63 魔法使いエリス
「さて、装備を揃えたら、仲間集めに向かおうかな」
私は城を出て、道具屋へ向かった。
「こんにちは~」
「おお、これはリツカちゃんかい。大きくなったねぇ」
道具屋のおっちゃんは、昔からの知り合いだ。
「今日から、私も勇者様になったんだからねッ!」
「ははッ! 噂には聞いていたが、まさかリツカちゃんが勇者様だとはね!」
「ということで、これから城の外に出ようと思うんだけど、何か冒険者におすすめの道具を売ってくれないかな?」
「そうだねぇ。リツカちゃん……じゃなかった、勇者様は、武器は何が使えるんだい?」
「弓も槍も剣も、一通りは使えるよ」
「うーん。その中で言えば、ここにいいものがあるよ」
「本当? よかった。見せて」
おっちゃんは店の奥へ行き、少ししてから、布に覆われた棒状のものを抱えて戻ってきた。
布を取り払うと、銀色に輝く槍が現れた。
「きれいな槍……」
「これは半分ミスリルでできていてな。この店に伝わる家宝なんだが、リツカちゃんにあげるよ」
「ミスリル!? そんな高価なもの、もらえないよ!」
ミスリルといえば、この魔界では金よりも高価なものだ。
軽く、丈夫で、硬く、錆びない。
神力との相性も抜群である。
武器にはもってこいの物質だが、いかんせんミスリル自体が高価すぎて、そうそう武器にできるものではない。
「いや、いいんだ。実は……な。俺も、もうこの先長くないんだ」
「え?」
「この魔界にいれば、魔風雨によって少しずつ瘴気に蝕まれていくことは、リツカちゃんも知っているだろう。城の中にいる間は、結界に守られている分、まだ大丈夫なんだが……」
「問題は、城外に出た時ってこと?」
「ふふ、やっぱりリツカちゃんは頭がいいな。その通りだ。昔は俺も冒険者だったんだが、魔人との戦いで怪我をして、冒険者を引退したんだ。それ以降、道具屋として生計を立てている。でも、それまで外での生活が長かったことと、仕入れでたまに外へ行くせいか、この体が瘴気に蝕まれていてな」
おっちゃんは、少し寂しそうに笑った。
「俺は独身だし、この店を継ぐ人間もいない。俺が死んで国庫に入るくらいなら、どうか勇者様に使ってほしいんだ」
「おっちゃんが死なずに済む方法はないの?」
「優しいな。俺の命は、あと一年くらいだろう。方法といっても、雲をつかむような話だ」
「それは何?」
「魔界には、各地を放浪している幻の薬師がいるんだ。そいつなら、もしかしたらこの病の治療法を知っているかもしれない」
「そうなのね。必ずその薬師を見つけて、おっちゃんの病気を治してみせるから」
「自分から言っておいてなんだが、無理はしないでくれ。リツカちゃんを、あえて危険な目に遭わせたいわけじゃないんだ」
「いいえ。これは私の問題でもあるの。城外で活動するなら、私や、私の将来の仲間も、おっちゃんと同じ状況になるかもしれないし」
「そうか……。やっぱり君は、頭がいいし、優しいんだな」
おっちゃんは、私に気を遣わせないようにしているのだろう。
私はそう感じた。
「おっちゃん、本当にこれ、もらっていいの?」
「ああ。好きに使ってくれ」
私は、ミスリル製の槍をつかむ。
見た目以上に軽く、手によくなじんだ。
槍の先端は、鳥が翼を広げたような形をしている。
――千鳥十字槍。
「ありがとう。この槍にかけて、必ず手がかりを見つけてくるよ」
おっちゃんの想いと槍。
そして、一式の防具を手に入れた私は、道具屋を後にした。
防具は国から支給された金貨を用いて購入した。
とはいえ、路銀も必要となる。
そのため、聖銀の胸当てと小手、ヘビガエルノワルビノの皮を加工した防水マント、そして道具袋だけの簡単な装備にとどめた。
勇者は、大臣から紹介された冒険者の家を訪ねていた。
城下町の一等地。
石畳の広い通りに面した、二階建ての邸宅。
外壁には魔法で刻まれた護符のような紋様が輝き、窓からこぼれる灯りは、庶民の家とは一線を画していた。
見るからに裕福で、ただの冒険者というには、いささか過ぎた装飾ぶりである。
「女の人って言っていたけど……どんな人なんだろう?」
勇者は胸の鼓動を宥めながら、門をくぐる。
玄関先に立つと、鼻をつく焦げた匂いが漂ってきた。
――焦げた木?
いや、何かが焼ける、もっと生臭い匂いだ。
「ん? ……なんか臭いな」
訝しみながら、ドアノブに手をかける。
ノックしようか一瞬迷った。
だが、案内もないまま訪ねてきた手前、つい遠慮がちに扉を押し開いてしまう。
その瞬間――。
「――あぶなッ!? アッツ!!」
轟音とともに、炎の塊が飛び出した。
反射的に身をひねる。
顔のすぐ横をかすめた火球が、熱風をまき散らして通り過ぎた。
髪が焼ける匂いがした。
たぶん、数本は縮れてしまっただろう。
火球は通りの向かいにあった壺に直撃し、爆ぜるように砕け散る。
中身が燃え上がり、橙色の炎が瞬く間に立ち昇った。
――あれが自分に直撃していたら、城外での活動どころか、勇者としての生涯が数分で幕を閉じていたかもしれない。
「ちょ、ちょっと! 何するんですか!?」
勇者は煙を払いながら、玄関口に向かって怒鳴った。
「何するって……勝手に扉を開ける方がどうかしているんじゃなくて?」
声の主は、涼やかで、少し甘く響く女の声だった。
やがて姿を現したのは、自分より七つ、八つは年上に見えるお姉さん。
艶やかな赤髪を肩で切り揃え、透き通るような白い肌をしている。
ゆるやかに腰を揺らしながら近づいてくるたび、胸元の布地がわずかに揺れた。
開いた襟元からのぞく双峰は、見る者の視線を拒むようでいて、決して逃がさない。
勇者は思わず息を飲んだ。
――これが、紹介された魔法使い?
