らかく笑う。
だがその瞳の奥は、依然としてサタンを測っていた。
砂漠の風が再び強く吹き抜ける。
遠くの空に、薄く黒い雲がかかる。
「雷虎は、ただの魔獣ではありません」
ラシードの声が低くなる。
「魔力が膨大なだけではなく、自然力の操作に長けた魔獣なのです」
「自然力……」
「そこのお嬢さんも少し操れるようだが、雷虎の自然力は桁違いだ」
「話の腰を折ってすまない。その自然力ってなんだ?」
ゾイルは疑問を呈してくれた。
サタンは心の中でグッジョブと賞賛を送る。
サタンの頭の中で声が聞こえる。
(やれやれ、そなたも知らんのか)
(久しぶりの登場とおもえば、バカにしたいのか?)
(馬鹿にしたくもなるさ。インドラだって操っていただろう?)
見たことはあるが、見ただけでそれが何であるかなんて分かる訳ないだろう。
脳内で言い争っている間にラシードが教えてくれる。
ルシファーさん、最近冷たいなと思うサタンだった。
「自然力は魔力・神力に並ぶ力だ。……まあ、実際に見た方が早いだろう」
ラシードは右手を天に掲げる。
すると突風が巻き起こる。
「急に突風が!」
「風は常に吹いています。私は新しい風を起こしていない。流れ方を整えただけ」
エリスが混乱した顔になる。
「でも魔法と何が違うんです?」
ラシードは手を止める。
風が止んだ。
いや、正確には弱く吹いている。
「魔法は術を終えたら消える。自然力は、元の環境を利用しているだけ。生み出してないゆえに、それ以上の事象は起きない」
ラシードは植物の自生している場所に行き、しゃがんで地に手を当てる。
地下から水を吸い上げ、手のひらの上で水の球体を浮かせる。
「「「「み、水!!」」」」
「あなたたちにはこれが必要ですよね?」
しばしの間、皆こぞってラシードの水を我先に飲もうとして争っていた。
「フフフ、この光景は何度見ても面白いですね」
娯楽の少ない砂漠でのラシードの楽しみだった。
しばらくして。
勇者が説明を補う。
「つまり自然力は容量を持っていない」
ラシードが続ける。
「はい。自然力には燃費の概念がありません」
エリスが首を傾げる。
「疲れないってことかしら?」
「正確には操作で疲れることはあっても“自然力切れ”という言葉は無い。私が力の源を出力してないからね」
風がゴーレムの脚の間を抜けていく。
「私は空気を動かしていません。空気が動き続ける理由を少しだけ整えている」
ゾイルが腕を組む。
「場所が変われば?例えば無風の室内だったり……」
「使えません。風が無い室内や洞窟では何もできない。嵐の中では強大な台風となる」
サタンが空を見上げる。
「環境依存、か」
ラシードは頷く。
「ええ。私が強いのではありません。この砂漠の風が強いのです」
エリスが考え込む。
「じゃあ……私の魔法……この炎に使ったら?」
ラシードは手を差し出す。
「一度、火を」
エリスが小さな火球を出す。
するとラシードが指先で自然力を用いて風を流す。
次の瞬間、炎が細長く伸び、槍のように前方へ吹き飛んだ。
十数メートル先の砂が爆ぜる。
エリスが目を見開く。
「なに今の!?とんでもない威力が……」
「ブーストです」
ラシードは言う。
「魔力は火を生む力だとすると、自然力は、燃え広がる条件を整える」
ルシファーがサタンの口を勝手に使い補足する。
「火は空気で燃える。風が流れを作れば、火は炎になる」
勇者が小さく呟く。
「じゃあ、神力だと?」
ラシードは勇者の槍を指す。
「神力を少しだけ込めてみてください」
勇者が槍を上げる。
神力の光が槍に宿る。ラシードが右手で槍に触れ自然力を注ぐ。
次に左手で魔力の風を起こす。
風が一点に収束し、槍の周囲だけ空気が静止した。
マントも髪も揺れない。
「……え?」
「風除けです」
ラシードは穏やかに言う。
「神力は破邪と守る力。自然力が環境を整えれば、加護は何倍にも強まる」
エリスは青白いかおでつぶやく。
「概要は分かったわ。でも裏を返せば――」
遠くの空で、青白い閃光が走る。
「雷虎の領域じゃ、自然力に長けた雷虎は無尽蔵に強くなる」
ラシードの表情が静かに引き締まる。
「ええ。あの山では、風も空気もすべて雷の通り道になります」
ゴーレムの脚の間を、冷たい風が吹き抜けた。
「我々は魔獣と戦うのではありません」
彼は前方の闇を見据える。
「雷そのものと戦うのです」




