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55 オーガ再戦

地を割るような咆哮とともに、オーガが巨体を揺らして突進してきた。


素手で向かってくるということは、自らの徒手空拳に自信があるのだろう。


こいつも、あの洞窟のオーガのように、仲間たちと技を磨いてきたのかもしれない。


ならば、その要望に応えよう。


武器も魔法も使わずに、相手をしてやる。


その拳は岩塊のように重く、木を粉砕し、地面を抉るほどの破壊力を秘めている。


だが、俺は一歩も引かない。


来い。


心の中でそう呟き、呼吸を静かに整えた。


ドン!


第一撃。


オーガの巨腕が唸りを上げる。


空気を震わせて振るわれた拳は、ただの一撃で木々を薙ぎ倒す暴力の塊だった。


拳が風を裂き、俺の胸へ向かって唸りを上げる。


俺は指先で、オーガの拳にちょんと触れた。


拳の軌道をわずかにずらし、腕の勢いを外へ逸らす。


さらに重心を滑らせるだけで、俺の体はわずかに傾き、拳は空を切った。


すぐさま左肘が襲いかかる。


だが、それも足の重心移動だけで軌道を外す。


サタンの脳裏に、隠れ里で見たホクサイとオーガの姿が重なった。


「遅い」


囁くように呟いた声は、己への確認でもあった。


オーガは苛立ったのか、次々と拳を叩き込んでくる。


その一撃一撃が、岩をも砕くほどの凶暴さを帯びていた。


だが、俺の視界には、すべてがゆるやかに映っている。


正面からの右ストレート。


その腕をすり抜け、俺は懐に飛び込んだ。


拳を握り、魔力をまとわせる。


そして、最短距離から顎へ打ち上げた。


ゴギッ。


骨が軋む感触。


オーガの巨体がぐらついた。


しかし、オーガもそれだけでは倒れない。


キッと目を細め、手刀で人体の弱点を狙ってきた。


喉だ。


「狙いはいいが……残念だったな」


喉元へ伸びてきた一撃を、手のひら一つで受け流す。


続く肘打ちは背中を回してかわし、同時にオーガの膝裏へ蹴りを打ち込んだ。


オーガの膝が折れ、地につく。


オーガの目線が、俺に近づいた。


俺は空中へ飛び上がり、踵落としを叩き込む。


「ぐふッ」


完全に体勢を崩したその隙に、背後へ回り込む。


そして背中に飛び乗るようにして、首元へ肘を打ち下ろした。


肩で息をする巨体を見下ろし、俺は構えを解く。


洞窟にいたオーガほどではないな。


目の前のオーガは、まだ技量が足りない。


無駄な力に頼るから、動きが読まれる。


殺気も怒りも、すべて読み切ってしまえば、巨躯などただの的でしかない。


間髪入れず、戦いを見ていたオーガたちも参戦する。


左には、大剣を肩に担いだオーガ。


刃には無数の戦いの傷が刻まれ、血に濡れた鉄臭が鼻をつく。


オークの腐ったような血の匂いだ。


この戦場で試し斬りをしたのだろう。


右には、振り上げただけで風鳴りを生む、巨大なハンマーを構えたオーガ。


その鉄塊が地面に触れただけで、地割れが走った。


二体が吼える。


それだけで鼓膜が震え、木々の葉がばらばらと舞い散った。


「潰すぞ、小虫がァァア!!」


「叩き潰す!!」


大剣が弧を描いて空気を裂き、斬撃が風圧となって襲いかかる。


「オーガストライク!!」


「……遅い」


大剣が唸りを上げて振り下ろされる。


だが、その軌道はあまりにも直線的だった。


刃が俺に届く前に、一歩、斜めへ身を逸らす。


「なッ!?」


胸元が開いた瞬間、刀が一閃した。


濁った目を見開いたまま、大剣のオーガの胸から血が吹き出す。


オーガは苦し紛れに大剣を横へ薙ぎ払った。


しかし、振り抜いた先に俺の姿はない。


すでに俺は、剣の下をすり抜けていた。


足首へ斬撃。


乾いた音とともに腱が断たれ、大剣のオーガの膝が崩れる。


そこへ、もう一方のオーガの巨槌が遅れて地を穿った。


衝撃波が戦場を揺るがす。


岩が跳ね、木が倒れ、地形さえも歪む。


もしこの場に人の戦士がいたなら、彼らの一撃に直接触れずとも、風圧と爆ぜた土砂だけで命を落としていただろう。


俺は紙一重で避けた。


地面を穿った土砂が跳ね返る。


だが、それが俺の身に触れる前に、すべて地へ落ちた。


魔力で守られている俺には、汚れすらつけられない。


「グオオオアアアアッ!!」


ハンマーのオーガが吠えた。


振りかぶるその一撃は、空気を裂き、地を穿つ威力。


だが、それすら――見えていた。


踵を軸に回り込む。


肩の動き。


腰の捻り。


足の運び。


すべてが攻撃の布石だった。


刀を低く構えたまま、疾風のように踏み込む。


ドォン――という衝撃音。


ハンマーが空を打ち、地面が抉れる。


だが俺は、すでにその巨体の懐にいた。


「終いだ」


鉄をも切り裂く鋭い斬撃。


刀は迷いなく振るわれた。


脇腹から肩口まで、刃が肉を裂き、骨を断つ。


巨躯がもんどり打って倒れ、砂煙が舞い上がった。


「待たせたな」


俺は、大剣のオーガへ再び向き直る。


血まみれで、すでに虫の息だった大剣のオーガは、膝をついたまま大剣を振りかぶった。


