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71 血に染まる王城  城門を破る巨人

城に着くと、リツカは門の前に立つ兵に声をかけた。


兵は、ひどく憔悴した顔をしていた。


「ゆ、勇者様!! もう旅立たれたのかと……! と、とにかく、お探ししておりました! ささっ! 王様のもとへ!」


城門には、無数の血痕が残っている。


視界の端には、布に覆われた遺体がいくつも見えた。


リツカは息を呑む。


そして、そのまま王のもとへ案内された。


王は、ひどく怯えた顔をしていた。


顔のしわのひとつひとつに、恐怖を折りたたんでいるかのようだった。


「おお、勇者よ。どうか頼む。この通りだ。どうか今夜だけは、この城にいてはくれんか? お願いだ」


威厳もかなぐり捨てたその姿に、リツカは思わず同情した。


先日は下心の見え隠れする願いだった。


しかし今回は、まったく違う意味で勇者を必要としている。


「王様、落ち着いてください。どうか、昨日のことを詳しくお聞かせください」


「ああ……恐ろしい。わしは、魔界の住民を甘く見ておった。長き間、結界に守られていた慢心だ……」


王は低く、喉の奥を擦るような声で語り始めた。


火の落ちかけた燭台が、わずかに揺れている。


「怒らせてしまったのだ。グレンデル――毛むくじゃらの巨人族をな」


それは、夜の闇を裂く音だったという。


砦の鉄製の門が、まるで薄板であるかのように叩き割られた。


悲鳴が上がる間もなかった。


駆けつけた騎士たちは、剣を振るう暇すらなく潰され、引き裂かれ、投げ捨てられた。


「三十人だ……」


王の指が、無意識に震える。


「歴戦の騎士が、三十人……。血と鎧が混じり合い、もぎ取られた手足が散らばっておった」


王の声が、さらに掠れる。


「夜の間、兵たちの叫び声とうめき声が廊下に響き続けた。誰が誰だったのか、もう分からぬほどに顔も体も滅茶苦茶になっておった」


グレンデルは去った。


だが、それは終わりではなかった。


「……今夜も、奴は来る」


王はそう断じた。


それは予感ではなく、確信だった。


城の者たちは皆、分かっている。


刻々と夜が迫る中、鉄が軋む音に耳を澄ませ、眠れぬまま朝を待つしかないことを。


「城の騎士では歯が立たぬ。王宮魔法使いの呪文も、皮膚を焦がすだけで止められなかった」


王はゆっくりとリツカを見る。


沈黙が落ちた。


「これは頼みではない。この城が、今夜を越えるための、最後の手段だ」


王は深く息を吸い、震えを押し殺すように続けた。


「勇者よ。どうか、あの夜を……今夜で終わらせてくれ」


リツカは静かに頷いた。


「わかりました。王様」


そして、まっすぐ王を見る。


「昨日も、町が魔族に襲われ、被害が出ています。結界の修復を急がねばなりません」


リツカは言葉を続ける。


「また、今後この国は、魔界の生き物に対する対抗力を得る必要があるでしょう」


「ああ、もちろんだ」


王はすがるように頷いた。


「国を挙げて、町の復興と対魔族設備を進めることとしよう。だから頼む。今日を……今晩を乗り越えさせてくれ!!」


「承知しました」


リツカは槍を握りしめる。


「この命に代えてでも……」


夜は、あまりにも静かだった。


城の者たちは皆、息をひそめ、怪物の襲来に備えている。


やがて、城門の向こうから――。


鉄が悲鳴を上げる音が響いた。


次の瞬間、城門が内側へと膨れ上がる。


巨大な拳が、鉄と木をまとめて殴りつけたのだ。


一撃。


鋲が飛び、蝶番が裂け、門は紙細工のように崩れ落ちた。


闇の奥から現れたのは、毛むくじゃらの塊だった。


グレンデル。


人の形をしている。


だが、人ではない。


頭は城壁より低いはずなのに、それでも“見下ろされている”と錯覚させる何かがあった。


「構えろ! 迎撃――」


叫びは、途中で途切れた。


兵が掴み上げられ、鎧ごと地面に叩きつけられる音が響く。


骨が砕ける感触が、石畳越しに伝わってきた。


剣は折れ、槍は曲がる。


盾は、一瞬でただの“板”に戻った。


グレンデルは進む。


止まらない。


殺しながら、王のもとへ向かっている。


兵たちの悲鳴が、城内にこだました。


「助けてくれ!」


「腕が……腕がない!」


「逃げろ……来る……っ!」


リツカは王の間に立っていた。


王の前に一歩出て、護衛の構えを崩さない。


――だが。


悲鳴が、近づいてくる。


一人。


また一人。


断末魔が、階段を上ってくるようだった。


肉が裂ける音。


骨が噛み砕かれる音。


息が潰れる、最後の音。


リツカの歯が、ぎり、と軋んだ。


壁が、扉が、床が、血に染まっていく。


影が、扉の隙間を横切った。


兵が投げ飛ばされ、壁に叩きつけられる。


その瞬間――。


リツカは、槍を強く握りしめた。


「……もう、聞いていられない」


誰に言うでもなく、低く呟く。


王が振り向くより早く、リツカは背を向けた。


「王様。ここを離れないでください」


それだけ言い残し、リツカは走った。


血の匂いの濃い廊下を抜ける。


折れた槍を踏み越える。


死にきれず呻く兵の横を、歯を食いしばって通り過ぎる。


――階段の下。


グレンデルがいた。


毛皮は血で濡れ、その手には、まだ温かい鎧の残骸がぶら下がっている。


巨人が、リツカを見た。


口角が、裂けるように吊り上がる。


「……来たか」


言葉とも、獣の唸りともつかぬ声だった。


リツカは槍を構え、息を吸い込む。


ここで止める。


これ以上、王のもとへは行かせない。


城の夜が、二つの影を中心に凍りついた。


グレンデルは、血に濡れた腕をだらりと垂らしたまま、リツカを見下ろしていた。


吐く息は熱を帯び、毛皮の隙間から白く揺らいでいる。

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