48 湖畔の裁きの刃と氷の塔
「貴様ぁ!! 何者だ!?」
天使はものすごい形相で、こちらを詰問してきた。
今にも腰に差した剣を抜きそうな勢いだ。
「まずは自分から名乗ったらどうなんだ?」
「うるさい!! 僕の質問に答えろ! なぜ貴様のような下賤なものが、その六枚の翼を身につけているのかと聞いているのだ!」
この質問には、正直困る。
俺自身、なぜこの羽が生えてきたのか分からないからだ。
「う、生まれつき?」
「嘘をつくな! このゲスめ! その翼の形は、天使の最高位――熾天使の方々だけに許された翼だ!」
なるほど。
ルシファーは、もともと偉い天使だったとか言っていた気もする。
「お前が魔界のことを知らないだけだろ。翼がたくさんある奴なんか、いくらでもいるぞ」
魔界には、さまざまな翼を持つ者がいる。
中には六枚羽のやつだっているかもしれない。
「僕は魔界に数百年も調査に来ている。見てきたのは、蝙蝠のような羽が一対生えている者ばかりだ! そんな翼を持つものなど、今まで一度も見たことがない!!」
速攻で見抜かれている。
これ、嘘をつき通せるのか?
どうしたものかと思案したが、だんだん面倒になってきた。
別に、律儀に答えてやる必要もない。
「そんなこと言われても、知らんもんは知らん」
「何を――。やはり貴様はここで斬り捨ててやる。抜け」
「その前に確認したいんだが、そこの大ナマズを殺したのはお前か?」
「ああ、そうだ。僕の調査を邪魔したからな」
「調査って?」
「貴様には関係ないね」
「そうかい。つまらん奴だ」
「殺す」
天使は腰の剣を抜き、空中から急降下して斬りかかってきた。
剣はまばゆく光り輝いている。
背筋にぞっとするものを感じ、俺も刀に魔力をまとわせて構えた。
(気をつけろ、サタン。あの剣には神力が帯びている)
ルシファーの言葉を理解すると同時に、俺は相手の剣を受け止めた。
――ガキンッ!!
金属同士が激突する音が、周囲に鋭く響き渡る。
「何!? 魔力が……消えた」
剣がぶつかった衝撃と同時に、刀にまとわせていた魔力が霧散した。
「フフ、どうしたカスめ。神力の前では、魔力など無力なのだ」
「くそ、ファイヤーキャノン!」
至近距離からの、詠唱破棄による魔法。
「なに!? 詠唱破棄か!? だが……」
天使はサタンと自分の間に剣を立てた。
放たれたファイヤーキャノンは、その剣に触れた瞬間、あっさりと切り裂かれる。
「魔法もダメか」
「フハハ。天界の力を舐めるなよ。魔界に住む者は、天使には勝てないのだ」
動揺する俺の頭に、ルシファーが助言を飛ばしてくる。
(魔力を介した直接的な攻撃は効かないと考えろ)
「ジャッジメント・エッジ――裁きの刃」
天使は剣を振るった。
複数の光刃が、俺に向かって飛来する。
(避けろ)
「いや、無理だって」
巨大な光刃がいくつも高速で飛んでくる。
どの方向へ逃げても、避けきれない。
(致し方ないか……)
「カエルム・ウォール――天界の壁」
ルシファーが防御魔法を唱える。
(魔法じゃ防ぎきれないんじゃ……)
そう疑問に思った瞬間、光の刃が俺を襲った。
――ドガンッ!!
――ドガンッ!!
――ドガンッ!!
地面をえぐり、土煙を巻き上げる。
抉られた地面には、湖の水が流れ込んでいく。
「フハハ、どうだ魔人。とはいえ、後悔する間もなかっただろうな」
土煙が晴れ、その向こうに人影が見えた。
「は? 無傷だと?」
俺は、残った地面の上に無傷で立っていた。
周囲の地面は派手にえぐれている。
防御魔法を張っていたのは明らかだ。
だが本来、神力の攻撃を魔界の魔法で防ぎきれるはずがない。
「貴様!? どうして立っている!?」
天使の額から汗が流れる。
「ありえない……ありえない! ただの魔人が、僕の攻撃を防ぐなんて、あってたまるかぁ!!」
「セレスティアル・ジャッジメント――天界の裁きの雷撃」
天使は剣に電撃をまとわせ、その切っ先を俺へ向けた。
剣先から放たれた白い稲妻が、目にも止まらぬ速度で俺へと走る。
(うむ。この雷撃は――)
(ルシファー、また防御頼む!!)