その顔は怒りに燃え、まさに鬼の形相だった。


だが、その剣が振り下ろされるよりも速く、俺の刀が十字に舞う。


胸から腹へ。


そして、左胸から右胸へ。


二つの斬撃が交差し、筋肉が断ち切られ、骨が砕けた。


巨躯が崩れる音が、遅れて耳に届く。


二体のオーガが地に伏した。


鞘に刀を収める音だけが、静かに響いた。


次に襲いかかってきたのは、オーガのリーダー。

あいつだ。


そう。


俺たちが出会った、洞窟のオーガだった。


「貴様……ナニがあった? その気配……まるで別人ダ」


「久しいな……いや、まだそれほど経っていないか。今なら、お前にも勝てそうな気がするよ」


オーガは大剣を地面に突き立て、素手で襲いかかってきた。


俺も掌に魔力をまとわせ、放たれた拳を受け止める。


バシィィィ!!


大砲のような強烈な一撃。


だが。


何とかなるものだな。


「なんだと……正面から受け止めたダト?」


体格差を考えれば、大人と子供。


いや、大人と幼児ほどの差がある。


三・三メートルと、一・八メートル。


五百キロと、七十五キロ。


格闘において、体重は極めて重要な要素だ。


体格差は歴然。


だが、それを技と魔力、そして執念で覆す。


肉がぶつかる鈍い音が、森に響いた。


拳が拳を弾き、腕と腕が軋む。


向かい合うのは、身の丈三メートルを超えるオーガ。


だが、逃げる気はなかった。


今回は引き分けでは終わらせない。


こいつに勝つ。


それだけだ。


「ゴオオッ!」


吠えると同時に、巨腕が振るわれる。


肋骨を砕くつもりの横薙ぎ。


だが、それをギリギリで身を捻って受け流す。


そして拳を握り締め、腹へぶち込んだ。


ドスッ!


拳がめり込む。


オーガの腹筋は岩のように硬い。


だが、効いている。


「グ……ッ、おぉ……?」


すかさず二発、三発と連打を叩き込む。


右。


左。


そして下から顎へアッパー。


オーガの顔が跳ねた。


巨体が腕を振り下ろしてくる。


まともに食らえば、脳震盪を起こすか、最悪、頭蓋骨が砕けるだろう。


腕で受ける。


骨が軋む。


それでも、踏ん張った。


カウンター。


渾身の拳を突き上げる。


顎。


喉元。


そして顔面へ。


拳が肉を砕き、鼻を折り、歯を吹き飛ばす。


オーガの足がふらついた。


ここが勝機だ。


一気に距離を詰め、拳の連打を叩き込む。


腹。


脇腹。


胸骨。


顔。


顔。


顔――。


滅多打ちのように打ち続ける。


オーガが悲鳴を上げる前に、さらに一撃。


飛び上がっての回し蹴り。


顔面に炸裂した。


巨体がぐらりと傾く。


「ッらぁああああ!!」


地を蹴って、渾身の右ストレートを放つ。


オーガの側頭部を捉えた一撃は、まるで鐘の音のように脳を揺らした。


ドガァッ――!!


巨体が吹き飛ぶ。


「ぐあああ……」


オーガは、自身の大剣を杖代わりにして立ち上がる。


(なんということだ……!?)


オーガは、心の底から驚いていた。


短期間で、驚異的な成長を遂げている。


身体能力も。


技術も。


魔力量も。


まるで別人だ。


しかも、この者は魔法も使えたはず。


つまり、まだ本気を出していない。


その状態の相手に、自分は圧倒されている。


だが、認めるわけにはいかなかった。


ベルゼ様の勅命なのだ。


しくじるわけにはいかない。


オーガは大剣を地面から抜き、素早く振り上げた。


「オーガストライク……!」


大剣が振り下ろされた瞬間、俺は前へ滑るように踏み出す。


鞘走りの居合。


抜き打ちの一閃。


刃が閃き、オーガの前腕に裂傷が走った。


「くそおおおお!」


オーガが叫ぶと同時に、肩口からの一撃が振り下ろされる。


ギャリィィン。


俺は横へ飛び、刃を受け流しながら斜めに踏み込む。


その瞬間、刀をひと閃。


肋のあたりを切り裂いた。


血が滲む。


この魔人に勝てるイメージが、湧かない。



やはり、俺も強くなったんだな。


膝をつくオーガを見下ろしながら、そう実感した。


「負けだ……殺せ」


「……正直、お前は殺すには惜しいな」


俺は刀を下ろし、静かに言った。


「なあ。ここは引いてくれないか?」


「!?」


「ここには俺以外にも、インドラがいる。お前たちでは勝てん」


「!!? インドラ……様が!?」


おっ。


敵でもインドラの名は効くのか。


俺が思っているよりも、インドラはずっとすごい存在なのかもしれない。


「俺たちはここに国を作る。……できれば、ベルゼとも友好的にいきたいものだ」


「……わかった。俺からベルゼ様に伝えよう……」


その瞬間だった。


「――グフッ」


突如、オーガの胸から槍の穂先が飛び出した。


「なに言ってるの。お前ごときの意見を、ベルゼ様が聞き入れてくれるわけないでしょう?」


そこには、真っ黒な衣装の女が立っていた。


その手に握られた槍が、オーガの背中から胸を貫いている。

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