想像していた「熟練の賢者」像は、音を立てて崩れ去った。
「ノックしない者には、自動でファイヤーボールを発射する魔法を仕込んでおいたの。でも、そうね……もう少し出力を抑えた方がいいかもしれないわ。無作法者を本気で焼き殺しちゃうところだったもの」
女はそう呟きながら、まるで自分が引き起こした惨事を他人事のように、指先で呪文の印を描いている。
その仕草さえも、妙に艶めかしい。
勇者はごくりと唾を飲み込み、気を取り直して咳払いした。
「あ、あの~……大臣さんから紹介を受けたんですけど~」
「ええ。聞いているわ、勇者さん」
女は微笑を浮かべた。
だが、その笑みの奥には、鋭い光が潜んでいる。
「私があなたのパーティに入るのは――一族の使命。それはいいの。でもね」
女は細い指を唇に当て、囁くように言った。
「私は、すぐ死んでしまうような勇者に背中を預けるほど、命知らずじゃないの」
赤い魔法陣が床に浮かび上がる。
妖しく、まるで笑うかのように。
勇者は思わず、背筋を伸ばした。
「だから……少し、あなたの“力”を見せてもらおうかしら?」
魔女はそう言って微笑むと、杖先を軽く床に打ちつけた。
次の瞬間、部屋の扉がひとりでに開く。
それと同時に、床の魔法陣から衝撃波が噴き出し、勇者は外へ放り出された。
「うわあ!」
「ここで火の魔法を使うと、また家具が燃えちゃうからね。場所を変えましょう。……広場の方が、あなたの“力量”を測りやすいわ」
彼女はまるで散歩でもするかのように、軽やかに外へ出た。
急に家から放り出され、地面に伏していた勇者は呆気にとられながらも、その背中を追う。
通りに出ると、日差しの下で彼女の赤髪が光を受け、炎のように艶めいていた。
そのあまりの存在感に、人々が自然と足を止める。
二人が広場に入ると、魔女は振り返り、杖をひと振りした。
空気がわずかに震える。
次の瞬間、地面に魔法陣が浮かび上がり、淡い光を放った。
「――ここなら、遠慮なくできるわね」
「ま、まさか本気でやる気ですか?」
勇者は慌てて、背中の槍を取り出す。
長槍の穂先が光を反射して、白く輝いた。
「見物料、取った方がいいかしら」
魔女が口角を上げて言うと、すでに通りの人々がざわめき始めていた。
「おい、あれ、噂の新しい勇者じゃねえか?」
「隣のは……あの火の魔女か? 二人とも、すげー美人!」
「喧嘩か?」
「試合だってさ!」
あっという間に人の輪ができる。
子どもたちは木箱の上に登って見ようと背伸びし、商人たちは店先から顔を出した。
城下町の広場は、まるで祭りのような熱気に包まれていく。
魔女はその様子を見て、楽しそうに笑った。
「ふふ、観客もできたみたい。いいわね、勇者様――恥はかかせないでよ?」
「言われなくても!」
勇者は構えを取り、深く息を吸い込む。
両足を地面に踏みしめ、槍の穂先を相手に向けた。
魔女が杖を掲げる。
淡い炎が杖の先端に宿り、燃えるような光が勇者を照らした。
「――フレア・スパーク」
火花が弾け、三つの火球が生まれる。
空気を切り裂いて飛来するそれを、勇者はすかさず横に跳び、槍で地面を突いて体を支えた。
炎がすぐ背後で炸裂し、砂煙が上がる。
「反射は悪くないわね。でも、足の運びが甘いわよ」
魔女は指先をひらりと動かした。
炎の残滓が指先に集まり、一本の鞭のようにしなりながら襲いかかってくる。
「なっ……!」
勇者は瞬時に槍を回転させ、炎の鞭を弾いた。
金属の穂先が熱に軋み、火花を散らす。
一撃目は防いだ。
しかし、二撃、三撃と連続で襲いくる火の鞭に押され、勇者は後退する。
「ほら、下がってばかりじゃ、民の期待に応えられないわよ?」
「それなら、行くわ!」
勇者は叫び、地を蹴った。
槍を低く構え、一気に踏み込む。
その動きに、歓声が上がった。
「行けぇ、勇者ー!」
「燃やされんなよ!」
観客の声が背中を押す。
勇者は炎の鞭をくぐり抜け、槍を突き出した。
空気を裂く音とともに、穂先が魔女の杖に激突し、火花が散る。
魔女の長い髪がふわりと舞い、その瞳が一瞬だけ愉悦に輝いた。
「――いい目をしているわ」
その一言とともに、魔女の杖から新たな魔力の波が広がる。
勇者は直感的に悟った。
この人、まだ本気を出していなかったんだ。