(……)
(あれ? ルシファーさん?)
雷撃は俺に直撃した。
激しい閃光が空気を焼き、周囲の木々を焦がす。
遅れて轟音が響き渡った。
「ぐああああ……やられた……」
(遊んでいないで、攻撃法を考えろ)
「あれ? なんともない?」
(おぬしはインドラの耐電撃能力を得たであろう)
(耐電能力って、魔力による電撃だけじゃないんだな)
(インドラの雷は、魔力と神力と自然の雷が均等に混じった性質に近い。あの程度の電撃なら、防御魔法を唱えるまでもない)
「おのれ!! またしても防いだというのか!? 絶対に殺してやる!!」
天使は激高していた。
誇り高い自分の一級の技が、ことごとく通じない。
天界の者は、魔界に住む者に対して圧倒的な優位を持つはずだ。
それが通じないということは――目の前の謎の魔人が、自分よりはるかに上の存在であるという証明に等しい。
そんな事実を、誇り高いこの天使が認められるはずもなかった。
「チェーンズ・オブ・アブソリューション――罪を問う鎖」
光の鎖が、まるで蛇のように俺へ向かってくる。
俺は当然、上下左右へと身をかわす。
だが、その鎖は高速で追跡してきた。
「こいつは面倒だな」
鎖から逃げる俺に、天使がさらに斬りかかってくる。
俺は刀で、その斬撃と鎖の両方を防いだ。
神力をまとった剣と鎖は、魔素を分解する性能を持っているのだろう。
高密度の魔素を含むミスリルと魔鋼で作られた俺の刀も、少なからず影響を受けている。
長く受け続ければ、刀が折れる。
「それならば……」
(ルシファー、竜巻を起こせる魔法はあるか?)
(うむ! 今のおぬしの体と魔力なら、たいていの風魔法は使えるぞ!)
(OK! 湖に向けてやってくれ)
(……ほう。了解した)
「テンペスタス・アネモルム――風神たちの嵐」
一瞬、周囲の音が消えた。
草木のざわめきが止み、湖畔の怪鳥の鳴き声すら途絶える。
不自然なほどの静寂。
まさしく、嵐の前の静けさだった。
次の瞬間、空が悲鳴を上げるような音を立て、空間そのものがひび割れるかのように震えた。
そして、天使の足元から旋風が巻き上がる。
大地を、湖面をえぐるような風圧が周囲を襲った。
湖から、数本の巨大な竜巻が立ち上がる。
らせんを描きながら広がった風の魔力は天使の周囲を取り囲み、水と風の檻を形作った。
水しぶきが全身を濡らし、視界は水と風によって完全に遮られる。
「な!!? なんて規模の魔法だ!」
天使は、俺への警戒心を一気に引き上げた。
ここまで大規模な魔法など、魔界に来て数百年、片手で数えるほどしか見たことがない。
これほどの魔法を神力で切り裂くにも、相応の時間と労力がかかるだろう。
もっとも、この魔法そのものでは致命傷にはならない。
飛来物にさえ気をつけていれば、神力の魔力阻害で――
「ディオ・グランドアイスランス――巨霜氷槍」
次の瞬間、空気が急激に冷え込んだ。
水滴が凍り始め、周囲が白く染まっていく。
竜巻の動きが鈍ったのと同時に、渦巻いていた水が一気に氷へと変貌した。
――ガガガガガガッ!!
凍りついた竜巻は、まるで天へ向かって咲いた氷の大樹のように、無数の棘を四方八方へと伸ばしていく。
その中にいた天使もまた、怒りと恐怖の表情のまま、凍った竜巻の檻の中で完全に動きを止めていた。
湖の上には、冷気をまとった巨大な氷の塔だけが静かにそびえ立っている。
「よし、うまくいった!」
(うむ、上出来だ。魔力から生み出した水であれば、奴には効かなかっただろう。だが、自然界の水を凍らせてしまえば、神力に阻まれることもない。ここが湖で、水が豊富だったのが幸いしたな)




