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49 神力に抗う者たち

「終わった! 魔力は増えたと思ったが、さすがに大技の連発はきついな」


俺は湖のほとりに降り立ち、体を休める。


「おっと、そういえば……」


道具袋の中に入れていたマンティコアの肉――食糧庫から拝借したものだ――を取り出し、火の魔法で焼いていく。


「どんな味の肉か気になったんだよな~」


(サタン、なんかこの肉、臭くないか?)


焼かれたマンティコアの肉は、まず鼻を刺すような獣臭を放った。

焦げた獅子の脂が煙となって立ちのぼり、舌に触れた瞬間、濃厚な鉄と獣脂の旨味が広がる。


だがその奥には、蠍の毒腺に由来するのか、舌の奥をわずかに痺れさせる刺激が潜んでいた。


味をひと言で表すなら――野性の暴力。


肉の繊維は硬く、歯を立てるたびに筋がきしむ。

咀嚼するほどに、苦味と甘味が交互ににじみ出す。


火を通すほど香ばしくなるが、中心部には金属めいた冷たさが残る。

それがまた妙な癖になっていた。


嚥下のあと、喉の奥を熱が通り抜け、しばらくして微かな麻痺と陶然とした感覚が残る。


「うーん、固くて臭いレバーみたいな味だな……食えないことはないが」


まあ、たまにはこんなこともあるか。

こんな癖の強い食材でも、ヨルカやイルカの手にかかればうまくなるのだろうか。

また後日、頼んでみよう。


「さて、腹も膨れたし、作業の続きやるか」


ギガエレキナマズは氷漬けにしてある。鮮度は問題ないだろう。

俺はタマ族を呼ぶため、笛を吹いた。


(我は、お前が徐々に強者の域へ近づいているのを嬉しく思うぞ)


「ところで、ルシファーが使った防御魔法は何だったんだ?」


(あれは天界の防御魔法だ。魔力ではなく神力を使うから、あまり使いたくはなかったが……)


