73 ねこと勇者と魔族の雷虎討伐チーム結成
「討伐に行く前に、お祈りしてからでいい?」
勇者は、サタンの討伐クエストについてくるつもりのようだ。
「……お前も来るのか?」
俺は驚き、勇者の顔を見る。
「だって、サタン。あなた、クエストをこなしたところで、その後の処理の仕方とか、申請の方法とか分からないでしょ?」
「まあ、そうだが……それなら帰ってきたときにでも……」
「都合のいいときだけ手伝うなんて嫌よ」
エリスが助け舟を出す。
「はあ……雷虎相手じゃ、お前たちのレベルでは危険すぎる」
「私も、一緒に戦いたいと言うつもりはないわ」
勇者は、まっすぐサタンを見る。
「ただ、あなたの戦う姿を……この地で暴れている雷虎の行く末を、遠くからでも見届けたいの」
勇者は大きな瞳で、サタンの目をじっと見つめていた。
「……危険なことはするなよ?」
俺は勇者とエリスをまっすぐ見る。
二人とも、意志は固いようだ。
「ええ。リツカのことは、私が責任をもって守るわ」
「わかった」
俺は小さく息を吐いた。
「……それから、俺は町の外に仲間を待たせている。そいつらと行動するから、一緒に来たければ、俺とそいつらの舌を満足させる料理を作ることだ」
「その仲間って、魔人?」
勇者は顔を引きつらせながら聞く。
「魔人と魔獣だよ」
「魔獣……」
勇者とエリスは、巨大な体で魔法を操り、雷虎にも並ぶような凶暴で強力な魔獣を想像した。
「出会ってすぐに戦闘にならないわよね?」
「それはお前たち次第だろうな」
サタンはあっさりと言う。
「そもそも俺がここに一人でいるのは、あいつらが人間嫌いだからだ。一応、口利きはしてみるが、どんな反応をするかは分からないな……」
「別行動で、こっそりあなたの後をついていくのは?」
「それは悪手だ」
サタンはすぐに否定した。
「連れは気配を感じ取るのが上手い。すぐに気づかれるだろうし、話がこじれる」
そして、二人を見て付け加える。
「……とにかく、手土産は忘れるな」
「では、いろいろ準備があるので、翌朝、南門の前に」
王都、南門の朝。
夜露の残る石畳を、まだ完全に昇りきらない朝日が斜めに照らしている。
門番が欠伸を噛み殺しながら、槍に寄りかかっていた。
いかにも、今日も何も起きなさそうな、平和な朝だった。
その平和の中心に、どう考えても異様な光景がある。
「……エリス、それは何だ?」
サタンは、門の前にそびえ立つ“荷物の山”を見上げていた。
もはや荷物ではない。
引っ越しである。
エリスは胸を張った。
「遠征よ? 当然でしょう」
背中には巨大な背嚢。
両手には袋。
腰には鍋。
さらに肩からは干し肉の束。
なぜか、折りたたみ椅子までくくりつけられている。
「雷虎を討伐に行くのに、なぜ椅子が必要なんだ」
「待ち時間があるかもしれないでしょ」
サタンは腕を組み、呆れた顔でそれを眺めた。
「女とは奇妙な生き物よな。狩りに行くのか、野営に行くのか、あるいは移住か」
エリスは不満げに眉をひそめる。
「サタンは荷物が少なすぎ。水も持ってないじゃない」
「必要ない」
「絶対あとで飲みたがるわよ」
「その時は川を飲む」
「飲むな」
エリスが即座に突っ込んだ。
「……勇者は?」
サタンがふと気づく。
エリスも周囲を見回した。
「遅いわね……あ、でも時間を言うの忘れてたわ」
その頃、勇者は門とは逆方向に歩いていた。
教会。
朝の礼拝前の、静かな時間。
色ガラスを通した光が、石造りの床に青や金の模様を落としている。
勇者は足音を忍ばせて中へ入り、祭壇の前に立った。
そこには、古びているのに不思議と輝きを失わない聖遺物が安置されている。
光の精霊の加護を受けた場所。
勇者という役目を与えられた象徴。
少女は、そっと跪いた。
――行ってきます。
声には出さない。
――雷虎を倒しに行きます。
一拍、間を置く。
――でも、それだけじゃありません。
目を閉じる。
――私は……。
少し迷ってから、心の中で言葉を選んだ。
――あの人を、ちゃんと見極められるようにしてください。
サタンの顔が浮かぶ。
助けてくれる。
けれど、信用していいのか分からない存在。
――敵なら、剣を振れるように。
――敵じゃないなら、間違えないように。
そして、もう一つ。
――……死なせたくないです。
誰を、とは言わなかった。
静寂。
返事はない。
風も吹かない。
光も変わらない。
神も、大天使ウリエルも、何も語らない。
しばらく待ったあと、勇者は小さく息を吐いた。
「……ですよね」
立ち上がる。
「じゃあ、自分で決めます」
祭壇に一礼し、勇者は教会を後にした。
南門。
「遅い」
サタンが言うのと同時に、勇者が小走りでやって来た。
「ごめん、ちょっと用事があって」
エリスがじっと顔を見る。
「……教会?」
「うん」
サタンは特に追及せず、踵を返した。
「では行くか。雷虎とやらを見物に」
「討伐ね」
三人は門を出た。
草原の街道。
しばらく進んだ頃、岩場の陰から低い声がした。
「サタン様……遅いです! それに、人間など!!」
現れたのは、灰色の肌と角を持つ魔人――ゾイル。
腕を組み、不機嫌そうに三人を睨んでいる。
その足元には、二本足で立つ黒猫がいた。
丸い目。
小さな牙。
ふわふわの尻尾。
「にゃ」
タマキンは勇者を見た瞬間、背を弓なりにして威嚇した。
「シャーーーッ!!」
「わっ、ちょ、まだ何もしてない! ていうか、この魔獣、可愛いね」
ゾイルの目が細くなる。
「人間の臭いが濃いな。やはり気に入らん」
空気が険悪になる。
エリスが勇者の前に出た。
「私たちは敵じゃないわ」
「信用できるか」
サタンは一歩前へ出る。
「ならば、これならどうだ?」
袋を差し出す。
ゾイルが受け取った。
中には、香ばしい肉の燻製と、濃厚なスープの瓶詰めが入っている。
良い香りが、鼻腔をくすぐった。
生臭い魔物の心臓の串焼きばかり食べていたゾイルは、今にも飛びつきたいほどだった。
タマキンの鼻が、ぴくりと動く。
さらに、エリスは小袋を取り出して地面に置いた。
ぱさっ。
人間の手で丁寧に処理された、上質な乾燥ゲキマタタビ。
タマキンの目が、一瞬で輝いた。
「……にゃ」
威嚇が止まる。
次の瞬間――。
ごろん。
転がった。
「にゃあああああああああああああ!」
完全降伏である。
ゾイルが額を押さえた。
「……タマ、お前……」
タマキンは恍惚の表情で、地面を転げ回っている。
エリスが小声で言う。
「買収成功ね」
「早い」
勇者は思わず呟いた。
ゾイルは溜息をつき、肉を一口かじる。
沈黙。
もう一口。
「……うまいな」
サタンが薄く笑う。
「チーム結成だ」
ゾイルは顔をしかめながらも、勇者とエリスに背を向けた。
「勘違いしないでいただきたい。同行するだけです」
「にゃぁ~」
こうして、奇妙な討伐隊が結成された。
雷虎討伐の旅が――思ったよりずっと賑やかに始まった。