「魔界じゃ神力はなかなか回復しないだろうからな。何はともあれ助かったよ」


「さて、ギガエレキナマズも捕まえたことだし、搬送はタマ族に任せて帰るか……ん?」


「あー!! おいおい! アスティマが戦っている気配を感じて来てみれば、あいつやられてるじゃねーか!」


「もう!! 本当、最悪! 天使の恥さらしもいいところだわ」


上から声が聞こえ、見上げると新たに二人の天使が現れた。


一人は筋肉隆々で、バトルアックスを持つ大男。

バジリスクのとさかのような髪型をしている。


もう一人は、幼さの残る少女。武器は鞭のようだ。

ツインテールで、肩にはぬいぐるみが乗っている。


四枚の翼を持っているあたり、先ほど戦ったアスティマと同格の存在なのだろう。


「アスティマをやったのはお前か?」


「さあな。すごい音がしたから、今来たところだ」


「もう~、バレバレな嘘はやめてほしいわね。あんたの魔力と、アスティマに使われた魔力が同じなのよ」


ツインテールの少女は、魔力の識別までできるらしい。

魔力感知がかなり優秀だ。


「面倒くせぇな。さっさとアスティマ回収して帰ろうぜ」


「駄目よ。このまま何も分からず天界に帰ったら、私たちが怒られるんだから。少なくとも、その六枚翼のあいつについては情報を持って帰るべきだわ」


「しょーがねーな。それじゃ、行くぜっ!」


バトルアックスを持った大男が、俺に向かって急降下してくる。


最初の一撃は斧だった。

天から叩き落とすような一閃――受け止めた瞬間、腕が痺れ、地面が沈む。


刀身が悲鳴を上げた。

金属のきしみが、まるで限界を訴えるように響く。


「……重ッ!」


「!!? ……ハハハ! なんて奴だ!!! 受け止めやがった!」


「楽しんでないで、まじめにやりなさい」


すかさず少女の鞭が襲う。


俺はすぐさま斧を振り払い、鞭に対応する。

光の線が空を裂き、刃を包む魔力を削り取っていく。


後退しながら受け流すが、どんな魔法も、どんな反撃も――天使たちの体を傷つけることができない。


攻撃も防御もままならない。

しかも魔力は、まだ十分に回復していない。


どうしたものかと思案していた、その時。


「サタン様~!!」


「ご無事ですか? 先ほどすごい魔法が見えましたが」


ヨルカとゾイルも、湖に到着した。


「ちょうどよかった。手伝ってくれ!」


その声に即座に応じたのは、ゾイルだった。


「お前の相手は俺がする」


ゾイルは剣を抜き、バトルアックスの強烈な一撃を受け流す。

力の向きを逸らされた斧は地面へ振り下ろされ、地面が爆発した。


「ぐぬッ!? なんてパワーだ!」


「ははッ! お前、俺の一撃を受け流すなんてやるな! どんどんいくぜっ!」


ゾイルと大男の戦いは、凄まじい剣戟の応酬となった。

激しい金属音と衝撃波が、周囲に鳴り響く。


「ゾイル! 奴らは魔力を侵食する神力を使う。長引くと武器がやばい!」


「先ほどからの違和感はそれですか!」


「戦闘中にしゃべるなんて余裕だな! おい! “カオスティック・ジャッジメントクレスト”――崩壊を呼ぶ聖裂!」


轟音が大地を揺らす。


「クッ! これは受け流せん!」


ゾイルは身を翻し、寸前で回避した。


今の大技は、刃を交えるどころか、まともに触れただけでこちらの剣が叩き折られかねない。


バトルアックスが振り下ろされるたび、地面が爆ぜ、周囲に神力による魔素侵食が起こる。


神力による魔力侵食に加え、大男は自分の背丈ほどもある両刃の斧を、まるで木の枝のように軽々と振り回していた。


隠れ里でジュウベイの改良を受けていなければ、ゾイルの剣はとっくに折れていただろう。


直撃は免れている。

だが凄まじい一撃を受け流すたび、体力が削られていくのをゾイルは感じていた。


斧が横薙ぎに振るわれる。

風圧が、肌を裂くような鋭さで駆け抜けた。


斬撃の応酬。

その軌道に、ほんのわずか剣先を添えるようにして受け流す。


刃と刃が擦れ合う寸前、紙一重でかわす。


「お前、やるじゃねぇか! 魔力はカスみたいだが、剣の技術だけで俺と渡り合うなんてよ!!」


ゾイルの目は冷静だった。

すべての感覚が研ぎ澄まされている。


力で敵わないことは、最初の一太刀で理解した。

魔力量に至っては、この大男の言う通り下位魔人の域を出ない。


だが技術に関してだけは、その辺の魔人には決して負けない自信があった。


刃の角度。

敵の重心。

斧の振り下ろされる速度と軌道。


そのすべてを見極め、いなす。


破壊と精密。

圧倒的な力と、それをさばく繊細な技術が、火花を散らしてぶつかり合っていた。



「あたしの相手は、あなたかしら?」


ツインテールの少女は、ヨルカの前に降り立った。


見た目は、まるで思春期前の少女のようだ。

だがヨルカは、相手が圧倒的な格上であることを理解している。


「ええ。サタン様の前だから、かっこつけさせてもらうわよ」


「……そう。あの紫髪のイケメン、サタンって名前なのね」


「は、なに……?」


――ビュンッ!!


乾いた音が空を裂いた。

矢が一筋の光となって放たれる。


その矢には魔力と雷の魔法がまとわされている。

まともに当たれば、魔力による破壊力と雷による水分気化によって、標的は爆散しかねない危険な一撃だった。


しかし――


――パシンッ!!


しなる白鞭が、矢の軌道を滑らかに弾き飛ばした。


「わあ、びっくりした。今の矢、めちゃくちゃ速かったね。けど、まだまだ」


「なッ!?」


自分の持つ最大最速の技を、いとも簡単に防がれた。


揺れる金髪。

あどけない顔。

いたずらっぽい笑み。


だが、その手に巻きつく白く輝く鞭は、生き物のようにうねり、空気を裂き、牙をむいている。


弓を引くヨルカの額に、じわりと汗がにじんだ。


一射ごとに間合いを取ろうとする。

だが、鞭がそれを許さない。


少女の足運びは軽やかで、まるで舞を見せるかのように間合いを詰めてくる。


「ねえ、そんなに引っ張ってばかりだと疲れちゃうわよ?」


――ヒュッ


その軌道は予測不能。

真っ直ぐ来たかと思えば、途中で弧を描き、足元を狙って跳ね上がる。


ヨルカはとっさにバックステップした。

しかし、二の矢をつがえる前に、少女の鞭が再び鳴る。


――ビシッ!!


次の瞬間、矢の先端が砕け散った。


「フフ、意味のない矢を番えてもしょうがないよ?」


無邪気な笑みのその瞳に、心の底からぞっとする。

顔は笑っているのに、瞳は完全に狩る側のそれだった。


ヨルカは折れた矢を捨て、新たな矢を矢筒から取り出す。

矢はまだある。だが、射る隙がない。


少女は、まだ遊んでいるように見える。

それでも確実に、間合いを詰めてくる。


「ほら、もっと撃ってきていいよ。あたしも、もう少ししたら本気出すから」


その声は軽やかでありながら、じわじわと戦場の空気を支配していた。


「サンダーレイン――雷の雨」


ヨルカは上空に向かって複数の矢を放つ。

雷をまとった矢は、まるで複数の落雷のような荘厳さを帯びていた。


「いいね! 素敵な技! でも……」


少女の鞭が、また空を裂く。


瞬間、矢が横薙ぎに吹き飛ばされた。


「残念。手数を増やしたところで、あたしには通じない。そろそろ、あたしからもいくわ」


――パァンッ!!


鞭が風を裂いた。


一振り目は地面を穿つ音だけ――そう思った瞬間、ヨルカの太ももが打たれていた。


音速を超える鞭の先端は、目で追えない。


「ウッ」


声が漏れたと同時に、もう一本。

左脇腹に鋭い一撃が走る。


衣服が裂け、肌があらわになる。

そこに赤い線が、じわじわと浮かび上がってきた。


「あなた、動きはいいけど、音より速く動けないと避けられないわよ?」


少女は笑っていた。


鞭の届く範囲、その空間すべてを、少女が支配していた。


――ヒュゥッ――パァンッ!!


背中をなでるように次の一撃が走る。

跳ね返った鞭の先端が鋭角に切り返し、背中から肩甲骨の間へ叩き込まれた。


「ウッ!! ギャアアーーーッ!!」


ヨルカの絶叫が、周囲にこだました。


「ヨルカ!!」


俺はヨルカへ駆け寄ろうとした。


その瞬間、俺の中で怒りがむくりと起き上がる。


「きさまァ!!!!!!」


周囲へ放たれる殺気。

その静かな殺気が、俺の周囲の草木を凍らせた。


轟音に満ちていた戦場が、一気に静まり返る。

ゾイルたちまで戦闘を止め、俺を見ていた。


少女の心臓が、きゅうっと縮むような感覚。

それと同時に、視界が狭窄する。


視界は暗く覆われ、わずかな一点しか見えない。

トンネル視だ。


(何!? この感情!? あたしが恐れているの!?)


手が震える。

数百年生きてきて、一度も覚えたことのない感情。


天界でも上位に位置する自分が、魔界で恐れるものなどないと思っていた。

こんな、名前も知らぬ魔人に。


魔王でもない、こんな者に。


「覚悟はいいか?」


再び俺と目が合う。

七色の美しい眼が、真っ直ぐに少女を捉えている。


目をそらせない。


「はあ、はあ、サタン様!!!」


静まり返った戦場で、ヨルカが叫んだ。


「ヨルカ……」


「そこで見ていてください! これは私の戦いです!!」


ヨルカが俺に訴えかける。


すると、俺から放たれていた殺気が消えた。


「へ、へえ! この状況でずいぶん余裕じゃない」


少女は気力を振り絞り、俺から視線を外す。

助かった――そう安堵してしまった。


その感情を否定するように、鞭を振るう。


(ありえない)


鞭が再び唸る。

今度は足。


ヨルカは空中へ跳ぶ。

だが、その動きすら読まれていた。


空中で腹部に一撃。

意識が飛びそうな衝撃と痛みが走る。


「容姿もそうだけど、君の戦い方はきれいだね。私がしっかり崩して、ぐちゃぐちゃにしてあげるね。天界じゃこんなことできないからさ。これが私の魔界探索の楽しみなんだ」


白く整った顔に、狂気じみた目。

この少女にとって、ヨルカなど取るに足りない相手なのだろう。


(この子をぐちゃぐちゃにしたら、今度は私が……)


少女の脳裏に、先ほどの俺の姿が浮かぶ。


(ダメダメ。今は戦闘中。集中しないと)


(いいの? このまま戦って。この女魔人を殺したら、今度こそあの魔人にやられる)


(……たかだか野良の魔人に、そんなに怯えるなんてどうかしてる)


(そう思いたいだけ)


少女の攻撃が、ほんの一瞬だけ止まった。


「……まだ終わってない」


ヨルカは痛む体を無理やり起こし、弓を構え、複数の矢に魔力と雷を込めて放つ。


「ふふん、見飽きたわ。その動き」


音速を優に超え、激しい衝撃波を伴う白鞭が、放たれた矢に滑るように絡みつく。

矢は空中でねじ曲げられ、地に落ちた。


鋭く、そして美しい。

まるで舞踏のような応酬だった。


「そろそろ、終わりにしよっか?」


そうつぶやいた、その瞬間。


ヨルカは弓と矢筒を放り投げた。


「え? どうしたの?」


その行動に、一瞬だけ少女の動きが止まる。


その刹那。


ヨルカの両手がひらめいた。


すっと両腰から引き抜かれたのは、銀色に輝く双剣。


鞭がとっさに振るわれた。

だが、すでに間合いは詰められていた。


剣が一閃、二閃。

斜めに、滑るように斬りつけられる。


――シュッ


少女の肩口の衣服が裂け、白い肌に紅がにじんだ。


「痛ッ!」


少女の瞳に、明らかな動揺が宿る。

小さな体から初めて噴き出した血。


「やっと一撃」


ヨルカは息を荒げながら、双剣を構え直した。


「どうやら、私を本気にさせたわね」


少女は目を細め、ヨルカを見据えた。



「さっきの気迫、すごかったな。あいつは何者だ?」


「あの方はいずれ魔界を統べる方だ。覚えておけ」


「この戦いで、お前たちが生きていればな」


大男は、感銘を受けていた。


魔界に棲む者は、ただ本能のままに生きる獣。

それが彼の認識だった。


だが、どうしたことか。

自分より弱いと初見で判断した相手が、まさか自分を上回る技術で対抗してくる。


目の前の魔人の魔力は脆弱。

しかも神力は魔力に対して優位性がある。


負けるはずのない戦いだ。

むしろ、これほどの力の差がありながらよく戦えているものだと、敵を賞賛したくなる。


「俺は座天使スローンズのバルディエル。あそこで戦っているのがセフィリア。氷漬けにされてるマヌケはアスティマだ。お前たちの名は何という?」


「私はゾイル。サタン様に仕えている。あの弓使いはヨルカだ」


バルディエルは、満足そうに名を噛みしめるように復唱した。


「そうか。教えてくれてありがとよ。さて、ゾイル。受けてばかりじゃなく、お前も攻撃してみろよ」


この素晴らしい剣士に、自分のすべてをぶつけたくなった。

いくら技術が優れていようと、圧倒的な力の前では無力だと教えてやらねばならない。


それが、力はなくとも認めた相手に対する、バルディエルなりの優しさだった。


バルディエルはゾイルと少し距離を取り、構えを解く。


ゾイルはひとつ深呼吸し、抜刀の構えを取った。


先ほどまで爆音が鳴り響いていた場所に、静寂が生まれる。


極限まで集中を研ぎ澄ませ、すべての魔力を刃へ込める。


「疾風一刀流・壱ノ型――“かまいたち”」


ゾイルは風の魔石に魔力を込め、真空刃を生み出した。


「見事! だが……無駄だ!」


バルディエルは神力をまとい、かまいたちを受ける構えを取る。


神力をまとえば、たいていの魔法は無効化できる。

今回も、見たところ魔力によって生み出した風魔法の一種。

神力の鎧で固めた自分には通じない――そう油断した。


――ズパッ


「な、なに!?」


バルディエルの胸元が血に染まる。


「なぜ魔法が俺に効くのだ?」


「何を勘違いしているのかわからないが、この真空の刃は風の魔石が生み出したものではない。風の魔石を使い、剣の速度を最大限まで加速させ、本物の真空波の刃でお前を斬ったのだ」

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